第14話:唐突なエロ回はラブコメの特権
「で? それでまた、バイト先を辞めてきたのかい?」
「辞めた……というのは、ちょっと違うかなぁ」
ラーメン屋での一件の後。
アパートに帰って早々に、俺はその成り行きを来夢に説明していた。
「雨瑠の豹変ぶりに、店長がすっかり腰を抜かしちゃって入院。しばらくお店を開けそうにないんだってさ」
「おやおや、それは大変だねぇ」
「まぁな。でも、最近売上が好調で……ちょうどお店を改装しようと考えていたらしくて。その休養期間中に工事を入れるとか言っていたよ」
「ほう?」
「あと、雨瑠が追い返したヤンキー客はこの周辺じゃ有名な厄介クレーマーで。やり方はともかく、お店を守ってくれた事には感謝するって」
「ククク。雨瑠君からすれば、お店を守る気持ちなど微塵も無かっただろうにねぇ。君の出汁が聞いたラーメンを食べたい……という一心が起こした奇跡かな?」
そんな言葉を言いながら、来夢はグッグッと俺の肩を揉む力を強くする。
働いて帰ってきた俺を労い、先程から来夢が俺にマッサージを施してくれているのだ。
「やめてくれよ。ただでさえ、あの人形の一件で気色悪いと思ってるのに」
「確かにあの人形には凄まじい執念を感じざるを得なかったねぇ」
「もはや呪いの人形だろ……ってぇてててっ!」
「こら、動くんじゃない。コリがほぐれないだろう?」
肩の次は背中のツボを親指でグリグリと押し始める来夢。
痛い。すげぇ痛いのだが……これがまた気持ちよくもある。
「ストップストップ! もういいって!」
「駄目だ。君が完全に癒やされるまで、決して放すものか」
逃れようとした俺に覆いかぶさるように、来夢が体重を掛けて俺を押し潰す。
すると俺の背中に、むにゅんっというふくよかで柔らかい感触が伝わってきた。
「ら、来夢っ!?」
「よーし、そのまま大人しくしておくんだ。んっ……ふっ……! これは、ボクなりの、君だけに捧げる――特別な、マッサージさ」
これがマッサージ……なのだろうか?
確かにすごく気持ちいいのだが、何か間違っているような気もする。
「でも、これ……当たってるんだけど」
「フフフ……当てているのさ」
「くぅっ!?」
耳元で、来夢が甘い声で囁く。
昨日の耳かきの時もそうだが、俺は耳を攻められるのがどうにも弱いらしい。
「(ようやく、あの煩わしい姉妹達から離れてくれたのに。今度は、他の女の匂いを染み付かせているようだからねぇ)」
「来夢……ぅっ!」
「(ああ、なんて可愛い顔をするんだ晴人。今すぐ君の唇を奪いたいよ。そして激しく、君に抱かれたい……!)」
「そろそろ、重く……!」
「なんだとぉ!? 誰が重たいってぇ!?」
もはやプロレスの関節技のように体を密着させていた来夢だが、俺の一言で跳ねるように飛び上がる。
「晴人。君はレディに対して、なんて失礼な事を言うんだ!?」
「別に、そういう意味で言ったわけじゃないんだが」
「それでも許さないよ。君にはペナルティが必要だ。これからボクの言う事を、一つ聞いてもらうよ」
ぷくーっと両頬をリスのように膨らませる来夢。
仕方ない。彼女の機嫌を治す為に、その提案に乗るとしよう。
「分かったよ。それで? 何をすればいいんだ?」
「君もボクにマッサージをしてくれたまえよ。最近、やけに肩が凝るものでねぇ」
そう言って来夢は、俺に背中を向ける。
それくらいならお安い御用だと。俺は来夢の両肩に手を乗せた。
「あぁ、いいねぇ。もっと強く……そうだ」
「本当に凝ってるな。カチカチだぞ」
「ククク……最近、サイズが増してきているからねぇ。いやはや、女子中学生から女子高校生になるにかけて、これほどまでに大きくなるとは」
そう言いながら、来夢はたゆんっと自分の胸を揺らしてみせる。
Tシャツ1枚越しの胸は、それはもう重力に逆らうようにばるんばるんと……ん?
ちょっと待て。まさかコイツ、ノーブラなんじゃ……
「肩が凝るばかりで、困りものだと思っていたが。こうして君の視線を奪えるのなら、大きくなった甲斐があるというものだよ」
「あっ、いや! すまない……!」
女性は男の視線に敏感だと言うが、まさにそうらしい。
くぅっ……! なんという気まずさだ!
「いいんだよ、晴人。大親友である君になら、いくらだって見られても構わない。なんなら、触ってみても構わないさ」
「は? いやいや、それは流石に……まずいだろ」
もはや親友という枠を越えた行為だ。
相手の胸を触るなんて、恋人同士の行いだ。
「そうかな? ボクは気にしないが」
「俺は気にするんだよ」
「やれやれ。君は強情だねぇ……それなら」
来夢は俺の両手を掴むと、それをグイッと引いて……俺の手のひらが、来夢の両胸に触れるように位置をズラしてきた。
「ぶっ!?」
「んっ……あっ……! ここも、マッサージしてくれるかい? 異性に揉まれると、サイズが大きくなるという迷信があってねぇ」
「ななななんっ……!?」
「変に意識しなくてもいい。親友のバストアップに、君は協力しているだけさ」
~だから、好きにイジって~
来夢の囁き声が、俺の脳内にガツンと響き渡る。
両手のひらに感じる柔らかくて暖かな感触。
来夢が時折、体をビクンッと跳ねさせながら漏らす嬌声。
それらが一気に――俺の全身の血液を沸騰させた。
「あばばばばばばばっ……!」
「晴人!?」
プツンッと、糸が切れたような感覚と共に俺は意識を手放した。
あれ? そう言えば、前にもこんな事があったような――気が、する……?
「おやおや、また気絶してしまったか。やはり、まだ色仕掛けで堕とすのは無理なようだねぇ」
俺の意識が無い事を確認し、来夢は残念そうに目を伏せる。
しかし、その口元には歪な笑みが浮かんでいた。
「一年前。君と無理やり結ばれようとした時も、こうなってしまったからね。今回もその時と同じように、夢だという事で誤魔化すとしよう」
来夢は寝ている俺の頬に、チュッと口づけをする。
唇を奪わないのは、「自分からではなく相手からにして欲しい」というこだわりからくる事を、当然ながら俺は知る由もない。
「早く成長してくれたまえ。君と結ばれる日が、待ち遠しくて堪らないよ」
ゴロンと横になり、来夢は俺の体を抱きしめながら瞳を閉じる。
この夜。朝が訪れ、俺が目を覚ますまでの間。
1つに重なった2人の影は、一秒たりとも離れる事は無かった。
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