第706話 言葉遣い

商工会の青年部会に出席した時のこと。


会議前に、飲み友達でもある女社長のY氏がやってきて


「Tくん、今日の参加者に"病み上がりの准教授"がいるんだけど、怒らないようにね」と言う


「ん?どういうこと?」


「あ~でも絡むことないから大丈夫か・・うん、何でもない」


「なんだそれ笑」


その場は俺も深く気に止めず、会議が始まる


レジメに目を通すと、参加者の1人が「◯◯大/M准教授」となっている


あ、この方?


地域経済に関する議題にオブザーバーとして招待されたのだろう


30名ほどの参加者がおり、見知らぬ顔も数人いるため、誰がそのM准教授なのかは判らない


ロの字型会議だったが、主だった発言の中に准教授さんは居なさそうだ


俺はガッツリ発言させられたが・・・


そんなこんなで途中休憩を含め、90分ほどの会議が終了する


18時からは懇親会ということで、会場から歩いて5分程度の居酒屋に移動した


会議に出ていなかった商工会の職員も足された為、35名ほどの懇親会となる


席は、知った者同士が引っ付かぬようにくじ引きだ


8人掛けテーブルが5台。


俺の引いた紙には「C」と書かれており、そのテーブルに向かう


今回、参加者には女性が13名ほどいたが、そのうち5人がCテーブルに集中する


俺のほかの男性陣は、顔見知りの流通業の社長、O氏


もう1人は30代?40代?高校生みたいな顔の、眼鏡をかけたヒョロい兄ちゃんだ


「あれ~この席、美女と野獣だなこりゃ」O社長は俺と肩を組んで笑う


「ホントですね・・・って野獣は社長だけでしょ!ねえ、そちらの・・・」と、そのヒョロい年齢不詳の兄ちゃんに声を掛ける


「Mです」


「Mさん?」


「Mです、◯◯大学の」


ああ!この人が!


何が「絡むことはない」だよ全く・・・


がっつり絡むじゃないか、これから笑


名刺交換で、確かに「◯◯大准教授」となっていることを確認


乾杯のあと着席し、懇親会がスタートする


M氏は大学教授という職業柄か、あるいは普段あまりお飲みにならないのか


ニコニコ笑ってはいるのだが、全く発言しない


そのうち見かねた女性陣の1人が


「Mさんってお若いのに教授さんだなんて、凄いですね!お幾つなんですか?」と訊ねる


「42です」


「若~い!」


「見えな~い!」


女性陣の黄色い歓声を浴びて、M氏はようやくエンジンが掛かってきたようだ


斜向かいに座るM氏が、ふいに俺に話し掛けてきた


「そちらは・・・Tさんと仰いましたかな」


・・・かな?


ジジイみたいな口調だな笑


「はい、Tです」


「今日の会議でのお話、なかなか興味深く拝聴させていただいたよ」


・・・たよ??


「それは、有難うございます」


「あともう少し地域性を考慮すれば、更に良い意見になるよ」


・・・なるよ??


なんやこいつさっきから??


「はあ・・・」


他の6人も違和感を憶えたようで、M氏と俺を交互にチラチラ見ている


すかさずO社長が


「まあまあまあ先生、仕事の話はやめて。御趣味は何です御趣味は?」と聞く


「あ、聞きたい~」女性陣も合いの手で話題を変えようとする


俺は、離れたFテーブルにいる女社長のY氏を見る


Y社長は俺に気付くと、色々と瞬時に察したのだろう


左手の指でVの字を作ると、


自分の口元に持っていき、口角を上げる仕草をする


"わかったよ、わかりましたよ"


俺もさり気なくサムアップを返す


さて。我がテーブルのM氏。


俺にだけでなく他の6人に対しても、分け隔てなく上から目線の横柄な物言いであることが分かった


「そうなんだよ君」


「ほう、君もか」


「ダメじゃないか、それ」


なんでこんな、10も離れた若造に「君」呼ばわりされなきゃならんのだ


初対面だぞ・・・俺はどうにも我慢が出来ず、トイレに立つふりをして席を離れる


暫くして戻ってきた俺に、Y社長が手招きする


「なんだよあいつ!」


「だから言ったじゃん?まさか同じ席になるなんて思わなかったけど笑」


「あの口調のことを言ってたんやな俺に。"怒るな"ってのは。」


「そうなのよ。まあ、私も聞いた話なんだけど。Mさん前に、ある教授にこっ酷くやられて、対人恐怖症で休職してらっしゃったんだって」


「ほう」


「でね、まともに人と話せなくなっちゃったんだけど、休職中にTVを観ていた時に、ある人の話し方がしっくりきちゃって。その話し方でなら、人と喋れるようになったらしいのよ」


「なんだそれは笑」


「優しくされたり、アルコールが入って緊張が解けてきたら、あの口調になっちゃうんだって」


「あっ・・・もしかして俺の席(Cテーブル)の皆、それ知ってたんだろうか?イラついてるの俺だけなんだよ」


「多分知ってるんじゃない?前にもあの先生、2回ほど参加したけど、Tくんその2回とも不参加だったはず」


なるほど。


にしてもあの口調、どうも納得いかない・・・


それでもテーブルに戻ってからは、"彼は仕方ないのだ" と自分を納得させ、お開きまで乗り切った


そのころには「しっくりきたある人の話し方」が誰なのか分かった


分かったら今度は、笑いをこらえるのに必死になってきた


そのうち「トゥース!」とか言い出すんじゃないかと・・・

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