越乃国梯団各車の安否 『越乃国戦記 前編(5式中戦車乙2型/チリオツニの開発 1945年夏) 第2話』

■昭和20年11月4日 日曜日 午前6時30分 金沢市野村練兵場近くの竹林内


 其の予想される敵の攻勢の旨を金沢市、小松市、高岡市、福井市の各防衛司令部に暗号電文で進言すると、日没後は所定の守備陣地へ速やかに移動する事に決め、僚車の2号車及び第2中隊と第3中隊に同様の行動を行うように命令した。

「こちらアメノウズメ、至急、状況を知らせよ」

 アメノウズメとは、情熱的な踊りの舞いで八百万(やおよろず)の神々を喜ばせて、隠れた天の岩戸から天照大神(あまてらすおおみかみ)に誘(さそ)い見をさせた、天照大神を守り抜く忠実な女神の名だ。

 其の女神の名を私は、自分が乗車する第1中隊1号車の暗号名にしている。

 各車の暗号名は日本神話の女神の名から選ぶように命じて、10月5日の『独立戦車梯団 越乃国』の結成式の後、各車長から発表させていた。

 其の暗号名は愛称でも有り、乗車に愛着を持たせて乗員達の士気を高め、大儀を全とうさせる意図を含み、毎日3度行う定時無線交信での状況報告には必ず使用して、慣習になるようにしている。

 梯団の全戦力である6輌の5式中戦車乙2型に装備する無線機は陸軍通信学校で製造された94式3号で、小松製作所に用意されていた物が取り付けられている。

 通信可能距離は80㎞だが、確実に到達交信できるのは50㎞という性能を持つ、本来は師団司令部が保有する強力な無線装置だ。

 強力な電波なので敵に傍受され易いが、戦闘単位を入れずに暗号名のみの送受信だから、各中隊を点呼する交信とは思われないだろう。

 それに暗号名を用いるのは、僅か6輌という梯団(ていだん)の戦力の少なさを悟(さと)られない為でもあった。

「ククリヒメ、随伴(ずいはん)、共に異常無し」

 これは、静岡県(しずおかけん)は清水(しみず)の湊(みなと)の出身、小鳥遊(たかなし)芳光(よしみつ)学徒少尉を車長とする第1中隊の2号車だ。

 たった一言(ひとこと)の囁(ささや)きで殺気立った夫婦喧嘩(げんか)を諌(いさ)めてしまう、縁結(えんむす)びの女神の名を暗号名にしている。

 金沢市の鳴和(なるわ)地区の斜面に待機している僚車の第1中隊2号車は、今夜中に浅野川沿いの三口(みつくち)地区の守備陣地へ移動して大野湊や粟ヶ崎の浜から侵攻して来る敵を迎え撃つが、守備位置の変更は地盤の弱い地形状、鉄道路線上を後退して位置を移しかない。

「セオリツヒメ、ワカヒルメ、問題無し」

(第2中隊の2輌は、無事だった……)

 第2中隊1号車の車長で中隊長の村上宏一(むらかみこういち)曹長は、第9師団が駐屯していた東満州で活発化して来た中国共産党ゲリラの討伐戦(とうばつせん)で胸に青龍刀(せいりゅうとう)の刀傷を受けて、治療の為に金沢市へ帰還して完治した後、千葉の戦車学校で勤務していた歴戦の軽装甲車乗りだ。

 澄み切った深い淀みの淵(ふち)に住み、不浄を浄化して穢(けが)れを常闇(とこやみ)へと流す、日本神話で唯一無二(ゆいいつむに)の死の女神の名、セオリツヒメを暗号名に用いている。

 第2中隊2号車は、機織(はたお)りと風雨の女神のワカヒルメが暗号名だ。

 車長の鈴宮春二(すずみやはるじ)学徒准尉は、家が神戸(こうべ)市のワカヒルメが祀(まつ)られている生田(いくた)神社の氏子(うじこ)だと言っていた。

 第2中隊の中隊長は規定では階級が上の鈴宮准尉にすべきなのだが、私の考えで実戦経験と年功が多い村上曹長を中隊長に任命する事に納得して貰い、軍管区司令部の承認も得ている。

 戦闘は各車が単独で行わなければならないが、遮蔽(しゃへい)や擬装(ぎそう)、発砲のタイミング、後退指示、防戦での連携協力は、村上曹長が適切に命令して行うと期待しての判断だ。

 第2中隊は、小松製作所粟津(あわづ)工場から南へ離れた月津(つきづ)地区と梯(かけはし)川(がわ)の国道橋と鉄道橋の間付近の土手際に待機しているが、夕暮れから守備位置の柴山(しばやま)潟(がた)対岸の高台と小松の城跡へ移動させる。

 私が乗車する第1中隊1号車『アメノウズメ』の金沢市藤江地区の守備位置も、第2中隊の守備位置も、付近に3、4ヶ所の守備壕が用意してあり、速やかに移動して位置と数を惑(まど)わせながら射撃ができるようにしている。

「スセリビメ、随伴、損害無し」

(ほっ、……第3中隊1号車と、随伴する補給と整備の部隊も無事だ)

 暗号名のスセリビメは、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した須戔鳴(すさのお)の娘で、須戔鳴からの課題婚に難儀する大己貴(おおあなむち)に積極的に助言して正妻(せいさい)になった、前進の女神だ。

 因(ちな)みにスセリビメと夫婦となった大己貴は結婚後、葦原中国(あしわらのなかつくに)の統一と繁栄、国(くに)譲(ゆず)りを行い、出雲(いずも)の祭神(さいじん)で良縁結び大神となる大国主(おおくにぬし)である。

 中隊長の飛騨(ひだ)地方出身の千反田(ちはんだ)一二三(ひふみ)学徒少尉が指揮する第3中隊1号車の待機位置は、大聖寺町(だいしょうじまち)の城山の南側麓で、防衛戦闘は西へ600mほど離れた切り通しに掘られた壕にて行う事になっていて、其処へ至る道は補強整備してある。

 壕に車体を隠して砲塔のみを出し、塩屋漁港から来る敵車輌と片野(かたの)砂丘を越えて来る敵戦車が、福井(ふくい)県境の熊坂(くまさか)丘陵を守る部隊を分断して小松市へ南から回り込まないように待ち伏せて葬(ほうむ)り、企(くわだ)てを頓挫(とんざ)させる重要な役目を担(にな)っている。そして、敵は大聖寺川によって直線的に接近できないが、多過ぎる敵に迂回(うかい)されて不利な状況に陥(おちい)りそうになれば、速やかに北方の鉄道橋や国道橋を渡って動橋(いぶりはし)付近へ後退するように命じてあった。

「イワナガヒメ、随伴、異常無し。湾に敵影無し」

 頑固(がんこ)に貫(つらぬ)く意思と呪(のろ)いを司(つかさど)る、醜(みにく)い不幸な女神の名を暗号名にする第3中隊2号車の車長は、焼津(やいづ)湊(みなと)出身の小久(おぐ)江(え)清嵩(きよたか)学徒准尉だ。

 湾とは富山(とやま)湾の事で、富山県への上陸侵攻は無さそうな報告だったが、どのような方法の強襲上陸をして来るのか予測ができない。

 由(よ)って、新湊(しんみなと)地区の守備陣地まで前進させ、警戒させる事にした。

 本来、第3中隊の1号車と2号車は予備戦力とするところだが、名ばかりの梯団の少ない車輌数に対して守るべき重要地域が多く、止(や)むを得ず、梯団が担当する長い防衛戦線の両端の配置となってしまった。

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 第3中隊の1号車が守備する加賀の大聖寺地区の南外れと、2号車が配置された高岡(たかおか)市の古城公園は、直線距離で優に80㎞以上も離れていて、優秀な94式3号甲無線機でも感度良好な送受信は難(むずか)しい。

 故に、中間地点の金沢市にいる梯団長の私が中継や直接指揮を執(と)って命令と状況確認をしている。

 各車の待機場所と守備陣地の近くの木立間には、九四式6輪自動貨車に載せて有る九四式三号甲無線機の15m長のアンテナ線が2本ずつ張られていて、長距離交信を可能にさせているが、戦闘が始まれば敵の砲撃で直ぐに断線していまい、後は砲塔後部の両側に直立する4mのアンテナで交信するしかないが、4mの長さでは何処まで届くか定かでなく、戦闘中の行動は交信可能間の各車長の協議判断に任(まか)せるしかなかった。

「こちら、独立戦車梯団 越乃国、全部隊、異常無し。夕刻から全車、所定の守備位置へ移動し、待機する。移動経路の諸部隊は、路上の安全確保と警護すべし。繰り返す……」

 担当するそれぞれの地域の反撃戦力の中核になるチリオツニが守備陣地へ移動するという意味は、明日は必ず敵が上陸して決戦が避けられない事を知らせて、国民義勇隊と住民の全員に防衛戦闘の覚悟をさせた。

「受信確認、了解」

 軍管区司令部から了解の無線が入り、これで移動経路が確保され、防衛隊も配置に就(つ)く。

「ククリヒメ、了解」

 他のチリオツニからも、受信、了解の無線が届く。

「現在より、無線封鎖、各車は、守備位置へ到達し、戦闘可能状態になり次第、無線封鎖を解除せよ」

 予想通り、小松市周辺や金沢市周辺の丘陵や海岸地帯は夕暮れまで敵の空襲が続いたが、越乃国梯団は被害を受けず、夜半前に次々と、守備陣地で戦闘状態待機の知らせが来て、全車が配置に就いた。

(敵の航空機は脅威(きょうい)だが、擬装が剥(は)がれたり、不用意に動き回ったりしなければ、攻撃を受け難(がた)いし、明日も、艦砲射撃を削(そ)いだり、遣(や)り過(す)ごしたり出来れば、チリオツニが敵の地上侵攻を粉砕できるはずだ!)


つづく

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