第85話 悪役の末路、復讐の連鎖
光が強くなれば闇もまた濃くなる。
王都の夜が今も鮮やかに彩られる一方で、路地裏に蠢く影があった。
「……脱出出来たのはこれだけか」
バラック連なる貧民街の一画。侵入者を率いていた覆面の男が、沈痛な声を絞り出した。
五〇以上いた人員は今や片手で足りるほどとなり、戻って来なかった同士の末路を思えば男は身が引き裂かれる想いであった。
「きゃはっ。君たちは生き残れて良かったねー」
「貴様……」
仲間の死を悼む彼らのすぐ側を、黒い翼の生えた少女が飛び回っていた。
彼女の名前はアジュール。ルキフェルの側近の一人である。
──怨みで人が殺せたら。それほどの怒りを込めて覆面の男はアジュールを睨んだ。
「やーだー怖ーい。そんな睨まないでー? 僕たち同盟者なんだからさ、きゃは!」
反省するどころか更に煽るようなアジュールの態度に、覆面の男は腰に手を伸ばし──エモノが無い事実に気付き舌打ちをした。
「……命拾いをしたな」
「何のことー? 僕分かんなーい」
「──おやめなさい」
一触即発の空気を裂いたのは、凛とした少女の声であった。
「アジュール殿。同盟者というなら、相応の言動を弁えてください。今彼らは友を失い傷付いているのですよ?」
ボロを纏い、仮面を纏った少女だ。着ているものはボロなれど、所作の一つ一つが洗練されており高貴さが隠しきれていない。
仮面の少女の背後には更にもう一人、仮面を付けた女性がいた。護衛なのだろう、少女のような高貴さは感じないが、影のように付き従う女の気配は薄弱で動作に無駄がない。
仮面の少女が現れると覆面の男と部下らは一斉に膝を付き、アジュールはつまらなそうに近くにあった木箱へ腰を下ろした。
しゃなりと。はたしてボロを纏っている意味があるのか、仮面の少女は優雅に男の前に立つ。
「……よく戻ってきてくださいました。して首尾は?」
「ハッ! この通り──」
覆面が応じると一人の部下が懐から闇色に輝く水晶を取り出した。
「……どうでしょう?」
「間違いなく本物です」
──”
ユークリッド王国建国の際に犠牲になった聖処女の、今際の呪いが封じ込められた水晶である。
現物を見たことのない少女が背後の侍女に確認を取る。侍女は力強く頷いた。
「へー。それがねー」
アジュールは木箱を飛び降りると、闇色の光を放つ水晶に近づきまじまじと観察する。
──確かに。水晶の中からは微弱ながら神気を感じた。
少女は受け取った”
「あれー? てっきり壊すもんだと思ってたけど」
「最終的にはそうなるでしょうが、今はまだ。
仮面の少女が感情の読み取れぬ口調で言うと、アジュールはそんなもんかと引き下がった。
「よくやって下さいました我が騎士たち。あなた方こそ真の憂国の戦士です」
「勿体なきお言葉……!」
少女は改めて覆面の男たちに向き直り功績を労う。すると男らは感極まったようで、一部からは鼻を啜る音すら聞こえた。
アジュールはそれを眺め、唇に舌を這わせた。
(……思ったより恐怖が集まんなかったかなー?。ま、いっか。代わりにコイツらの悲嘆が食べれたしー)
カレード星を脱したルキフェル一派は、主に人間の悪感情を主食としている。
彼らの悲しみもまた、アジュールにしたら腹を満たす飯に過ぎなかった。……悲しみと言うには雑味が多いが。
「それでアジュール殿。そちらはどうです? まだお連れの方が戻っていないみたいですが?」
「あーうん。ちょっち待ってねー今呼び掛けてるからさー?」
(なんだよサタナエルのヤツ! あんな自信満々に出てってさ! 嫌味言われちゃったじゃん、もー!)
仮面の少女の、凍てつくような視線。
人間の小娘程度の鬼気で怯むアジュールではない。だが彼女の頬には一条の脂汗が流れていた。
何せ先程からずっとテレパシーを飛ばしているのに、サタナエルが応えないのだ。
上空ではまだ、赤や緑の光線が飛び交っており、今も交戦状態であるのは分かるが、余裕が無いのか反応が一切ない。
──瞬間、真昼と見紛うばかりの光が夜空を裂いた。
「なんだ⁉」
余りの眩さに手庇を作り誰もが上空を見上げる。
光の収まった後、彼らは一様に背筋が凍りついた。
──光が通り過ぎた後、星月を覆う叢雲が真っ二つに裂けていたからだ。
その超常の現象を前に彼らは阿呆のように口を開けていたが、神気を感じ取れるアジュールだけは違った。
全身の毛穴が開きぶわっと脂汗が吹き出た。悍ましいと言えるほどの残留した神気を感じ取り、一体放たれた光線にどれだけの神気が含まれていたのか。汗で服が肌に張り付くも、不快感以上に恐怖を覚えた。
「あ、アジュール……」
「サタナエル⁉ ど、どうしたのさ‼」
そう間を置かず、件の人物が現れると誰もが彼の姿に驚愕した。
激しい戦いだったのだろう。彼は全身が血まみれになり、左肩から先が消失していた。だが、彼らが驚愕したのはサタナエルの怪我にではない。
たった数時間で何をどう体験したらそうなるのだろう。端正な顔立ちは皺にまみれ、ハリのない白髪はどう見ても老人のソレだった。
「アジュール、アジュール! る、ルキフェル様にお伝えしなければ! アイツは、アイツの相手だけはしてはいけないと‼」
「何があったのさサタナエル⁉」
「あぁ、何という──! あんな、あんな化け物がいるなんて‼ 完全に誤算だ‼ ルキフェル様にお伝えしなければ‼」
「だ、だから何がさ⁉」
要領を得ない返答にアジュールは怒鳴った。まるで自分の怯えを誤魔化すように。
血反吐を吐くサタナエルの身体を支えようとアジュールが近づくと、触れた先からサタナエルの身体が砂となって崩れてゆく。
「伝えてくれアジュール、私の代わりに! ヤツと戦うことだけは避けなければ、と……!」
「だ、ダメだよ! サタナエル! ちゃんと自分の口から伝えないと……!」
砂となってゆくサタナエルの肉体。
無意味だと分かっていてもアジュールは言わずにはいられず、しかしサタナエルの声はどんどん聞き取りづらくなってゆき。
アジュールは目元を擦った。
「……それで、なんてヤツなのさ?」
「──アー、サー」
「……アーサー?」
一言たりとも聞き逃すまいと、決意を持ってアジュールが聞くと振り絞るよう声で一人の少年の名前が紡がれた
──アーサーなどという強者が、王国にいただろうか? 居並ぶ面々に心当たりはない。
だが、アジュールの心には深く刻み込まれた。
「うん、分かった。アーサーだね。ルキフェル様には伝えておくよ」
既に人の体を成していないサタナエルの体に手を添えて、アジュールはしっかりと頷いた。
それを見届けて、サタナエルはどこか満足げに、しかして深い悔恨を含んだ言葉を吐く。
「申し訳……、ルキフェル、さま……。あなたさまと────」
言の葉は最後まで紡がれず、それがサタナエルの最期であった。
「……お疲れさま、サタナエル」
「アジュール殿。その──」
「さ、早く帰ってルキフェル様に報告しないとね!」
仮面の少女が口を開こうとすると、拒絶するかのようにアジュールは明るい声を出した。
そうしてアジュールがチカラを発動する。
アジュールの影が伸び、蠢き、怪しい光を放った。
「さー、行った行った! 僕を馬車代わりにするなんて、とんだ贅沢なんだぜ?」
アジュールは影を操る。その影は変幻自在で、また影と影とを繋ぎ瞬間移動も可能であった。
急かされて、覆面の男らが影に足を踏み入れ、沈んでゆく。そして侍女を伴って仮面の少女が入るのを確認してからアジュールもまた、自身の影へと入っていった。
(アーサー……! 絶対に許さないっ‼ 絶対にだ‼)
異星の少女の胸に復讐の火を灯して──。
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