第585話 買う?

今から20年前、神戸に住んでいた頃の話。


当時勤めていた会社の勤務が終わると毎晩、出身のジムで、引退後2年ほどトレーナーをしていた


とは言ってもあっちこっち出張が多かったので、ジムにもなかなか顔を出せなくなっていた


ある土曜、久しぶりに神戸に戻り、朝10時にジムに顔を出した


その日は自分のトレーニングだけにお邪魔したので、ペース良く専念できた


午後2時を過ぎる。


中央にリングのある練習場に入り、奥にある横置きの日焼けマシンに向かう


オーナーが200万も出して買った代物だが、噂では綺麗な営業ウーマンにぼったくられたらしい


まあ当時のマシンでは最上級クラスだったのは間違いない


さて、リング上やその周囲では所属選手や練習生が15人ほど居たが、俺はそのまま服を脱ぎ素っ裸になる


マシンを開き、中に入る


仰向けになって寝転び、右手にあるタイマーを30分にセットし・・・っておい!


現在時間が0:00で点滅しとるやないかい


ちっ、誰か電源落としてそのまま設定しとらんのやな?


まあええわ、さっき14時過ぎやったからだいたい分かる


スタートボタンを押す。


ブゥゥゥ〜ン・・・


上下左右のUV灯が一斉に点灯・・・っておい!


上3本、球切れとるやないかい!


一旦扉を開け、ムクッと上半身を起こすと、下のUV灯も4本球切れとる・・・


なんやこれは。


一旦マシンを出てパンツを履き、近くにいた後輩トレーナーに声を掛ける


「おい、このマシン見てみい」


「はい?」


「ええから見てみい7本も球切れしとるやないか。あと、この時計。時刻合わせどうした?ちゃんと手入れせえや」


「いや、だってこれほとんどTさんしか使わないじゃないですか」


「アホかジムの備品やろ!ちゃんとメンテせえや!」


「いや、だってオーナーも『Tが勧めるから買ったけど結局アイツが使いたいだけなんや。アイツに引き取らせたる』って言うてましたよ?」


くっそぉ・・・

まあ確かに、使っとるのは俺だけかも知れん


「もうええ!次までにはちゃんとメンテしとけよ?」


「了解っす」


仕方ないこのまま使おう。

再びパンツを脱ぎ、マシンに横になる


付けたままだったので5分ほど経っていたが、そのままマシンを閉じる


何分か経った頃、遠くから会話が聞こえてきた


「こちらどうぞ〜、ここが試合形式で練習するスペースなんですよ」


「わぁ〜凄〜い!」


「本物のリングは初めて見たかな?」


数人の女子の声・・・おいまさか見学者来たの?

俺スッポンポンやぞ・・・


右手のタイマーを見る

残り15分か・・・まあ、居ても10分くらいやろうけどな


外では引き続き練習場を案内するスタッフの声


俺は音を立てぬようマシン内にいた


そして時間が経つ


ピ〜ピロ〜ピ〜ピ〜

ピ〜ピロ〜ピ〜ピ〜


洗濯が終わったような音がマシンから流れる


音でかっ?!

普段なら気にもならんのに


設定時間が終わり、マシン内の照明が切れた


外ではスタッフが、まだ室内マシンの説明をしている


いつまで案内しとるねん早う出ていけや・・・


更に時間が経った


が、タイマーが切れて0:00表示に戻った時計では、時間の経過が全くわからない


外では「じゃあ次、リング上がってみましょう」とスタッフの声


アホですか?!

もう充分やろ〜上がらせんなって!!


更に時間が経つ


「なかなか上手ですね〜、もしかして以前何か格闘技されてました?折角だからヘッドギア、つけてみます?」


もうええのよ・・・

早く出ていきなさいよ・・・


更に時間が経った


俺の体感ではマシンのタイマーが切れてから既に、20分くらい経ってるんじゃないのかおい!


ていうかトイレ行きたいねんけど


・・・と、外から聞こえてきた会話に耳を疑った


「あそこにあるのがオーナー自慢のタンニングマシンです。見てみます?」


バカ!

バカじゃないの?!


数人の足音がこちらに近付いてくる


ほんっっとバカだここのスタッフ


俺の服、積んでありませんか??

赤い蛍光パンツ1番上に乗ってませんかぁ!!


「あれ?服があるけど・・・ま、ご覧になってください」


そう聞こえたあとガッ!と開けられたマシン


「あ〜〜〜あかんあかんあか〜ん!!!」叫ぶ俺


目の前に立っていたのは、腹を抱えて大爆笑中のジムオーナー


見学者はとっくに帰ったのに、俺は騙されていたのだ


「T、これ150万で買わへん?」


買うかあぁぁ!!

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