窓辺へ続く青春に僕たちの幕が上がる
不来方しい
第1話 桜色の日に出会った僕ら
窓際の席で本を読んでいたのは、今でも目に焼きついている。
中学一年にもかかわらず、身長はすでに百七十センチ以上あり、女子の視線を集めていた。
本人はいたって興味がなさそうで、後から聞いたら本当に興味がなかったとばっさり切り捨てた。
「何見てる?」
「中学校のときのアルバム」
彼はコーヒーカップをふたつテーブルに置き、隣に座った。
「見て。将来の夢。僕は動物園で働きたいって書いてて、あっくんは……」
「やめろ」
後頭部を掴まれ、無理やりキスをされた。
コーヒーの味で、舌が熱い。
「照れ隠し?」
「……………………」
舌が熱いのは、ホットコーヒーのせいだけじゃない。
倉木窓夏と藤宮秋尋の、遠回りな恋の話──。
大きめの制服に身を包み、春の香りが舞う校門へ足を踏み入れた。
教師と思われる人に軽く頭を下げ、教室へ急ぎ足で向かう。
教室のドアを開けると一斉にこちらを振り返る。興味深そうにじろじろ見てくる視線に耐えきれなくて、俯いた。
友達になれるか、または馴染めるか不安なのはみな同じだ。
窓際で、ひとりで本を読む青年がいた。
同じクラスなのだから同い年でもあるだろうに、成長した身体からは年上としか思えなかった。
長い足を邪魔そうに絡ませ、黒縁のフレームの分厚いレンズをかけている。
男と目が合うが、すぐに逸らされ、読みかけの本へ視線か落ちる。
「またAクラスかよ! 小学校のときもなんだぜ」
やんちゃそうな男子組が入ってきたので、窓夏は適当に空いている席へ座った。黒板にもそう書いてある。
長身の男子生徒の斜め前で、窓夏も本を取り出して開いた。
入学式も無事に終わり、あらためて担任の教師が教卓に立つ。
体育系教師があてがわれたのも頷ける。いわゆるやんちゃ組とまじめ組が半分に分かれるクラスだ。
担任の声が大きすぎて届かず、開けっ放しの窓から吹く風を感じた。
斜め後ろのクラスメイトと目が合った。彼は目を逸らさず、じっとこちらを見つめている。
青みがかった目は綺麗で、逸らしてはもったいない輝きだった。
「こら、そこのふたり。ちゃんと前を見ろ」
全員の視線がこちらへ向いてしまい、窓夏は頬を染めて俯く。
入学式早々にやってしまったが、分厚いレンズの奥に隠された瞳が忘れられなかった。
小学生のときとはまるで違う授業に大人になれた気もするし、ついていくのに必死だった。
算数から数学と名前も変わるし、社会は日本と世界の歴史へ枝分かれしていく。
一週間後に行われたテストで、窓夏は絶望を味わっていた。
小学校で習った復習問題だが、事実習っていないものも多く出た。
「五十八」
斜め後ろのクラスメイトと、初めて交わした瞬間だった。
点数にもう一度見やると、どう見ても五十八だ。見えていたらしい。
「僕は過去を振り返らないの。歴史の勉強なんてしてたらいつまでも先に進めない」
「うまいこと言ってんな。ま、点数も振り返らない方がいい」
「そっちは?」
「どぞ」
「……見たくなかった」
九十八だ。とんでもない点数だった。
「点数も過去も振り返らない方がいい」
「だね。これはもうおしまい。国語は自信ある」
「へー」
「そっちは?」
「勉強はそこそこ」
「そこそこ」
復唱した。そこそこで九十八だが、男は興味がなさそうに折りたたんで鞄にしまう。
「昼休み後は体育だぞ」
彼はそれだけ言うと、どこかへ言ってしまった。
入学式の次の日、教壇に立たされて、名前と趣味や好きな教科を言わされた。
名前と趣味は読書という、目立つわけでもない一瞬で忘れ去られる自己紹介は誰の心にも響かなかったが、偶然なのか彼も同じことを言った。
『藤宮秋尋。趣味は読書。よろしく』
一揖すると、さっさと自分の席に戻る。
クラスで趣味が読書といったのは、窓夏と秋尋だけだった。
体育の授業は、軽いストレッチとチームを分けてバスケットの対決だ。
すでに百七十を超えている秋尋は、パスをもらう中心になっていて、シュートが次々と決まる。
自己紹介がいくら目立たなくても、分厚い眼鏡で顔を隠していても、存在感は隠しきれるものではない。すぐに女子たちの注目の的となった。
派手なグループの人たちにハイタッチを求められるが、本人は口元を引きつらせて遠慮がちに手をかざした。
教室に戻ってくると、秋尋は女子のグループに囲まれていて、質問責めに合っている。
「ねえ、小学校はどこだったの?」
「クラブ入ってた?」
「何部に入るの?」
「部活は、幽霊部員でも許してくれるところ」
「えっバスケとかやらないの?」
「やらない」
秋尋はきっぱりと言う。
中学校では部活は強制で、必ず所属しなければならないのだ。
二週間以内に決めなければならず、あと一週間しかない。
机の奥に入りっぱなしになっている入部届を出し、生活部と書いた。
動物の世話をできる、唯一の部活だ。他にも料理やお菓子作りもやるが、動物に触れたいがために入ることに決めた。
担任に渡して戻ってくると、秋尋も書き終えていた。
聞こうか迷ったが、友達と呼べる関係でもなく、そのまま席についた。
入学式から三か月も立てば、クラスメイトの名前はほぼ覚えた。
その頃にはクラスの派閥やグループもできていて、窓夏は孤立を好む立ち位置となっていた。
「あ、いたいた。倉木君、ちょっといい?」
一つ上の先輩が来て、手招きをしている。彼女の元に行くと、申し訳なさそうに手のひらを合わせた。
「今日のうさぎ小屋の掃除だけど、お願いしていい?」
「分かりました」
「助かる! どうしても外せない用ができちゃって」
彼女はお礼を言い、去っていった。
派手なグループの人たちが何か話したそうにしているが、窓夏は見向きもせず席について本を開いた。
放課後、校舎裏にあるうさぎ小屋に行くと、ウサギたちは二本足で立ち上がって耳を立てた。
「待ってた? ちょっと待ってね」
最初は撫でられるのも嫌がっていたのに、今は窓夏が来ると耳をぺったりと閉じ、今か今かと待ちわびている。
「ほら、おいで」
膝の上に乗る黒ぶちのうさぎは、一番の甘えん坊だ。
しばらく撫でてから掃除と餌やりをし、今日の部活動は終了となる。
生活部の主な仕事は、動物の世話だが、部員で料理を作ったり、文化祭になるとお菓子を焼いたりする。お菓子作りの経験がなく不安もあるが、気の合うメンバーに囲まれて楽しみでもあった。
校門へ向かうと、秋尋とばったり出くわした。
「あ」
「あ」
ほぼ同時に声を上げ、秋尋は目を逸らす。
ひとりでゆっくり帰りたかったのだろう。居心地が悪そうだ。
「部活?」
珍しく、彼から話しかけてきた。話すのはこれで二回目だ。
「どうして分かったの?」
「それ」
足下にうさぎの餌である牧草がついている。
「先輩とうさぎがどうのって話してたろ。生活部なんだっけ」
「知ってたんだ」
「ああ」
「藤宮君は何部?」
秋尋は目を細め、ふと顔を背けた。
「チェス」
「ええ? すごいすごい。できるの?」
「暇そうだから入っただけで、たいしてできない。生活部って何するんだ?」
「動物の世話とか、料理とか」
「料理」
「うん。今度オムライス作ることになった」
「料理の腕前は?」
「それは聞いちゃダメなやつ」
「じゃあテスト勉強は?」
「そこそこ! どうせそっちはやってるんでしょ?」
「そこそこな」
秋尋はにやりと笑う。
「今度こそは平均以上取るから」
「はいはい。がんばれ。じゃあまた明日」
いつの間にか駅についてしまった。ここでお別れだ。
「うん。明日」
明日を願える相手に出会い、窓夏は手を振る。彼も片手を上げて答えた。
初夏は過ぎ、これから本格的な夏がくる。
暑さのせいで、窓夏は汗を拭った。
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