第51話 最終決戦?問題  


「私は幼き頃より闇が好きだった。そうだ。ずっと闇の力に惹かれていた。兎族に伝わる禁書——カースが眠る月の神殿の場所。それを知りたくて知りたくて仕方がなかった。成人した夜。私はその禁書を手にした」

(だから、クレセントはラリを追放した——)

「長であるクレセントはおれを許さなかった。おれは一族を追放された。兎族の秘密を他者に漏らさぬようにと舌を切られたが。人とはどんな環境にも順応するものだ」

 ラリは口を大きく開ける。本来であれば、言葉を語ることもできぬ男は、長き時をかけ、欠けた機能を自ら回復させていったのだろう。

「私の執念はクレセントの予測を上回る。私の命を奪わなかった恩情が、仇となったということだ。私は随分と国内を流れ歩いた。禁書で得た知識を使い、月の神殿に眠るカースを蘇らせた。それから、太陽の塔の守護者たちを惨殺し、その生き残りとして王宮に入り込んだ。

 ここまでくるのに、私の人生の大半をかけた。丁寧に丁寧に。誰にも気づかれぬように。王宮の者たちが私の企みに気づきもせずに、思うように動く様を見ていると、愉快で仕方がなかった。こんなに面白いことはなかった。騙されているとは知らずに。お前たちときたら——」

 ラリは肩を揺らして笑っていた。彼だけだ。笑っていたのは——。まったく笑えない冗談だ。

「私が欲しいのは絶対悪。誰にも触れることのできない底なしの闇だ。私は愛だの恋だのには興味がない。やはり、私の理想を成し遂げるためには、私自身が崇高な存在にならなければならぬようだ」

「お前はカースよりも邪悪な存在だ。自分以外のことは、なに一つ考えない。身勝手で高慢。お前こそが底なしの闇だ」

 サブライムは眉間に皺を寄せた。本当の悪はカースではない。この男だったのだ。

「王よ。私には、この上ない賛辞ですぞ。そうだ。私は底なしの闇。この地上の支配者となる——」

「闇に魂を売り渡した者に未来はありません」

 エピタフの言葉にラリは高らかに笑った。

「もう遅いわ! 私の素性を知ろうとも。理由を知ろうとも。カースがいなくとも……。戦争は止まらない。連合軍は王都を蹂躙し、そしてこの地上は私のものとなるのだ!」

 エピタフの手から放たれる青白い炎を避け、ラリは身を翻した。

「逃がすな!」

 ラリは兎族特有の脚力を活かし、一気に地上への階段を駆け上がった。そのしぐさは、目が見えない者とは思えないほど流暢だった。駆けだすエピタフに続いてサブライムもおれを小脇に抱えて走り出した。

 地上に出ると、エピタフとサブライムは足を止めた。月の神殿の出入り口は、悪魔たちに取り囲まれていた。

(ここは——太陽の塔!?)

 周囲に積みあがっている瓦礫の山——。周囲を森に囲まれているこの場所は、太陽の塔があった場所だ。

(そうか。太陽の塔と月の神殿は対となる存在。月の神殿は、太陽の塔の地下にあったんだ)

 学校で「灯台下暗し」という言葉を習ったことを思い出した。

 瓦礫の上に立ったラリの脇には、カースが使役していた梟侯爵——アンドラスが佇んでいた。ここにいる悪魔たちはアンドラスの悪魔師団だ。アンドラスは困った顔をして見せた。

「誠に残念だった。今回は魂をもらい損ねてしまったよ。あの光は私でも危険だった。静観しているしかなかった。ただ働きをさせられるなど、私のプライドが許さぬ。私は気が立っているのだ」

 アンドラスはそう言った。

「それで、そこの卑しい男に仕えるというのか」

 サブライムはアンドラスを睨みつける。

「卑しいか。崇高なる魂よりは味が落ちるかも知れぬが。食らい損ねるよりは良い」

「言ってくれるな。アンドラス侯爵」

 ラリは高笑いした。

「侯爵。思う存分暴れるがよい。新しい主である私が許そう」

「皆殺しだぞ」

「勿論だ。私はカースのように甘くはない」

「気に入った。私の主として認めよう」

 ラリはにやりと口元を上げて笑うと、サブライムに切りかかってきた。サブライムは長剣で応戦する。

 一方のアンドラスは、跨っていた銀色の狼を撫でた。すると狼が雄叫びを上げる。それを合図にそこにいた悪魔たちが一斉におれたち目掛けて襲いかかってきた。

 サブライムが長剣を振るった。彼の長剣は悪魔を次々になぎ倒す。しかし数が多すぎる。悪魔たちは、感情がないみたいだ。死への恐れというものがないのだろう。仲間がいくらサブライムに切られても、次から次へと襲ってくる。仲間の屍を踏み越えて。

 エピタフは瞳を閉じ、そして詠唱を唱えた。

「汝、前に来りて我に従え。天空の霊も、虚空の霊も、地上の霊も、地下の霊も、乾きし地の霊も、水中の霊も、揺らめく風の霊も、つきさす火の霊も。すべての生まれなきものよ。我はここに召喚する——頼みます。ハルファス伯爵」

 エピタフのすぐ横に立ち現れた、すらりとした鳩胸の影。あれは——ハルファス伯爵だった。

「承知」

 ハルファスは美しい翼をはためかせ、アンドラスに切りかかる。

「伯爵——。また会ったな」

「わが主には指一本触れさせぬ。アンドラス侯爵——」

 ハルファスが舞う。アンドラスの狼が地を蹴った。両者は天空で剣を交えた。

「侯爵は伯爵に任せる。私はこちらを……リグレット!」

 エピタフの呼ぶ声に、リグレットが草むらから飛び出してきた。

「リグレット!?」

 驚いた。彼は草むらに身を隠して潜んでいたのだ。

「お任せを!」

 リグレットの健脚には唖然としていたところだったが、ここでもそれは生かされる。エピタフの放つ蒼い光をまとったリグレットは、縦横無尽に悪魔の間を駆け巡った。その動きは無作為かと思ったが、そうではなかった。リグレットはエピタフの魔力をまとい、この広大な地に魔法陣を描いたのだ。

「なに!?」

 サブライムと剣を交えていたラリが驚愕の声を上げたが遅い。魔法陣の中に取り込まれた悪魔たちは次々に消滅していく。

「雑魚は私が。サブライム。失敗は許されませんからね」

「わかっている!」

 サブライムとラリの攻防は続いていた。ラリは両刀使いだ。両手に剣を携え、サブライムに攻撃を仕掛ける。

「サブライム!」

「心配するな。任せろ——よ!」

 サブライムは不意に姿勢を低くしたかと思うと、ラリの視界から消える。ラリが一瞬、彼の姿を失念した隙に、背後に回り込み、彼の背に一太刀浴びせた。

「くう——……っ」

 ラリは左の剣を取り落とす。

「これで剣の本数が同じになったぞ」

「ふざけるな! そんなことをしても無駄だ。戦いは止められぬ。私を殺したところで、戦いは止まらぬのだ」

 ラリは口元から血を流しながら笑っていた。

「戦いはおれが止めてみせる」

「お飾りの王よ。お前にできるかな」

「甘く見るな。お前は、そのお飾りの王に潰されるのだからな!」

 サブライムの剣が閃光のようにきらめいた。ラリはそれを受け止めた。いや、受け止めたつもりだったのだ。しかしその太刀は、ラリの剣をも砕き、その奥にいたラリに届いた。

「ぎゃあああああ」

「お前にかける情けなどない」

 地面に倒れこんだラリ。その瞬間。アンドラスがラリの元に舞い降りた。

「主よ。契約執行なり——」

 アンドラスは口を大きく開く。するとラリのからだが空中に浮かび上がり、まるで紙でもくしゃくしゃになるかのように形を変え、小さい塊に収まった。

「ひ」

 骨も筋肉も内蔵も。すべてが小さくまとめられたそれを、侯爵は口に含み食らった。ぼりぼりと骨が砕ける音が響いた。

「これが悪魔と契約した者の成れの果てだ——」

(じいさんも……? だからなにも残らないんだね)

「そう恐れるな。ただの死骸ぞ。死んだ者には、なんの感情も持ちえない。気に病むな」

 ハルファスはエピタフの横に立つとそう言った。

「さて。契約者も不在。私がここにいる意味はない。残念だがね。ハルファス伯爵。続きは次としようではないか」

「もっと力ある者と契約するとよかろう。私と相まみえる機会があるような——ね」

「ふん」

 アンドラスは鼻を鳴らすと、狼や悪魔師団とともに闇に消えていった。

 あたりは静寂に包まれた。

「ここはなんとか片がついたな。問題はあっちだ」

 サブライムはエピタフを見る。

「連合軍と王宮軍の衝突を抑えるため、シーワンが指揮する新たな獣族の軍勢が戦っています」

「死に狂った者たちを抑えるには、こちらも命をかけなければなるまい」

「すでに血は流れています。そう易々と収まるとは思えません」

 サブライムはおれを抱き上げた。

「まだ終わっていない。凛空。もう少しつき合え」

「うん」

 エピタフの転移魔法で、おれたちは最前線の本部へと戻った。

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