オレだけが残った……

Benedetto

1

「おい、見ろよ! この菓子パン、超うまそー!」


 下を向いていた修一しゅういちは声の方をふと見遣った。

 すると、恭介きょうすけが嬉しそうにパイ生地にフルーツの盛られたパンをトングで持ち上げてこっちを見ていた。


「のんきだな……そんなことで喜びを感じられるのかよ……」


 修一は思わずそう口走った。

 心の中だけに留めておこうとしたつもりが、いつの間にか声にでてしまっていた。

 恭介は彼の方を見ると、一言だけ呟いた。


「そんなことで、いいんだよ」


 恭介の瞳は真直ぐに修一を見ていた。

 どこか呆れているような、そのあどけない瞳は何故か少し嬉しそうに光っていた。


 そこで修一は目が覚めた。彼は身体を起して、見慣れた自分の部屋を見回す。いつもと変わらない日常生活が迎えてくれる。

 時計に目を遣ると、五時前だった。起床時間までまだ少し時間はあったが、二度寝する気にならない彼はベッドから起き上がった。


 朝食を済ませると、会社から支給された似合わないジャケットに袖を通す。

 鏡の前に写っている男が、自分だと気付くまで数秒を要した。彼はもう一度顔を洗って笑顔を無理矢理に作ってみる。


「さあ、新しい一日の始まりだ!」


 修一が覇気のない声で言った台詞は、何処か嘘くさく虚しかった。それでもそう言ってしまったのは、今朝恭介の夢をみたからかもしれない。

 それは、映画が好きだった恭介が教えてくれただった。


 駅へと向かう途中、救急車がサイレンを鳴らして修一の前を横切って行った。


-救急車の音は死を連想させねえか-


-でも、何故かワクワクするんだよね-


-一度は乗ってみたい気がしないわけでもない……おまえは?-


 修一の頭の中に恭介の声が蘇ってくる。他愛のない台詞たち。思い出したいわけじゃないのに、彼には脳内で再生され続ける声を止めることが出来なかった。

 彼は久しぶりに駅内にある「ハッピー・ハッピー・ベーカリー」へ寄ってみた。以前に数回、出勤前に昼飯を買って行ったことがあったのだ。


 自動ドアが開くと、焼きたてのパンの香りが修一の身体を包み込んだ。彼は何となく嬉しくなって口角が上がった。


「いらっしゃいませー」


 若い女性店員の声が店内に響く。

 その明るい声に背中を押されるように、彼は夢の中で恭介がトングで持ち上げていたパンを探しはじめた。

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