第1275話 守護する者
昔、兄がいたが、私が小さいころに亡くなった
両親にそれを聞いても、辛い思い出が甦るからだろうか、あまり話したがらない
高校を卒業するころには兄の事を思い出すこともほとんどなくなった
だが、仏間に兄の位牌なり何なりが全くない事の違和感は残ったままだった
就職して6年が経ち、人事部主任として働く自分が、社内のパワハラ相談窓口を任された
直接カウンセリングして対応するわけではないが、こちらの気が重くなるような内容ばかりで
どうにかしてあげたいとは思うが、まだ20代の私・・・経験も浅い
感情移入するばかりで、解決策など到底浮かばない
こちらが鬱になりそうで、上司に担当を外して欲しいと願い出たが
いや貴女は窓口として適任だからと、更に一年が経った
「他言するなよ守秘義務があるんだから」と言いながら、定期的に上司がマル秘カウンセリング情報を役員会に提出する
世の会社って、こんなものなんだろうか
人の嫌なところばかり見えて、もう自分自身が少し休みたい・・・
そんなある夜
「どうした?大丈夫か?」
兄が問いかけてきた
兄が語りかけてこなくなってから、干支が二周はしていた
「もう私、ダメ」
「何があったの?」
これまでのことを詳しく報告した
2時間くらい、ずっと喋ってたのじゃなかろうか
自分が起きているのかも寝ているのかも分からない
「そうだったの・・・知紗はどうしたい?力を貸すよ」
「今すぐ助けて!嫌なことは嫌とはっきり言いたい!お兄ちゃん助けて!」
「分かった。よく我慢したね。もう大丈夫・・・」
ほどなく目が覚めた
時刻は午前4時。
今のは夢だったか。
辛くてしんどくて、どうしようもない私の願望が兄を作り出したのか
大先輩Wさん「ワシが会ったときにはもう、今みたいな『歯に衣着せん』チサやったでぇ〜」
そう、我々の知るチサちゃんは
言いたいことを言い、且つ人を傷つけない素敵な女性だ(♯506、♯773、♯1267)
だから過去に言いたいことが言えなくて鬱になりかけたなんて話を聞いても、俄かには信じられなかった
俺「結局その・・・お兄さんは誰なん?」
チサ「はい。実は、存在しません」
W「えっ、どういうこっちゃ?」
チ「はい、元々お兄ちゃんなんて居なくて、私1人っ子だったんです。子供が創造するイマジナリーフレンド的存在じゃないかと」
俺「あっ、だから仏壇に何もない・・・って、どうして『死んだ』ってことになったん?」
チ「親がそう、私をコントロールしたのだと思います。詳しくは分かりませんけど」
W「そうやったんかチサ〜・・・せやけどその、大人になって現れたのは何やったんかのぅ?」
チ「はい。その日を境に確実に私、変わったんです。誰かが乗り移った?とか言われたくらい」
俺「じゃあ確実にキッカケにはなったんやなぁ」
チ「まあ言いたいこと言って辞めただけですけどね笑 でもひとつだけ、やっぱり謎なんです」
俺「何が?」
チ「私、その兄を『ワタル』って呼んでたんです。だけど姿かたちは思い出せない。だから小学校低学年の時に、ワタルを知っている人がいないか聞きまわってたの。そうしたら『あ〜お前の兄ちゃんだろ?あの仏像みたいな』って言う年上の男子が現れて」
俺「なに仏像って?」
チ「顔に表情のない大きな男子がいたらしくて。私がいじめられると、その人が相手をシメていたそうなんです」
俺「えっ、実在するってこと?」
チ「でも私は覚えてないのです」
W「守護霊みたいなもんとちゃうか?」
チ「今、思い返せば・・・そうですね、兄ってWさんとかTさんみたいな人だったんじゃないかなー」
俺「うまいこと言って笑 今も存在を感じるの?」
チ「兄ですか?いえいえ全く。ただ私の性格は確実に変わったから、体の何処かにいるのかも知れません笑」
兄と思い込んでいた、近所のお兄ちゃんだったかも知れないし
架空の兄と誰かを混同させたのかも知れないし
ともかくその存在のおかげで彼女はサナギの殻を破り
夜の蝶として我々に魅力を振り撒いてくれている
だがもし、彼女に危険が迫ったら
扉がバン!と開いて、仏頂面の大きな『ワタル』が入ってくるかもしれん
W「なあ〜チサ〜、ワシと一緒に年越さんかぁ?」
「奥様と越しなさいよぉ〜」
「そんなん言わんと一緒に温泉入ろうや〜」
「やですよぉ」
「チサ〜わしゃぁもう老い先短いのやから優しくしてくれや〜」
そこにダン!と扉が開いて、仏頂面ではないが大柄な青年が入ってきた
W「な、なんやあんたワタルくんか!」
客「はっ?あの、ヒデキです」
W「ヒデキぃ?松井か!」
客「いや、杉本です」
俺「意外に近いな・・・」
チサ「いらっしゃ〜いヒデくぅん♡」
彼女が取り込んだのはワタルだったのだろうか。
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