オカルト研究部へようこそ
@makoppechino
FILE No.001~002「電波さん」
FILE No.001
title:電波さん
from:名も無き地球人
text:
この前、駅の近くで、最近噂になっている「電波さん」を見かけました。
噂の通り、緑の髪の毛で黒いスーツの姿でした。肌は灰色で、いかにも宇宙人な感じでした。
でも、友達に話しても、誰も信じてくれません。
友達に、電波さんは実際にいるということを証明したいのですが、お願いできませんか?写真などを撮ってくれると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
▶FILE No. 001 START
放課後のオカルト研究部部室。
傾き始めた日の光を窓から浴びながら、ノートパソコンのキーボードをカタカタと打っているのは、ここの部長こと柊誠一郎である。こうして、自身の運営する裏サイト掲示板「ゼロの目」の更新をチェックするのが彼の日課だ。
「おや、掲示板に新しい書き込みがあるね。なになに…ああ、ここでも“電波さん”か」
“電波さん”とは、最近SNSを賑わせている都市伝説のような存在である。何でも、灰色の肌・緑の髪・黒いスーツという出で立ちで、地球の調査にやってきた宇宙人という噂である。あくまでも、噂だが。
「誰か、この依頼を受けられる人はいるかな?万が一のことを考えて…二人のうち一人は、ゼロと戦える能力がある方が安心かもしれないね」
誠一郎はそう言って、部室を見回した。
「電波さん…」
ぽつり、とその名前を復唱したのは、特徴的なリーゼント頭の青年、勅使河原宗一であった。パイプ椅子にどっかりと座ったまま腕を組んでいる。
「口裂け女とかそういう類の都市伝説っぽいやつスよね?こんだけ話題になるってことなホントになんかあんのかもな。オレは行けますよ」
次いで、パソコンの画面を後ろからちょいと覗きこんだのは、名護貞子。鉢巻きが特徴的な一年生だ。ちなみに“さだこ”ではなく“さだし”である。
「ふーん、存在を証明するために写真を撮ってきて欲しいっていう依頼なんですね〜…俺は宇宙人とか相手にできる自信が無いんで誰か他の人に行ってきて欲しいです」
貞子は自分の不甲斐なさを感じているかのように、申し訳無さそうに呟いた。そして宗一の方をじぃっと見つめて思う。
(あんだけ守護霊ついてる宗一さんなら、依頼受けても怪我して帰って来なさそうだな…)
宗一の守護霊。なんとも個性的な天ぷらの守護霊である。確か“天麩羅四天王”とか言われていたっけ。彼がどれだけ天ぷらを愛しているかわかるというものだ。
「宗一さんなら大丈夫だと思いますけど、気をつけて行ってくださいね!」
「ああ」
宗一は貞子に目を合わせ、腕組みを解き、片手を軽く挙げた。
「しっかし宇宙人相手か…。実態なのか霊体なのかもよくわかんねーし謎が多いな。セイさん、ネットの情報収集でバックアップ頼んます。サダシもな」
「…ッはい!誠一郎さんや皆さんと一緒に全力で支えます!!」
元気よく返事をしたところで、貞子は足元をうろうろしている水色の“何か”に視線を落とした。
「えっと…そうちゃんが行くなら…私もついていこうかな」
少しおどおどとした様子でカメラを構えたのは、塩方つぐみ。撮った写真が9割方心霊写真になってしまうという特異体質の持ち主である。ちなみに、今貞子が見ている水色の“何か”は、つぐみの元ペットだった柴犬が守護霊になったものだ。何か何かと呼ばれるうちに、部内ではすっかり“ナニカ”という呼び名が定着してしまった。なお、つぐみ本人にはナニカが見えていないようである。
「カメラの扱いなら私が一番慣れてるし…その電波さんっていうのが本当は何なのか、やっぱり気になる…から、カメラに収めておきたくて…」
「やっぱり写真と言えばつぐみさんですよね····!」
貞子は、真っ直ぐつぐみの目を見て声をかける。
「さだちゃん…それは買い被り過ぎだよ…」
照れくさそうにつぐみが答えたが、貞子は特にお世辞で言ったつもりはない。この二人なら――いや、二人と一匹なら、安心して任せられると確信していた。
「宗一さんも一緒に居ますし、きっと大丈夫ですよ!」
誠一郎も、貞子の言葉にうんうんと頷く。
「写真を撮る依頼だから、つぐみに担当してもらえるのは心強いね。宗一、依頼内容は写真を撮ることだけだけど、万が一のことがあったら…つぐみをよろしく頼むね。二人とも、何か困ったことがあったら、僕のスマホに連絡を。僕は貞子や他の皆と、バックアップに努めるよ」
にっこりと笑顔を作り、そのままパソコンに視線を戻そうとしたところで、はたとつぐみ――の足元見た。
「ナニカ、つぐみを守ってあげてね」
ナニカは誠一郎と貞子の方を交互に見ながら、何やら嬉しそうな様子で跳ねている。
「せいちゃん先輩もご心配ありがとうございます!絶対に良い一枚を撮ってきます!」
つぐみは意気込んでそう言った後、一呼吸置き、宗一がいる方へ体の向きを変えた。ナニカと共に、やる気に満ち溢れた目で宗一を見つめる。
「そうちゃん!がんばろうね!」
「おう。ツグミにナニカ、よろしく頼む」
そう言うと、宗一は再び腕組みをして話を進めた。
「セイさん、電波さんの目撃場所とかもうちょい詳しい書き込みはあるっスか?アタリもなしに漠然と探すのは骨が折れるからなあ」
「うん。今、目撃証言のあった場所を簡単なマップにしてみたんだけど――」
誠一郎は何やら再びキーボードをカタカタ言わせてから、つぐみと宗一にパソコンの画面を見せた。市街地のような地図が表示され、そこに多くの赤い点が描かれている。
「どうやら、暮井駅の繁華街を中心に、目撃証言が相次いでいるようだね。暮井駅ならここからそう遠くないから、何かあったら僕も駆けつけられそうだ。万が一のときのために、黛先生にも話を通しておくね」
「暮井駅の繁華街…」
呟いた宗一の脳裏に、見知った情景が浮かぶ。駅前の商店街には、飲食店はもちろん、居酒屋にパチンコ屋、水商売の店もあったりして、夜の活気がある街だ。
「結構大胆なやつっスね。目撃の時間帯は夜スか?…昼間にそんなやつ出たら都市伝説どころの騒ぎじゃねえよな」
「うん、やはり夜に目撃されていることが多いみたいだね」
そう言って再びパソコンに目を戻した誠一郎は、今度は何やらいくつかのSNSをチェックし始めた。
「……ふむ、噂によると、人間の調査をしに来た宇宙人であるという説もあるみたいだから…ある程度人がいるところを選んでいるのかもしれない。二人とも、早速だけど、今夜の予定はどうかな?駅の方へ調査に行けそうかな?」
「私はいつでも大丈夫です!父も母も仕事で家にはあまり居ないので、時間の心配もありません」
そう答えたつぐみの足元では、夜に散歩ができると勘違いしているのか、ナニカが目をキラキラと輝かせている。
「オレも問題ないです。親から店の手伝い要請も来てないので」
宗一は言いながら、自身の鞄とバットケースを持って立ち上がった。
「ツグミはなんか準備するもんあるか?特になければぼちぼち行こう。暮井駅着いたらとりあえず腹ごしらえしつつ作戦会議だな」
同日、夜。
宗一とつぐみの二人は、暮井駅前のガァガァバーガー(ヘッドホンをつけたアヒルのマークが特徴的なチェーン店)にて、腹ごしらえをしながら作戦を立てていた。
「情報を整理すっか。とりあえず、ゼロの目に投稿された依頼内容を確認しよう」
宗一はセットのコーラを啜りながら、掲示板「ゼロの目」のページを開いた。
「依頼内容は電波さんの存在を証明すること。方法は手っ取り早く写真を撮るってことだな。ってことでツグミの出番。得体が知らねえやつ相手なんでオレは戦闘要員だな。んで、暮井駅の繁華街を中心に目撃証言が相次いでいる、と。そんなところか」
眉をひそめながらポテトに手を伸ばす。
「繁華街は夜でも人気が多い。そんなとこで目撃されてんのにネットで写真すら見ないよな。実際に存在するとしたら路地裏とかでコソコソしてんのかな?ツグミはこいつに対して思うことあるか?」
「確かにこんな噂になってるのに、誰も写真を持ってないってのはおかしいよね…」
つぐみはカメラの設定をいじりながら話している。
「うーん。思うところって言っても、情報がまだまだ少なすぎてなんとも言えないって感じかな…もっと何か、しっかりとした情報があればいいんだけど…」
そう言うと、つぐみはため息を一つつき肩を落とした。ナニカは机の上にあるポテトが気になるようだ。
「そうだな。セイさんには情報収集を続けてもらって、有益な情報があったら連絡してもらうようにしておく。オレたちは飯食いながらあたりを観察しよう」
宗一は、つまんだポテトをナニカの顔の前に持って行ったまま、誠一郎に情報収集の継続を促すメッセージを打ち始めた。ナニカはポテトを素早く咥えて机の下へ持ってってしまった。
「うん。そうしよっか…」
つぐみは、そっとカメラを宗一に向ける。カシャ――
「よし…今日もちゃんと映る」
独り言ちながら写真の確認を終えると、斜め前にカメラを置き、ジュースに手を伸ばした。机の下ではポテトの美味しさに感動したナニカが宗一の足元で小躍りしている。
その時、メッセージを打つのを遮るかのように、宗一のスマホが音を立てて振動した。誠一郎から電話がかかってきたようだ。
『ああ、宗一、今暮井駅の近くかな?…電波さんの依頼もまだ取り掛かったばかりのときに悪いんだけど、新しい依頼が書き込まれたんだ。都市伝説的な電波さんの依頼に比べて、こちらはちょっと緊急度が高そうでね…今、ゼロの目を見れるかな?』
そう言われて、宗一は、通話をつないだままサイトの画面を表示させる。確かに、つい先ほどまでなかったはずの依頼が書き込まれていた。
FILE No.002
title:助けてください
from:マキ
text:
最近、友達の小指の第一関節が、3人立て続けになくなりました。
ただなくなっただけでもすごく怖いのに、もっと恐ろしいのは、本人や周りが、それを何とも思っていないかのような素振りをしていることです。
あたかも、その子達にはもともと小指の先がなかった、それが当たり前なんだ、という感じなんです。
絶対何かがおかしいんです。どうか、原因を突き止めてもらえませんか。怖くて眠れない日が続いています。助けてください。
「妙な話っスね…。確かに電波さんどころの話じゃねえな」
依頼を確認した宗一が、スマホを再び耳に当てつつ答える。
『話を聞いたら、どうやら依頼主のマキさんは、ちょうど暮井駅の近くに住んでいるそうなんだ。今日は一旦電波さんの件を切り上げて、彼女の家に向かってもらいたいんだけど…お願いできるかな』
「わかりました」
宗一は電話を切るとすぐにスレッドを開き、マキに今から家へ向かう旨の返事を打ち始める。その表情があまりにも緊迫した様子なので、つぐみはジュースを両手でしっかりと持ちつつ首を傾げた。
「今の電話せいちゃん先輩から?なにかあったの?」
「ああ、ちょっと緊急だ。電波さんの前にこっち手をつけてくれってさ。これに目を通してくれ。かなり妙な話だ…」
そう言って、宗一はスマホの画面をつぐみに見せた。
「どれどれ…ってえぇ?!こ、こここ小指の第一関節がなっ無くなる?!しかもそれをなんとも思わないって…」
つぐみの顔色がみるみる青ざめていく。足元にいたナニカも、主人の驚き方にびっくりしたのか、つぐみの肩まで登ってきた。
「やばい感じがする。食ったらマキさんの家に移動するぞ。とりあえず彼女から情報を聞き出そう」
「う、うんっ!わ、わかった!!」
つぐみはカメラを首にかけ直し、急いで机の上にあるものを食べ始めた。
▶FILE No. 002 START
二人(と一匹)は、誠一郎からメッセージで送られた住所をもとに、依頼人マキの家へ向かった。
たどり着いたのは、築浅そうな小ぎれいなマンション。インターホンを鳴らしてエントランスを通り、部屋の前、そのまま玄関チャイムを押すと、中から20代前半と思しき――青年が出てきた。あれ、男――と疑問を抱くよりも早く、その青年が口を開いた。
「ああ、来てくれたんだね、マキから話は聞いてるよ。どうぞ…!」
青年は、少し切羽詰まったような表情で、宗一とつぐみを部屋の奥に通した。
よくあるワンルーム、小ざっぱりと片付けられた部屋の真ん中で、これまた20代前半の女性が床に座り込んでいた。青ざめた顔で、腕で自身を抱くようにしている。彼女が依頼人のマキなのだろう。
「俺はユウト、マキの彼氏なんだ」
青年――ユウトはマキのそばにしゃがみ込むと、不安そうに、しかし優しくマキの背中をさすった。
「マキが君たちに依頼を…したんだよね。じゃあ、内容はもう知ってるとは思うんだけど、改めて…マキ、マキから説明できる…?俺が言おうか…?」
マキは弱々しく首を横に振り、今一度依頼の内容を説明した。おおむね、掲示板に書いてあった通りの供述であった。
「――それで、私怖くて…あなたたちにお願いをしたの…。怖くて、夜も眠れなくなっちゃって…不安だから、彼にお願いして、ずっと家に泊まり込んでもらってて…迷惑だってわかってるんだけど、でも、私…!」
話せば話すほど、声がわなわなと震えていく。
「マキ!!状況が状況なんだよ?不安にならない方がおかしいよ…!そんなこと気にする必要ないから…!」
ユウトは、少し震える指先で、マキの肩を抱き寄せた。
「…俺の方からもお願いだ、何とかこの件を解決してほしい…!」
そう言って、真剣な表情で、頭を下げた。
「わかりました。最善を尽くします」
宗一は、マキとユウトの目を見てから、しっかりと答える。
「…マキさん、すまないスけどもう少しだけ知ってること教えてもらえないスか?ご友人はいつからそんな状態になったんスか?気になる出来事とかあれば、些細でも情報が欲しい」
そう言った宗一の目を、マキは不安そうに見つめ返した。
「私も、マキさんの不安が少しでも取り除ける様、お手伝いさせて頂きたいです。その為にも、ゆっくりでいいので話してもらえませんか?」
つぐみがそう続けたところで、マキは気持ちを落ち着かせるようにこくりと一度つばを飲み込んでから、紡ぐように語り始めた。
「ええ、…先月、ぐらいかな…大学の友達の、小指の先がなくなってるのに気づいたの…。
慌ててどうしたのって聞いたんだけど、向こうはけんもほろろで、何が?って感じで…それからもう一人、さらに一人と続いて…その3人目は、先週…」
マキが話している間、ユウトは不安そうな眼差しでマキを見守っている。ナニカはマキの横で寄り添っていた。
「3人とも、大学で私とかなり仲良くしてるの。皆この暮井駅の近くに一人暮らししてて、だからよく夕飯一緒に食べたりもしてて…。なんか私に言えないようなヤバいところに行ったのかな、とか…その…小指がないから、ヤクザに関する事件に巻き込まれたんじゃ、とか…色々考えたんだけど、先月から今までの間、皆遠出してないって言うの」
それを聞いたユウトが、ドキリとしたように目を見開く。
「え…?遠出してないとかっていうのは今初めて聞いたけど…それって、何が起こってるのかよくわかんないけど…少なくとも、友達の小指を奪った犯人はこの近くにいるってこと…?」
こくり、とマキが無言で頷いた。
「そっか…それでしかも、マキの仲のいい子ばっかり狙われてたら…次は自分の番なんじゃないかって、そりゃ怖くなるよな…」
そう答えたユウトに同調するように、つぐみが続けた。
「なるほど…それは不安ですよね…。」
そのまま、ポケットの中からメモ帳を取り出し、宗一とマキのやりとりを記入し始める。
(そうちゃんが質問してくれてるし、私はメモ役に回ろう。二人から質問攻めに合うと怖いもんね…)
ペンを走らせるつぐみと、マキの方を交互に見てから、ユウトはうーんと一つ唸った。
「…誰が何の目的で、どうやって小指を取ってるのか、全然わかんないけど…もし犯人がいるとしたら…やっぱり繁華街の方なんじゃないかなぁ…。あそこって水商売みたいな店もちょいちょいあるし、意外と治安悪いし…なんかほら最近、変な宇宙人?の噂?も聞くし…あ…俺はもちろん、本当に宇宙人がいるなんて思ってないけどさ…でもそんな変なコスプレするぐらいの変人だったら、そういうヤバいことも…平気でやりそうじゃないかな…?と思って…」
「宇宙人…?」
宗一は思わず、その単語を復唱した。まさか、件の電波さんが絡んでいるのか?いささか信じ難い気もするが、暮井の繁華街というのも目撃証言と一致する。“電波さん”は実在していて、この事件の被害も電波さんによるもの…という、最悪のケースも視野に入れておくべきか。
「被害に遭った頻度はざっくり1ヶ月に3人、1週間〜10日に1人ってとこか…。かなりのペースっスね。ご友人が被害に遭った日は大体何曜日とか規則性はあるスか?連続で事件を起こすやつは規則性にこだわりを持つやつが多いス」
宗一の質問に対し、マキは弱々しく首を横に振った。
「………ううん…いや、…特に規則性はわからないな…私が、皆の指がなくなってるのに気づいた曜日は…バラバラだったし。時間帯とかは、全然わかんない…なんせ、いつそうなったのって訊いても、皆『元からじゃん』って答えるだけだから…正確なことがわかんないの…。私だって、宇宙人なんて信じてないよ、信じてなかった、けど…でも、なんかそういう、人間じゃない何かのせいなんじゃないかって、段々思うようになってきちゃって…。だって、皆何も違和感持ってないの、絶対変でしょ…?小指だけじゃなくて、なんか意識もいじられてるんじゃないかって…そんなこと、人間じゃ無理だから、って思っちゃって…だから、あなたたちに相談したの…」
「ありがとうございます。規則性がわからないとなると、とりあえず繁華街をまわってみるしかなさそうスね。そして、意識…。もしそうなら明らかに人知を超えてますし、コスプレ変人じゃなくてゼロっスね」
宗一が発した“ゼロ”という言葉にマキが不思議そうな顔をしたので、ああそうか、これは部内の隠語だったかと思い直したが――この際そんな些細なことはどうでもいい。今は間違いなく緊急事態である。
マキと宗一の会話を聞きながら、ユウトは真剣に考えこんでいる。
「うーん…もしその宇宙人か――コスプレの変人か知らないけど、ソイツを捕まえれば何かわかるかもしれない、ってこと…?」
そこまで言って、ハッとしたように立ち上がった。
「それで、ソイツは繁華街にいる可能性が高いんだろ…!?そっ…それなら早く行かなくちゃ…!!」
「ゼロとの戦闘が予測されるっス。ここはオレたちに任せてユウトさんはマキさんの側にいてあげてください」
宗一の言葉に、つぐみも何度か強く頷いた。
「マキさん、きっとこれからも不安は続くと思います。でもそれは私達でなんとかしますから、ユウトさんと一緒にここで待っていてください。必ず、いい報告を持って返ってきますから」
マキのそばにいるナニカも、自分たちに任せろと言わんばかりに元気よく跳ねている。
「えっ、でも……!」
ユウトはそう言いかけて、小さく震えるマキに気づき、言葉を止めた。
「…いや、そうだね、俺はここに残るよ。もし…もしホントに宇宙人だったら、俺どうやって戦ったらいいのかとか全然わかんないし…俺にできることは、マキを一人にしないことだけだから…!」
そう言って、まっすぐな目を二人に向けた。
「改めて、今回の件、お願いします。どうか…気をつけて…!」
「マキさん、そしてユウトさん、この度はご協力本当にありがとうございます」
つぐみは、書いていたメモ帳をポケットに直し、深々と頭を下げる。
「動こう。いくぞツグミ、ナニカ」
宗一は早速、鞄とバットケースを肩に担ぐ。
「うん!」
つぐみに合わせて、ナニカも勢いよく跳ねて宗一に返事をしたのだが、つぐみにはやはり見えていないのであった。ナニカって何だろう。そうちゃんの新しい守護霊とかかな…などと考えているうちに、宗一はさっさと家を出ようとしていた。
「あっ!お邪魔しました!!」
つぐみは慌てて、宗一の後を追いかけた。
しかし、それから一週間。
宗一とつぐみは、あれから毎日のように暮井の繁華街へと足を運んだが、“電波さん”らしき宇宙人は姿を表さなかった。しかも、それだけではない。
放課後の部室にて、パソコンで情報をサーチしながら誠一郎が唸っている。
「………おかしい。僕らが依頼を受けた途端に、目撃情報が途絶えた…。嫌な予感がするな…まるで、こちらの動きが読まれてるみたいだ。暮井の繁華街で調査をしていることが、相手に筒抜けになっているような………」
「おかしいスよね…」
相槌を打ちながら、オレンジのリーゼントが部室に入ってきた。宗一である。いつものように、パイプ椅子にどっかりと座り込み、腕を組んだ。
「オレ、マキさんの言葉が引っかかってます。“意識をいじる”…これがマジだったら、マキさんとユウトさんが気がかりだ。あれから二人からの連絡はないスか?何もなければ、家に訪ねに行くべきだと思うス」
この言葉に続くようにして、段ボール箱(とその上に乗ってあくびをするナニカ)を抱えたつぐみがやってきた。歩くたび、箱の中身がガタゴトと音を立てている。大方、大量のフィルムやチェキ、写真データを収めた愛用のUSBなどが入っているのだろう。
「私もそろそろマキさんの事気になりますね…あれから毎日繁華街の写真を撮ってるけど、これと言って電波さんらしきものは映ってないので…家に行って新しい情報を聞くのが得策かと…」
宗一とつぐみの意見に、誠一郎は同感だという風に一つ頷いた。
「確かに、話も聞きたいし…とにかく、二人の安全面が心配だ。特にマキさんは、次のターゲットにされている可能性が高い。無事ならばいいんだけど……あっ」
そこまで言って、ひらめいたように、パソコンでカタカタと何かを調べ始めた。
「マキさんは、このSNSに友達との写真やその日の出来事をかなりの頻度で書き込んでいるんだ。これがいつも通り更新されていれば、無事と言えるだろうね……ああ、あった!」
誠一郎から、ホッ、と安堵の息が漏れる。
「ほんの10分前だ。ゼロに対する不安をこぼしているけど…不安がっているぐらいだから、まだ実際に被害には合っていな………ん…?」
ふと、誠一郎が眉をひそめた。その顔のまま、まじまじと画面に見入る。
「よいしょっと…せいちゃん先輩どうかしました?」
つぐみは、ナニカが乗ったダンボールを部室の隅へ置き、誠一郎へ近づいた。宗一も誠一郎の顔を見る。
「…二人とも、これを見てくれるかな」
誠一郎は、二人に見えるように、パソコンの画面を向けた。
「ここ、この書き込み。二人がマキさんの家へ行った日の、日中だよ。つまり、家に行く数時間前なんだけど…」
20○○/○○/○○ 15:23 ❤4
最近友達の様子がおかしいよ…みんなどうしちゃったの…?こんなとき、自分に彼氏でもいれば頼れるのにな…
「えっ…彼氏って…マキさんにはユウトさんが…だってほら、ここにちゃんとマキさんとユウトさんとそうちゃんのやり取りもメモしてますし…ユウトさんはマキさんの彼氏だって自己紹介も…」
ナニカはダンボールの上が温かいのかウトウトしているが、つぐみはそれどころではない。少し焦った様子でメモ帳を取り出し、誠一郎へ見せる。
「さっき話をした”意識をいじる”ってワード。これがホントならマキさんは、ユウトさんという彼氏がいるって意識をいじられてる可能性がある。…すでに被害に遭っているかもスね」
宗一の腕組みに力が入る。
「ここでごちゃごちゃ考えても仕方ねえ。マキさんに接触しよう」
そう言うと、熱い眼差しを誠一郎に向けた。それに応えるように、誠一郎の目も一層真剣な色になる。
「つぐみのメモによれば、ユウトさんはマキさんの家に…泊まり込んでいるんだよね?SNSを見る限り、まだ何とか無事だろうけど…宗一の仮定が正しければ、いつ何があってもおかしくない。二人とも、今からマキさんの家へ行ってくれ!」
「っはい!!」
つぐみは勢いよく頷く。
「了解ス。ツグミ、ナニカ行くぞ」
宗一はロッカーからバットケースを取り出し、肩にかけながら部室を出て行った。またナニカって言ってたな…と頭に疑問符を浮かべながらも、つぐみは急いで宗一を追った。
空は明るく鮮やかな夕暮れに染まっていたが、宗一とつぐみの心中では不穏なものが渦巻いていた。
息も絶え絶えにマキの家に急ぎ、インターホンを押す。
――出ない。
何度か押してみても、反応がない。胃が冷たくなるような嫌な感じがして、2人の鼓動が速くなっていく。
その時、一人の男性がスマホをいじりながらやってきた。このマンションの住人なのだろう、ポケットから取り出した鍵でエントランスの扉を開けた。
男性はスマホの画面に釘付けになっており、二人のことは意識にないようだ。宗一とつぐみは、心の中ですみませんと頭を下げてから、男性に続いてそっと中に入り込んだ。
「部屋に急ごう」
二人と一匹は急ぎ足で進んでいったが、部屋の近くまで来たところで宗一の足が止まる。
「万が一のことを考えて、マキさんとユウトさんには悪いが、天かすに中の様子を見てきてもらおう。霊体だからドア1枚くらいならすり抜けられる」
宗一が念を込めると右手の甲からぷくぷくとしたきつね色の霊体が現れた(と言っても、つぐみには見えていないが)。なんとも言えない可愛らしい顔がついている。
「あっ!宗一様ぁ!お呼びですか?」
顔に見合った、これまた可愛らしい高い声で、「天かす」と呼ばれた霊体が主人の名を呼んだ。ナニカは正体を確かめたいと言わんばかりに、突然現れた霊体の匂いを嗅ぎ始める。
「ああ、呼んですぐで悪いが、あの部屋の中の様子を見てきてくれねえか?」
「わかりました!見てきます!」
天かすは元気よく返事をすると、意気揚々とぷりぷり走って部屋の様子を見に行った。
「頼んだぞ」
(そうちゃんはすごいなぁ。私もせめて、見えればいいのにな…)
つぐみはカメラをいじりながら、少し悲しい表情になる。しかしすぐ、そんな自分を奮い立たせるように、首を何度か左右に振った。いけない、弱気になっちゃだめだ。私にできることをしよう。気合を入れ直し、宗一とドアを画角に収めた写真を1枚撮った。そのまま、カメラの液晶モニターで写真の写りを確認すると――何やら光の粒のようなものが、ドアのそばに写っている。立派な心霊写真だが…この光が宗一の言う「天かす」なのだろう。
天かすは、部屋に入り込み、中の様子を見た。
ワンルームの壁際に、小ぶりなソファがあり、そこで女性がうたた寝をしている。
そして、その女性の前に立っている男は……いや、男、なのだろうか?緑の髪に灰色の肌という不思議な出で立ちなので、性別もよくわからない。
とりあえず、見たままを宗一に報告しよう。天かすは再びドアをすりぬけ、宗一のもとに戻った。
「マジか…」
天かすからの報告を受けた宗一に緊張が走る。
「ツグミ、ちょっと場所を変えよう。ここで話すには部屋から近すぎる。天かす、悪いが部屋の監視を継続してくれ。オレたちはエントランスに戻る。何か動きがあったら戻って連絡してくれ」
「わかりました!宗一様!」
相変わらず元気な返事をして、天かすはエントランスへ向かう宗一とつぐみとナニカを見送る。そうして、再びドアをすり抜けて部屋に入っていった。
「部屋の中に電波さんの特徴に似たやつがいる」
エントランスに着くなり、宗一はつぐみに天かすが見たというものを報告した。
「そっか。中はそんなことになってたんだね…」
主人の声色が不安をたたえているのを察したのか、ナニカは心配そうな表情でつぐみの顔を見つめている。
「天かすには部屋の監視を続けさせてるが、電波さん――と思われる奴は、何考えてるかわかんねえ。無策のまま訪問して戦闘にでもなったらマキさんも巻き込んじまうかもしれねえ。ちょっと作戦を考えよう」
「うん、わかった。私に出来る事なら何でも言って。戦う…とかは苦手だけど、がんばるからっ!」
それを聞いた宗一は、よし、と言って腕を組んだ。
「これはオレの意見だが、オレら二人で電波さんを穏便に捕縛まで持ってくのは厳しい。応援要請をしよう。セイさんに頼んで誰か1人来てもらう。戦闘要員はオレ、ツグミは戦闘中の電波さんの写真を撮れ。もう1人にはマキさんの保護を担当してもらう。どうだ?」
「そうちゃんの案、いいと思う!じゃあ私はそうちゃんの後ろについていって部屋に入ったらどこか隠れられそうなところから写真を撮るね」
つぐみはカメラを構え直した。ナニカは宗一の側まで行き、任せろと言わんばかりに跳ねている。宗一は足元のナニカに視線を落としつつ、早速誠一郎に電話をかけ、状況を説明した。
『連絡ありがとう、状況はわかったよ。話を聞く限り、確かにもう一人くらいはほしいところだね。……では、僕から黛先生に連絡して、急いで二人に合流してもらうようにお願いしよう。黛先生なら、万一のことがあってもすぐに治癒できる。マキさんの身を守るのには適任のはずだよ。これで写真も撮れれば言うことなしだけど…くれぐれも無理はしないようにと、つぐみに伝えておいてね』
数刻して、伊織がマンションのエントランスにやってきた。
「よぉ。話は大体柊から聞いたわ。手短に済ませるぞ」
伊織は首を大きく傾げて、コキ、と音を鳴らした。
3人と1匹が、マキの部屋の扉に立つ。伊織がドアノブに手をかける。ドアノブはゆっくりと動いた。鍵が開いている。誰のものだか、ごくりとつばを飲み込む音がした。部屋に入り込む。
中は天かすの話した通りであった。
壁際にソファ、ソファに女性、女性の前に――黒いスーツに見を包んだ、緑の髪と灰色の肌。この異質な存在こそ、噂の“電波さん”と見て間違いないだろう。
「おや――やはり、“また”君たちでしたか」
“電波さん”はスローモーションのようにゆっくりとこちらを振り向き、口角だけを吊り上げた笑顔を作った。
「良かった。私も君たちに会いたいと思っていたのですよ。何せ君たちはなかなかどうして、意識がいじれない――この女のように」
そう言って、ソファで寝ているマキに目を落とす。
「普通は、例え小指がなくなっても、私の能力によって違和感を覚えなくなるはずなのですが…この女とあなたたちの記憶だけは、何故かうまく操作できませんでした。女の方に、私が長い間お付き合いしている彼氏だと思いこんでもらうことまではできたのですが…小指に関しては、何故か、どうしても。特殊な人間がいるものですねえ」
場にそぐわぬ程落ち着いて話す“電波さん”に対し、宗一の釘バットを握る手が、つぐみのカメラを構える手が、ギュッと強張った。そんなこちらの臨戦態勢に感づいたように、“電波さん”は言葉を続けた。
「…小指を取られることがそんなに恐ろしいですか?心配要りませんよ。我々は小指が欲しいのではなく、小指から得られる人間の情報が欲しいのです。情報さえ手に入れば、小指は返して差し上げますよ。今、丁度情報収集をしていたのです――」
“電波さん”がゆっくりと、長い舌を出した。
「――こうやって」
毒々しいショッキングピンクの舌、その上に、小さな肌色が乗っている。
「あ、あわ…指が…」
未知のものに対する恐怖で頭は真っ白になっているのに、つぐみの手は勝手にカメラのシャッターを切っていた。
(怖いのに、怖いのに何でだろう…私は今この瞬間を撮りたい……!!)
手以外が硬直しているつぐみとは対照的に、宗一はズカズカと部屋に入り込み、悪態をつきながら躊躇いなく“電波さん”に近づく。
「力の弱い女性相手に意識を操作しながらコソコソと情報収集だぁ?悪趣味電波野郎が!ボコボコにされたくなかったら、さっさと指を返して宇宙に消えやがれ!」
今までの冷静さが堰を切ったかのように怒りへと変わり、宗一は何をしでかすがわからないほどの荒々しさを纏っていた。
「おやおや…私は本来、戦うのは得意ではないのですよ。私のこの星での役目は、情報収集だけですから」
視線だけで部屋の中を見回した次の瞬間、“電波さん”はものすごい速さで窓を開け、そのまま飛び出していた。眠るマキを残したまま。そして、口に小指を含んだまま。
「とり天!!」
瞬時に宗一が叫ぶ。先ほど“電波さん”が飛び出していった窓、その横のカーテン裏から、鳥の被り物をした奇怪な霊体がスゥーッと現れた。
「…お呼びですか?」
霊体は突然の召喚にも動じず冷静に、忠誠心を持って主人に問いかける。
「ああ。憑依しろ!」
「御意」
とり天が短く返事をした途端、その霊体は吸い込まれるようにして一瞬で宗一の体に入り込んだ。そのまま、宗一は凄まじい跳躍で窓を飛び降り、“電波さん”を追いかけた。つぐみには、とり天の姿は見えていない。声も聞こえていない。ただ、勢いよく躊躇いなく窓から飛び出した宗一の後ろ姿は、空を駆ける鳥のようで――
「ウグッ…!?」
ズザァァ――ッ…
窓の外、下の方から、うめき声と何かが地面を擦るような音。宗一と“電波さん”に圧倒されていたつぐみは、ハッと我に返った。
一行は音のした駐車場の方まで全速力で駆け付ける。羽が生えたかのような身軽で機敏な動きで、宗一が“電波さん”を蹴り上げた瞬間であった。
「コソコソする上に逃げ足でも追いつかれる。そんなもんか?!あ”ぁ”??!」
“電波さん”の黒いスーツをまとった体が宙に跳ね、地面に叩きつけられる。その様子を見れば、蹴りの威力がどれほどのものだったかは語るまでもない。
よろめきながらも上体を起こした“電波さん”を見て、まだ意識があるのかとつぐみは身構えたが――“電波さん”はそのまま、宗一に手を出そうとはしなかった。
「グゥッ…あなた、本当に人間ですか…!?その身体能力…素晴らしい、是非とも調査対象にしたい…ッッ!!!」
口の端から紫色の血を流しながらも、ギラギラと目を輝かせている。
「――しかし、ここで命を落としては、我が星に調査内容を報告できなくなる…3対1、それも意識の操作が効かない人間ばかりでは、分が悪い…」
“電波さん”はそう言いながら、ふらつきつつよたよたと立ち上がった。
「本当は、きちんと全ての意識を操作し、立つ鳥跡を濁さず、とすべきなのですが…ここは一旦、退散させてもらいますよ…!」
よく見ると、“電波さん”の目の下、泣きぼくろのような位置に、赤いLED球のようなものが点滅している。
「どうやら迎えが来たようです。それでは失礼――ああ、この小指はちゃんと、持ち主に返しておきますよ」
突然、“電波さん”の体が、映像の乱れたブラウン管テレビの映像のように歪み――
「では、またいつか、お会いしましょう」
――瞬く間に消えてしまった。
「待てコラ!!――チッ、逃げやがった…」
宗一は右足の裏で駐車場をガリガリと擦る。“電波さん”を取り逃がしたことに少し苛立っていた。しかし、どういう仕組みでどこへ逃げたのか、全く見当がつかない。ここで暴れても仕方がないことは、怒りに沸き立っている頭でも分かる。短く大きく、ハァッと息を吐いて、気持ちを切り替えた。
「…解。ありがとな、とり天」
「またお呼びください。すぐに駆けつけますゆえ…」
とり天は、夕日が作る長い車の影の中にスゥーッと消えていった。
駐車場に静けさが戻る。
「す、すごい…すごいよそうちゃん!」
思わず感激の声を出したつぐみだが、ナニカもつぐみ同様、興奮した様子である。宗一の側まで走って行き、宗一の周りでぐるぐると走り回り始めた。
「速すぎて全然目で追えなかったよ!」
そう言いながら、構えていたカメラのレンズにカバーをかけ、写真の確認を始めた。ショッキングピンクの長い舌の上に乗る小指の先――の映像は気持ち悪いのでさっさと次に送って――次いで、窓から飛び出していく瞬間の多少ブレた黒いスーツ、そして――
「あっ!これは綺麗に撮れてる!」
駐車場でゆっくりと立ち上がる瞬間の“電波さん”がハッキリと。最後の1枚は、まさに決定的瞬間呼ぶにふさわしい映像であった。これほどまでにしっかりと画角に収まっていれば、依頼人も文句のつけようがないだろう。
「よかったぁ〜」
つぐみはほっと胸を撫で下ろすと、その写真のデータを無くなさないように複数のUSBへ複製し始めた。
「お手柄だな、ツグミ。ナニカは落ち着け」
宗一はつぐみに近づき、一緒にカメラを覗いた。なるほど確かに、鮮明に映っている。黒いスーツ、灰色の肌、緑の髪、口の端から流れる紫色の血――
「ホント気色わりぃ野郎だ」
何度見てもいい心地がしない。宗一は思わず顔をしかめた。
「とりあえず1件目の依頼は達成、か」
「だね!小指は返すって言ってたし、2件目もとりあえずは大丈夫なんじゃないかな」
「アイツの言うことだから信用なんねえが、後で被害者を確認しよう」
つぐみは笑顔で頷いた。ナニカは走り疲れたのか宗一のそばでぐったりとしている。
「そうだ!とりあえず解決はしたって事で記念に写真撮らない?流石に三脚までは持ってきてないけど、このカメラ、自撮りみたいに内側からも撮れるんだよ!」
つぐみはそう言って、自分と伊織、宗一をカメラの枠に収め、シャッターボタンを軽く押さえる。
「はァ?写真だぁ?」
露骨に眉をひそめる伊織。
「写真は苦手なんだけどな…。仕方ねえ」
表情に困った宗一は、しかめっ面でレンズを見つめた。
「俺も………別に嫌とは言ってねェ」
伊織が何とも面倒くさい言い回しで返事をするが早いか、パチリ、とシャッターの切れる音がした。
つぐみはカメラの液晶モニターを確認する。柔らかい笑顔の自分、ガンを飛ばしている宗一。伊織はツンとした表情のまま、カメラではない方を見ているが…これはこれで、自分たちらしい。良い写真だな、と思った。
さて、依頼も解決し、そのままマンションを去ろうとしたのだが。
「………オイ待て。そういえばあのマキとかいう女はどうなった。部屋で寝てるまま放置してきたが…一応、どこか体に異常がないか見てくるわ」
伊織は踵を返してマキの部屋に戻って行く。宗一とつぐみ(とナニカ)が、それを追いかけた。
相変わらず鍵が開いたままのドアから入る。
マキはいまだ眠っているようだ。小指の先も、ちゃんとある。
「――脈も正常だな。ホントにただ寝てるだけみてぇだ。良かったな」
一行がホッと一息ついた、そのタイミングで、マキが目を覚ました。
次の瞬間。
「…ッ!?ちょっ…だ、誰なのアンタたち!?勝手に部屋に入ってきて…どういうつもり!?」
「あ?あぁ…確かに俺とアンタは初対面だが、こいつらは先週」
「先週!?」
伊織の説明を、マキがヒステリックな声で遮った。
「知らないわよこんな子たち!何?!ストーカーか何かなの…!?」
伊織はしばらく呆気に取られて固まっていたが、やがてポリポリと後頭を掻いた。
「あー……もしかしてここ、高橋の家じゃなかった?…こいつら、その高橋と学校でケンカしたもんで、謝らせようと思って連れてきたんですが…家、間違えたみたいです、スミマセン」
マキに軽く会釈をしてから、宗一とつぐみを見た。
「ほら、行くぞお前ら」
「伊織ちゃん先生!待ってください〜!」
つぐみは伊織先生の後ろを追いかけようとしたところでピタリと止まり――
「あっ!お邪魔しました」
頭を深々と下げてから、伊織の後を追う。
「失礼しました」
宗一は軽く会釈をして、玄関のドアを閉めた。
「ハァ…とっさに吐いた嘘だから、滅茶苦茶苦し紛れだったな…クソ」
伊織は頭を掻きながら、ため息など吐いて見せる。
「どーやらあの電波さんとかいう奴、最後の最後でマキさんの意識をいじることに成功したらしいな…。あれじゃ、お前たちのことはおろか、友達の小指を取られるなんていう事件が起こったことさえ、記憶から消されちまってるだろ」
伊織はぼんやりと空を見上げながら続けた。気づけば日はほとんど沈みかけ、空は薄い群青色になっていた。
「……案外俺たちも、今までのどこかで小指を取られてるかもしれねぇな?その後記憶をいじられて、小指も元に戻されたんなら…その出来事自体なかったことになっちまう。俺たち人間は所詮、自分の意識を通してしか世界を理解できねぇからな…」
その時、宗一のスマホが音を立てて振動した。画面を見れば、誠一郎から電話のようだ。
『あっ、宗一!無事かい?つぐみに、黛先生は?』
誠一郎にしては慌てているような声色だ。宗一は、今までにあったことを順を追って説明した。
『……そうか、皆無事ならよかった…嫌な予感がして、慌てて電話をしたんだ。いや…それがね、今一度マキさんのSNSを確認したんだけど、小指や“ゼロ”――“電波さん”に関する投稿が、一切消されていて…まるでそんな事件など初めからなかったかのようになっていたんだ。それで、もしやと思ってゼロの目の依頼も確認したんだけど…これも同じだった。マキさんの依頼はもちろん、電波さんの写真を撮る方の依頼まで。消えているんだ、全てが』
「消えてる…?そういやマキさんも、オレたちと一度会った記憶がなくなってた様子でした。電波野郎絡みの被害者は記憶をどうかされたんスかね…?…とりあえず、すぐ部室に戻ります」
宗一の表情を見れば、何か良からぬことがあったのはつぐみにもすぐ察せられた。
「今の電話せいちゃん先輩から?なにかあったの?」
「ああ、セイさんからだった。マキさんのSNSから電波野郎関係の投稿が全部消えてるらしい。そしてゼロの目でも同様に今回の依頼投稿が消えてるらしい。どんな事態かわかんねえ。とりあえず部室に戻るぞ」
3人と1匹が急いで部室に戻ると、薄暗い部屋の中、パソコンの画面を見ながら深刻な顔をしている誠一郎がいた。が、見知った顔を認めると、ぱっと表情を笑顔に切り替える。
「ああ、3人ともお帰り。ナニカも無事でよかった。…いやあ、さっき電話で話した通りなんだけどね、“電波さん”絡みのマキさんのSNSと、ゼロの目の依頼が、どちらも消されていたんだ。それで、僕は皆が帰ってくるまでの間にネットの情報をかなり洗ってみたんだけど……“電波さん”というワードをSNSで検索しても、もう何も引っかかってこないんだよ。つまり…今回の依頼人2人だけじゃなくて、“電波さん”に関する投稿の何もかもが、ネット上から消え去っているんだ」
話しながら、無事に帰ってきた3人を労うように、湯呑に緑茶を注ぎ始めた。もちろん、足元の1匹に、お菓子を差し出すことも忘れない。
「おそらく、件の“電波さん”は、意識だけじゃなくてこうした情報も操作できるのだろうね。一通り必要な調査を終えたら、接触した人間の意識と記憶、そしてネット上の情報などを操作して、まるで自分たちなど初めから存在していなかったかのような状況を作り出すんだろう。こうして、人間たちに今までと同じような日常を過ごさせるというわけだ――僕達を除いて、ね」
そこまで言って、誠一郎は終わりの合図をするかのように、パタンとノートパソコンの画面を閉じた。
「さて、なんだか気持ちの悪い終わり方だけれど…依頼人が僕らに依頼を“していなかった”以上、僕らもこれ以上の調査をする必要はないだろう。とにかく、3人が無事でよかった」
数日後。
「柊。いるか?」
ぶっきらぼうな声を上げつつ、伊織が部室のドアを開けた。
「ああ、黛先生。どうでしたか?」
「ああ、マキって女の友人は、3人とも大丈夫だった。全員小指が戻ってる」
「そうでしたか!それは良かった」
誠一郎は、柔らかい笑顔で答えた。
「マキさんも無事だったようですよ…ほら、このSNSの写真。両手とも、小指がありますから」
誠一郎が伊織にパソコンの画面を向ける。そこには、友人たちとテーマパークではしゃぐマキの姿が映っていた。この手に抱えているデカいぬいぐるみのキャラクターは…なんと言ったか。
「チッ…こっちの苦労も知らずにお気楽なもんだ」
「あっはっは、そりゃあ、知らないでしょうねえ。記憶、消されちゃいましたから」
誠一郎は呑気に笑い飛ばし、湯呑に緑茶を注ぎ始めた。
「笑い事じゃねえ!!」
「しかし…こう見ると、やはり“電波さん”の目的はあくまでも人間の調査であり…人間を攻撃する気も、混乱に陥れる気もなかったのでしょうね」
「まぁ、そう考えるのが自然だろーな。勅使河原にボコボコにされても、一切反撃する素振りがなかったしな」
「あっはっは、とり天が憑依していたのだから、相手はさぞ痛かったでしょうねえ、可哀想に」
「いや思ってないだろお前…笑ってんじゃねえか。…とにかく、今回はこれで終いにするしかなさそうだな…。もし次に奴が来て、俺たちを攻撃してくるようなら…そんときゃそんとき考えるしかねぇよ」
「来たことに…気づかせてもらえればいいんですがねえ」
のんびりと湯のみで緑茶をすすってから、誠一郎は「おや」と言って目を瞬かせた。
「そういえば、黛先生。その小指はどうされたんですか?」
「――なッ!!!???」
「あっはっは、冗談ですよ。あっはっはっは」
「柊テメエ!!!!!ブチ殺す!!!!!!!!」
大きな笑い声と怒号が、放課後の校庭にこだました。
▶FILE No. 001~002 FIN.
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