美人上司に休日出勤を言われたが気づいたら温泉に入っていた
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
1_ある日、上司が変わった
東京本社から美人女上司が来た。
今までの課長が定年で退職し、女性上司に変わったのだ。
ここ福岡支店の雰囲気が一気に変わった。
65歳のおじさん上司が、31歳キラキラ女性上司になったのだから当たり前か。
彼女の指示は明確で、シンプルだった。
入社5年目の俺にしても仕事はやりやすくなった。
それもあってか、福岡支店の成果は伸びていて、さすが東京から抜擢された上司だと思った。
31歳で課長とか、タダモノではない。
俺として、彼女は『陽の者』、俺は『陰の者』と判断していた。
彼女は、カラーを入れた栗色で少しウェーブかかっている髪。
スーツもキマっている。
メガネはちょっと知的な感じで、女性としての魅力もあった。
たった3カ月でみんなの信用を買って、売り上げを伸ばすという実績まで作ってみせた。
全体的に見て、キラキラしていた。
一方、俺の仕事は設計なのだが、設計は同じ職場に3人しかいない。
福岡支店全部で10人に対して設計は3人なので少数派と言っていいだろう。
俺は、仕事こそ覚えて一人でやっているが、他の人に比べて手が遅く、同じ量の仕事をこなすために残業している状態だった。
日々の仕事をこなすのに精一杯。
他の2人はほとんど残業しなくても大丈夫なのに、俺はくる日もくる日も残業していた。
今日も残業していたら声をかけられた。
「今日はもう帰ったら?高塚くん」
「ありがとうございます。ここまで終わったら……」
俺は一人で残業することも多かった。
仕事が終わらないのだ。
いや、終わらせることができないというべきか。
この日は、遅くなってもこの女上司は待ってくれていた。
それだけじゃない。
あたたかいコーヒーも紙コップに持ってきてくれた。
残業して集中して仕事をしていると、飲み物も飲まなくなる。
正直、こういうのありがたい。
ただ、待ってくれなくても、別に会社の鍵は持っているのだから、戸締まりくらいできるのだが。
見られているともうと仕事がしにくい。
逆に、先に帰っていただきたいと思う程だ。
「課長、俺に付き合って残業してくれなくても大丈夫ですよ?」
「別に付き合ってるわけじゃないわよ。色々あるのよん」
「そうなんですか」
売り上げも伸ばしたのならば、次は勤怠ってことだろうか。
全体の残業時間を減らして、健全化を考えているのかもしれない。
最近は世の中的にその辺りも厳しい。
俺一人残業しているのは会社的に好ましくないってことだと俺は理解した。
俺だって早く帰りたいけれど、仕事が終わらないものはしょうがない。
「高塚くん、週末はなにしているの?」
「?……別に家でごろごろしてますよ?」
「そう、じゃあ、今度の日曜日ちょっと付き合ってくれない?」
「いいですけど……」
休日出勤を申し付かってしまった。
もしかしたら、これを言うために残っていたのかもしれないと思った。
「じゃあ、9時に天神駅の大画面前でどう?」
「はい、いいですよ。あの、服装は?」
「服?普段着でいいわよ?」
「あ、はい」
どうやらプライベートな用事を仰せつかるようだ。
引越しの手伝い……ってことはないだろうけど、家具を組み立てたりするのだろうか?
貴重な休みを1日つぶして、対価なし。
日本のサラリーマンの悪い例だろう。
なにをやらされるかわからないから、一応、動きやすい恰好をしていくか……
―――――
日曜日、俺は待ち合わせ時間の9時より15分前に待ち合わせ場所に着いた。
上司を待たせるわけにはいかないし、10分前行動より5分早くした。
それでも、30分も前から待っているとそれは早すぎる。
色々考えると、15分前が最適解だろう。
ただ、15分前ぴったりに着くというのも意外と難しい。
「お待たせ、高塚くん。早いわね」
待ち合わせ5分前に課長はきた。
課長としては、10分前に来ると、俺は次回以降もっと早く来ないといけなくなるし、遅れるのは呼んだ手前よくないということで、ベストのタイミングではないだろうか。
さすができる女は違う。
それよりも、服装だ。
普段のきちっとしたスーツとは真逆。
『大人コーデ』ともいうべきか、ふわっとした服装で、年上なのにかわいい印象。
なんだこの人!?
常に好印象。
常に最適解。
こんな人は、俺みたいな悩みは持たないのではないだろうか。
ちょっと自己嫌悪が捗ってしまった。
「じゃあ、いきましょう」
「はい」
いったいどこに行くのか。
上司に着いて行くと、電車に乗ることになった。
西鉄電車でも太宰府線は、普段はどこかに遊びに行くときしか乗らなかった。
街中というよりは、郊外に行くための電車。
東京で言えば、東西線とか総武線みたいなものだろうか。
課長の家は福岡市内ではなく、少し離れた春日市とかにあるということか!?
「課長ってどこに住まれてるんですか?」
俺は何気なく聞いてみた。
西鉄では、特急みたいな横並びの席で、課長の横に座っていたので話しかけやすかった。
ただ、課長はいいにおいがして、落ち着かなかったけれど。
「私の家?家は大濠の辺りよ?」
大濠は福岡市内の人気の高級住宅街だ。
ただ、西鉄の沿線とは全く関係ない場所にある。
つまり、今は課長の家に向かっているわけではないらしい。
「あれ?いま、どこに向かってるんですか?」
「あ、そっか。まだ言ってなかったわね。ごめんなさい」
「あ、いえ」
「今日はね、太宰府天満宮に行くのよ」
あれ?
どういうこと!?
なぜ太宰府天満宮!?
俺はなぜ、女性上司と休日に出かけている!?
それも、観光地としての要素が高い大宰府天満宮へ。
「あとね。休みの日まで『課長』はやめてよね。気分転換にならないでしょ?」
「じゃあ……神楽坂(かぐらざか)さん?」
「なぜ疑問形なの?」
課長がくすくす笑った。
この人、笑顔もかわいいな。
年上なのに、少女の様に笑う。
モテるんだろうなぁ。
それにしても、気分転換?
太宰府天満宮?
今の状況が全くわからなくなってしまっていた。
「ちょっと待って。私なにも言ってないわ。それなのによく来てくれたわねぇ」
「ははは」
仕事だと思ってたしなぁ。
「もしかして、私パワハラ!?それともセクハラ!?」
「いやいや、大丈夫ですからね?」
「ほんと?よかったぁ」
プライベートでは表情がコロコロ変わって、楽しい人だなぁ。
電車で20分ほどで太宰府駅に着いた。
とても観光地までの移動時間とは思えないが、福岡では常識だ。
コンパクトシティ福岡。
山に行くにも、海に行くにも、街に行くにも30分もあれば着いてしまう。
東京だと空港に行こうと思ったら移動時間は1時間くらいを見込むだろうし、離陸の1時間前くらいを狙っていくだろう。
色々考えたら2時間前には出るように俺は準備する。
福岡だと地下鉄で街中の博多駅から2駅5分だ。
離陸の30分前に着けばいいと俺は思っている。
いいとこ1時間くらいを考える。
観光地も近くて、電車で20分程度。
こんなもんだ。
逆に遠くだと待てない。
たこ焼き屋さんが嘆いていたのを聞いたことがある。
大阪だとおいしいたこ焼きには行列ができて、待ってくれる、と。
福岡の場合は、客が待ってくれない。
気質的にせっかちなのかもしれない。
注文したらすぐ出てこないと満足できないのだ。
福岡のラーメンの麺が細いのは茹で上りが早くなるためだが、こういったところにも反映されているのだという。
「じゃあ、行きましょう」
東京の人に案内されて、地元の観光地に行くという……
なんだか変な感じだ。
太宰府天満宮は、菅原道真公を祀った神社だ。
学問の神様としても有名。
福岡の人間でもそれ以上はあんまり知らない。
『受験の時にお参りに行く所』、『梅が枝餅を売っている所』という感覚だろうか。
ちなみに、梅が枝餅とは、中にあんこが入っていて、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅で、饅頭っぽいけど、あくまで焼餅だ。
天満宮までの道は、梅が枝餅屋さんとお土産物屋さんが並ぶ。
色々見て回りたいみたいだけど、課長が進むので俺も合わせて進んだ。
「あ、牛」
天満宮の入り口には牛の銅像が置かれてある。
「御神牛(ごしんぎゅう)ですね。頭をなでると、頭が良くなるって言われてますね」
「へー、なでておこうからしら」
「あと、病気していたら、その部分をなでたらいいっても聞きます」
「……眠れない時ってどこをなでたらいいのかしら?」
「課ちょ…神楽坂さん眠れないんですか?」
「ん……ちょっとね」
なぜか、誤魔化すように視線をそらされたので、俺はそれ以上聞けなかった。
「眠れないときは、目ですかね?」
よくわからないが、とりあえず答えておいた。
神楽坂さんは牛の銅像の目をなでていた。
俺も最近視力が下がってきたから、やっぱり目をなでておいた。
ご神牛をすぎてさらに進むと、アーチ状になった太鼓橋が見えてきた。
ここで、神楽坂さんが止まった。
「どうしました?」
「この橋は、男女で渡らない方がいいってネットに書いてあった」
「確かに、横にいる弁才天様は女の神様なので、男女で渡ると嫉妬するのだとか」
「高塚くん、先に渡って。私、後から行くから」
「カップルじゃなければ弁才天様も嫉妬しないでしょう?」
「そ、そうね……」
そうねと言った割には、いまいち腑に落ちていない様子。
「でもやっぱり、念の為、高塚くん先に渡って……」
「わかりました。俺が先に渡ります。坂が急ですから転ばないようにしてくださいね」
子供みたいなことを気にするんだなぁ。
太宰府天満宮と言えば、正月には初詣の様子がテレビで放送されるほど人が集まる神社だ。
それだけに境内も広い。
普通の神社の10倍までは言わないけれど、境内はかなり広い。
受験生っぽい制服で来ている子たち、その親と思われる大人。
カップルに親子……いつでもたくさんの人がそれぞれの願いを持ち込みにぎわっている。
俺と課長は、周囲から見たらどんな関係に見えているんだろう……
やっと拝殿にたどり着き、お参りした。
そういえば、今度、技能検定って国家資格を受けるんだった。
受験の神様だからお参りしておくか。
お参りを済ませたら、神楽坂さんが授与所でお守りを買ってくれた。
お守りの場合は「授かる」だったか。
なんとなく受け取ってしまった。
『学業御守』と書かれてある。
神楽坂さんの方を見たら、『もうすぐ受験なんでしょ?』と言われた。
もしかしたら、今日の目的はこれだったのかもしれない。
「ありがとうございます」
お礼を言うと、心なしか頬が赤いような気がした。
もじもじしている姿は、日ごろ会社で見ることがない姿だ。
「ねえ、高塚くん、もう少し時間ある?」
「え?はい」
どうせ帰っても酒飲んで寝るだけだ。
観光地だし、見て回りたいということだろうか。
俺もさっき参道の店々を見た時、中を覗いてみたいと思っていたから当然OKだ。
梅が枝餅の店は、全部同じようでそれぞれ特徴がある。
機械化されている店と、1つ1つ手焼きにこだわる店。
俺は機械化されている所に興味がわく。
設計として、機構が気になるというのもある。
鉄板に餅をセットしたら、加熱しながら直径1メートル程の円状になったレールの上を1周してくる機構になっている。
その1周の間に上下が反転する機構とも付いている。
単純だけど、100%同じ動きをするのは機構(システム)として優れている。
その様子が表からガラス越しに見られる。
鉄板が反転するときの音が『カシャン』とするのだが、次々裏返すので定期的に『カシャン、カシャン』と心地いい音がする。
設計した人は、そこまで考えて設計していないだろうが、動きといい、音といい、客引きとして一役買っているようだ。
「高塚くん、真剣ね」
「あ、すいません。動きが面白くて見入ってしまいました」
「1周したら焼きあがるのね。ちょっと休憩して食べて行かない?」
「はい」
目の前で焼きあがった梅が枝餅をその場で食べられるのは魅力だ。
たまたま空いていたので、店の中庭で食べることになった。
店の中庭は、純和風で赤い布が敷かれた長椅子と、日陰を作るための大きな番傘のような傘が立てられた場所。
映画の1シーンに出て来そうな絵になる場所だった。
お盆に梅が枝餅と、急須、茶碗が載せられ和服の女性によって運ばれてきた。
何も言わず、神楽坂さんがお茶を注いでくれた。
こういうのは部下の仕事のような気がしたが、後から手を出すことはできない。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
俺の座っている横にお茶が出された。
梅が枝餅は、要するにあんこの入った焼餅なのだが、米の餅じゃなくて、たしか白玉粉が使われていたはずだ。
適度に甘くて、お茶の渋さと相殺し合ってちょうどいい。
空を見上げると、飛行機が空高く飛んでいた。
こうして考えると、空を見上げたのはいつ以来だったか……
最近視力が下がったのは、画面(モニター)を注視し過ぎが原因だろう。
常に同じ距離で、同じ場所をずっと見ているのだから、目の筋肉が固定されてくるのかもしれない。
なんとか他の2人に追いつこうと必死だ。
今後も視力は犠牲になりそうだ。
「美味しいのね。思ったのと違ったわ」
「普通のお餅じゃないですからね」
そんなことを言って、ゆっくりとした時間を過ごした。
次に神楽坂さんが行った場所は完全に予想外だった。
日帰り天然温泉センター
外観は旅館そのもの。
泊まることもできるらしいし、日帰り温泉に入ることもできるらしい。
大宰府で温泉に入れるとは知らなかった……
俺なにも準備してこなかったんだが……
「タオルなんかは全部借りられるのよ?」
「そうなんですか」
店の前まで来てしまっている以上、入るのだが、当然中では男女別行動になった。
内湯の他に露天風呂もあって、俺は露天風呂を選んだ。
ここでも空を見上げた。
朝のうちは、てっきり家具の組み立てなんかを手伝わされるものだと思っていたけれど、なぜ俺はここで一人で温泉に入っているのか……
学生の時は友達とバカなこともしたけれど、社会に出てみんなとも疎遠になっている。
会社の人は仕事上の付き合いであって、友達とはまたちょっと違う。
休日に会うことなんてこれまで一度もなかった。
課長は……神楽坂さんはなぜ俺をここに誘ったんだろう。
受験のことは、会社に受験費のサポート申請をしたから知っていたのかもしれない。
温泉は……自分が入りたかっただけかな。
ちょっと笑いが出た。
温泉から上がると、休憩室に移動した。
床は畳になっていて長テーブルがたくさん置かれている。
ここでは、食事もできるようになっていた。
温泉と言えば浴衣だが、日帰りなのでまた服を着ている。
お湯で温まった分、若干汗ばんでいるが、心地いい。
ただ、浴衣が良かったなと思うのは日本人だからだろうか。
「あ、おまたせー」
神楽坂さんが合流した。
こういう時、なんて返すのが正解なのだろうか。
『おつかれさま』は違うだろう。
仕事じゃないのだから。
『おかえりなさい』も違うだろう。
お前は何者なんだ。
どの立場でものを言っているんだ。
そんな時のために俺は万能な言葉を発明していた。
『ありょりょーす』
何て言っているのか分からないように言うのがコツだ。
社会に出たら意外と役に立つ『ありょりょーす』。
挨拶っぽくもあり、お礼っぽくもあり、うまく聞き取れないので、聞き返されることもない魔法の言葉だ。
まあ、今回は使わなかったけど。
神楽坂さんは、俺の隣に座った。
確かに、長テーブルの向かい合わせに座るのは変な感じだ。
お客も少ないので、それでも悪くはないのだけれど。
あと、いつもかけているメガネがなかった。
「あれ?メガネ……」
「あぁ、あれ、伊達だから」
「伊達なんですか!?」
「えぇ、メガネがないと私、幼く見えるみたいで、なめられるから……」
そんな理由……
「女が仕事するには見た目も大事なのよ……」
ちょっと拗ねたみたいな言い方はかわいらしくてズルい。
課長様は色々大変らしい。
見た目を変えて周囲の印象をコントロールしようなんて、考えたこともなかった。
これは男と女の差なのか、平社員と課長の差なのか……
風呂上がりの神楽坂さんは、なんだか艶めかしいというか、なんか見てはいけないものを見てしまったような、罪悪感が俺の中に生まれていた。
「ねぇ、高塚くん、お昼食べて行かない?」
「あ、いいですね。俺もメニュー見てたんです」
「ほんと?いいのあった?」
「これとかどうですか?」
俺の罪悪感は食欲で一掃され、その後思い出されることはなかった。
ランチなので、『もつ鍋セット』はちょっと重たいかもしれない。
『真鯛のしゃぶしゃぶ御前』は本格的すぎる。
金額も2,500円は高いだろう。
俺が見ていたのは『海鮮丼』だった。
1,200円と観光地価格だけど、みそ汁も付いていて、なにより具が多い。
「高塚くん?」
神楽坂さんが、俺にメニューを見せて上目遣いだった。
開かれたページには、生ビールの写真が載っていた。
風呂上がりにビールと海鮮丼。
休日の昼間にいい贅沢だ。
俺はニヤリとして言った。
「ビールもいきましょう!」
「ほんと?一人だと飲みにくかったから嬉しいわ」
神楽坂さんとジョッキで乾杯して、海鮮丼を食べる。
海鮮丼ってやつは醤油をどんぶりに直接かけまわすのが正解なのか、小鉢に醤油を入れて、刺身を一切れずつつけて食べるのが正解なのか、俺の中では答えがまだ出ていない。
でもうまい。
魚が5種類くらい乗っている。
その上、エビが殻をむかれた状態で横たわり、イクラも乗っていて、かなりコスパがいい。
その上、ビールって。
最高だ。
人間をダメにするセットかもしれない。
食べている最中だというのに、また来たいと思っている。
食べて、飲んで、少し酔ったかもしれない。
風呂上がりだから血行が良かったのかも。
そこにアルコールが入ったので、いつもより酔いやすかったか?
神楽坂さんも少し赤くなっている。
なんだかちょっとかわいい。
年上なのに……
帰りの電車では、神楽坂さんが静かだった。
さっきまで、たくさん話していたのに。
横を見たら、目を瞑っていた。
眠っている?
電車のわずかな揺れで、神楽坂さんの頭が俺の肩に乗った。
眠っている神楽坂さんの表情は本当にかわいい。
少女のような寝顔。
この寝顔を見ることができる男は何人いるだろうか。
いつのまにか、他の男に見せたくはないと思っていた。
神楽坂さんが起きてしまったら、俺の肩からいなくなってしまう。
俺は出来るだけ動かないようにして、今の時間が出来るだけ長く続くようにした。
それでも、この時間は永遠には続かない。
行きが20分なら、帰りも20分なのだ。
しかも、途中の駅で電車が止まったときに、神楽坂さんが目を覚ました。
「あれ?寝てた?」
「ちょっとだけ」
「あ、ごめんなさい。肩…」
「いえ、軽かったし…」
「…」
「…」
「えー、久しぶりに眠ったぁ……」
「眠れないんですか?」
「ん、ちょっとね。最近……」
「…」
「女がひとり知らない土地に行って生きるって大変よ?なかなか認めてもらえないし……」
そうなのだろうか。
神楽坂さんは、福岡に来てわかりやすいくらいにはっきりした成果を出して見せた。
それは、彼女にとって当たり前のことだと勝手に思っていたが、努力の結果だったのかもしれない。
しかも、東京から福岡って環境は変わりすぎだろう。
出張ではなく、転勤なので、これまでの環境を丸ごと捨てて新しい環境に慣れつつも、新しいメンバーで成果を出す。
改めて考えたらすごいことだ。
「最近、あんまり寝られなかったから驚いたわ……高塚くん、また一緒に出掛けてね」
神楽坂さんはこちらを見ずに、そういった。
俺も、『はい』とだけ答えた。
「次は、もっと遠くに行きたいわ。日田に行きましょう」
日田と言えば、大分県。
特急で2時間くらいかかったはず。
東京から特急に乗って2時間だったら仙台を通り越すんじゃないだろうか。
それくらい遠く。
「今度は泊まりで行きましょう?高塚くんの隣なら眠れそうだわ」
「それってどういう……」
俺がこの気持ちに名前を付けることができるのはまだ少し先になる。
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