ギャギャギャギャルゲ
辛士博
第一のギャルゲー
第1話 ギャルゲの世界
──メナンシア地方。
ユークリッド王国王都から南東に位置するこの土地は、幾本もの大河が蛇行する平原地帯である。その肥沃さから、メナンシアは王国の食糧庫と揶揄される程で、上空から見れば地平線まで覆う黄金の原っぱが見事に拡がっているのが見て取れる筈だ。
そんなメナンシアの、数ある農村の一つにアーサーは生まれた。
父親譲りの金髪に、母親譲りの整った顔立ち。田舎にいるには似つかわしくない、紅顔の少年である。
──アーサーは奇妙な少年であった。
同年代の子供が遊びに夢中な時分も鍛錬に勤しみ、農耕の合間を見ては神父に文字を教わりに行くなど、凡そ子供らしくない子供であった。
一方で大人の言う事はよくきくし、暴走しがちな子供たちのまとめ役を買って出るので、周囲からの評判はすこぶる良かった。
そして彼を最も異とするものが、どこから仕入れたとも分からぬ知識の数々だ。
千歯扱ぎや脱穀機を始めとした農具に始まり、クロスボウやテキサスゲートなど狩猟器具の開発改良など、とまぁ数え上げればキリがない。
余りに不思議に思った両親が一度アーサーに尋ねたことがある。「一体どこで知ったのか?」と。
彼は決まって一言だけ言った。
「本で」
そうか本か。
学の無い自分らと違い勉強熱心な息子がそう言うのだ。両親は納得した。村人もまた、生活が豊かになるのであればと深くは考えずにいた。
◇◇◇
アーサー少年が七つを迎えるその年の夏。彼の人生を左右する出来事が訪れる。
──近く、領主様が直々に視察に来るらしい。
それを聞いた時アーサーは「ほーん」と耳の穴をほじっていた。興味の惹かれる内容ではなかったからだ。しかし大部分の村人にとっては違う。
村人達にとってただの貴族ですら雲上人であるのに、領主──メナンシアという大穀倉地帯を治めるテレンス公爵ともなれば貴族の中の貴族。万一粗相があっては、首と胴体が泣き別れるのではと皆戦々恐々した。
そんな村人が真っ先に頼るのは、そう、アーサーである。
「どうしたらよいかのぅ?」
皺くちゃな村長が不安げに呟く。
「ま、出来る限りの誠意を見せるしかないでしょ。歓待は勿論、村一番の屋敷の村長の家ね。料理は母さんを中心に奥様がたが。男連中は農作業に必要な最低限の人員以外は父さんを中心に狩りに出かけて。子供たちは大人たちの抜けた穴の手伝い。んで、若い娘さんには当日お客様のお相手を頑張ってもらう、と。そんな感じで皆で協力して乗り切ろー、おー」
アーサー少年の呑気な号令に、村人たちも揃って拳を振り上げた。
そして明くる当日。
「領主様がやって来たぞ~!」
自警団の青年が叫びながら村を駆け回った。
アーサーもまた急いで見張り台に駆け上がると、目を細めて街道を見やる。
すると街道の向こうに列をなした馬車群が見えた。
ゴマ粒大だったそれはみるみる大きさを増し、四半刻も掛からず村に辿り着いた。
黒塗りの、立派な馬車の側面には薬学に長けたテレンス家の家紋──四つ並びのリンゴが描かれている。
御者が馬車の扉を開くと、現れたるは公爵家当主、ムスタファ・フォン・テレンスが姿を見せた。公爵は学者だという話だが、ふむ。学者然とした整った容姿に、学者不然とした張り詰めたスーツ姿は、その下に隠された筋肉を連想せずにはいられない。
自信に満ち溢れたその威容。全身から立ち込める高貴なオーラに村人は自然と
──それだけでは終わらない。
「ここがその村ですの?」
「っ!?」
アーサーは危うく叫びそうになった。公爵の次に降り立った人物の姿を見て。
反射的に口を塞いでどうにか
「?」
御者に手を引かれて、公爵の次に姿を見せた少女も例外ではない。
不思議そうな顔をアーサーへと向ける。
アーサーはそんな視線から逃れるかのように、更に深く頭を下げる。それ以上の反応を見せずにいると興味を失くしたように顔を背けた。
「どうしたテレジア」
「いえ……。なんでもありませんわ」
(ま、間違いない。テレジアだ! ”剣バラ”のヒロインがなんでここに!?)
公爵の愛娘、テレジア・フォン・テレンス。
容姿は云うまでもなく美少女であり、猫のように好奇心旺盛な瞳がキョロキョロと周囲を物珍しげに眺めていた。緩やかなウェーブを描くブロントの髪は、アーサーの金髪が小麦のソレなら、彼女のは正に金糸。陽光の下、美しい輝きを放っている。そんな彼女が纏うドレスは、目の肥えていない田舎民ですら一目で高級なものだと理解出来る。しかし豪華絢爛なドレスですら、彼女の美しさの前では引き立て役にしかならない。
──そして前世のギャルゲー、”剣とイバラと呪われた姫”のヒロインであった。
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