第79話 イベントオアノットイベント

「何事か⁉」

 十六代目ユークリッド国王、エドワードの怒声が響くと、決闘を見守りざわついていた貴族らがピタリと静まった。

(……あれが義父が無能と言って憚らない王様かー)

 先程からもカンカンと警鐘が鳴り続いている。誤報という事はあるまい。

 それが意味するのは、王国内で尤も堅固な王城に賊が侵入したということだろう。

 だが国王エドワードは狼狽えるどころか、浮足立った貴族らを一言で抑えたではないか。義父が言うほど無能には見えないが……、まぁあの人は才能至上主義な部分があるし、他人みうちに対しての評価は厳しそうだが。

 兎角エドワードのおかげで混乱は落ち着いたが、状況の改善はされていない。ほどなくして一人の兵士が練兵場に飛び込んできた。

「──うむ、そうか。皆の者、どうやら畏れ知らずの賊が我が城に侵入したらしいな。まったく無粋な連中だ」

 エドワードの視線は猛禽の如く鋭く、その場の貴族を射抜いた。

 侵入した賊の目的は不明であるが、今夜は王城で非公式ながら夜会が開かれていた訳で。更には非公式ながら国の重鎮らが一同に介している。

 その事実を鑑みるに、エドワードは内通者がいると考えたのかもしれない。

 俺としてはまた【暗夜の狂】の仕業ではないかと真っ先に疑ったのだが、そもそも”剣バラ”本編が始まってすらいない今、これがイベントに類するものなのかすら判断がつかなかった。

 観客の中から一人、高級そうなローブを纏った老爺が王の前に跪いた。

「でしたら我が君よ。私も魔術師団を率いて命知らずを誅する許可を頂きたく」

「うむ、騎士団と協力し速やかに賊を捕らえよ」

「は!」

 言って老爺は恭しく礼をし練兵場を後にし──ようとして出口に差し掛かったところで大声を俺に向けてきた。

「少年よ! 後でワシと存分に魔法について語り合おうぞ! では!」

「あ、はぁ……?」

 俺の返事を聞くこともせず老爺──宮廷魔術師ヘルヘイムは去っていった。

 ポカンとしていると、国王から厳しい叱責が飛んできた。

「……してゲラルト。いつまでそうしているつもりだ」

「げほっ! あー……人遣いが荒いぜエディ」

 俺はギョッとした。

 国王が言うとムクリと、うつ伏せに倒れていたゲラルトが何でも無いように起き上がったではないか。命を奪っていなかった事実は一先ず喜ばしいが、最大火力を喰らって平然としている様子に、俺は少なからずショックを受けた。

 ……いや、平然とではないか。

 ゲラルトは立ち上がったものの木剣を杖にし、咳き込む度に口元から血を吐いている。

「あー、アーサーっつったか? 悪ぃが『治癒ヒール』を掛けてくれんか?」

「あ、はい。……『治癒ヒール』」

「痛たた。はー、負けた負けた。がはは!」

 負けたというゲラルトに悔しさは見えない。

 どころか楽しげに笑い、俺はこの男の思考が読めなかった。

 それとも、戦闘狂というのはこういうものなのか?

 そんな俺達に近寄る人影が一つ。

「ち、父上。大丈夫なのですか……?」

「おう、シャルロット。これが無事に見えるか?」

 シャルロットが回復薬ポーションを持って駆け寄ってきた。ゲラルトは受け取った回復薬ポーションを一気飲すると豪快なゲップをした。

「……大丈夫そうに見えます」

「がはは! そうかそうか」

 そんな父の姿にシャルロットは呆れ顔である。

「んで、エディ。何の用だい?」

「ゲラルト、貴様……。はぁ、まぁ良い。言わずとも解るだろう。貴様も私兵を率いて賊の討伐にあたれ」

「へいへい」

 幾ら公式の場ではないにせよ、ゲラルトの対応は臣下のソレではない。

 そうまで国王エドワードは侮られているのか? 俺とシャルロットはゲラルトの受け答えに顔を青くしたものの、当の国王はさして気にした様子は無い。

(ほんと、どういった関係なんだ?)

 使えるべき王を無能と言う義父。気難しい義父相手に親しげに肩に手を回したノクタヴィア家当主。

 王家と三公爵家は政敵ではあるが、その一言では片付けられそうにない複雑な関係のようだ。特に、当主間は。

 思えば親世代など、”剣バラ”で全く描写が省かれている箇所である。ゲームと違って連綿と歴史が続く現実であれば、当然ヒロインらよりも前の世代の積み重ねがあるというものだ。決して、ゲームの知識だけでは賄えない部分である。

(ま、それを考えるのは後にして……)

 ゲラルトが練兵場を後にすると、アーサーもそっとその場を離れようとする。

 大人らは非常時の対応に追われている。事件が解決するまで待機と最低限の指示を出したあと、忙しそうに右往左往しているではないか。こちらへ割く意識は希薄である。

「ん、どこへ行くんだ?」

「あ、いやー。……トイレ?」

「ばっ⁉ ……馬鹿なのか君はっ。こ、この非常時に──いやっ。そ、それも非常事態だと言えばそうなのかもしれないけどっ、うぅ……」

 隣のシャルロットにはバレバレだったようで。

 適当な言い訳をシャルロットは想像したのか、顔を真っ赤にしてしまった。

 ──しめた。

 男だと嘯く割に下の話の耐性のないシャルロットの意識が、俺から逸れた。

 俺は『隠形スナッフ』を唱え物音を立てずコッソリと──。

「えぇ、本当に。どこへ行こうというのアーサー?」

「げぇ! テレサ⁉」

「まったくもう、やっぱりです!」

 抜け出そうとしてポフンと、顔が柔らかい壁に打つかった。

 ゆっくりと見上げればそこには微笑み怒りを浮かべたテレサが仁王立っていた。

「私が! あなたから! 目を離すと思いますの⁉ 目を離すとすぐにトラブルに巻き込まれるあなたから‼」

「あ、その、テレサちゃん? ちょっとトイレに──」

「トイレぐらい、ここですれば良いでしょう⁉」

「えぇ⁉ て、テレジア……、意外と大胆なんだね君……」

 テレサはシャルロットほどチョロくなかった。

 言い訳トイレは一言で容赦なく斬られ、俺は窮地に立たされた。

 いや、本当の窮地はお城の皆さんなんだけどさハハハ!

 って下らないこと考えてる場合じゃねえぇぇぇぇぇっ⁉

「はぁ、アーサー。あなたの考えていることぐらい分かります。どうせまた、賊を退治に行こうとしたのでしょ」

「えぇ⁉ トイレじゃなかったのかい⁉」

 ちょっとシャルロットさんや。ややこしくなるから黙って。

 図星を言い当てられ俺は言葉に詰まる。

 そんな俺に対し彼女は責める口調を改め、優しく語り掛けてきた。

「アーサー、大丈夫ですわ。ここには優秀な騎士様がたがいっぱい詰めています。賊なんてあっと言う間に捕まりますわ。……それに、私達はまだ子供で、本来であれば守られる立場なんですから」

 そう言う彼女は言葉ほど納得が出来ていないようで、拳を握り締めている。

「まさかテレサから立場を考えろなんて言われると思ってなくて。一年前は俺と一緒に飛び出したのにさ」

「そ、それは⁉ ……あれから色々考えたんですっ! わ、私だって曲がりなりにも公爵令嬢ですのよ? 何も自分が前線に立つだけが民を守るだけじゃありません。民を守り、導く立場だからこそ軽挙妄動は慎まなければいけないのです」

「テレサ……」

「テレジアの言う通りだ」

「げぇ! 義父上ちちうえ⁉」

「げぇとは何だ、げぇとは。そのような言葉遣い、それこそ己の立場を理解していない証拠だぞアーサー」

「は、ははは……」

 テレサの成長に感動していると義父ムスタファまでやって来て、いよいよ以て脱出が困難になってしまった。

 流れるような説教に俺は乾いた笑みしか返せない。

 最早強行突破するしかないか? あとで謝れば許してくれるだろう。

 そんな見通しの軽く甘い考えをしていると、なんと義父から信じられない言葉が飛び出した。

「アーサー、行ってきなさい」

「お父様⁉」

「ムスタファ卿⁉」

「君を御そうとするのは、無謀だと悟ったよ。であればこそ、君という才能を一番に発揮させることが肝要であろう。それに、だ。──私は義息子を信じているのだよ」

 俺は義父の確かな信頼を感じ、感動に打ち震えている。

 ……でもごめんねパパン。俺あとで言わなきゃいけないことがあるの。

 感動と後ろめたさという両極に近い感情が同時に湧き出、俺は義父に頭を下げた。

「あぁ、しかし。行くのに当たって一つだけ条件がある」

「はいはい。何でしょうお義父様?」

 ──だからこんな、難題を吹っ掛けられるなんて思っていなかった。

「テレジアとシャルロットくんも連れていきなさい。それが条件だ」

「……はい?」

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