第469話 忘れる

風呂に入る時、いつもと違う順に体を洗うと頭の刺激になるという


普段はまず頭を洗い、右手→左手→体→右足→左足といった流れなのだが


その逆でやってみたところ、あれ?足洗ったっけ?となって再び足を洗い


あれ?頭洗ったっけ?となってまた頭を洗うという、


頭の刺激どころか、忘れっぽくなった自分の記憶力にうんざりすることになった


忘れることの怖さ・・・


ある日、関西出身のニューハーフのママと、ママの店で早い時間から飲んでいた


通常は20時OPENなところを、俺は19時からお邪魔しているので、まだ2人きりだ


「頼んでた海外の化粧品が届いたのよ〜」


隣に座るママが、カウンターの上に次々と化粧品を箱から出して並べていく


もちろん俺は興味がないので、勝手に飲んでいる


化粧品のチェックに没頭しているママが、たまに


「ほらこれ!可愛い色やない?娘ちゃんに要らん?」と聞いてくるが


「ようわからんわ。要らんわ」と生返事する


「ちょっと〜!これな、日本じゃ手に入らんのよ?要らん?」


「要らん」


そんな感じで、ゆる〜い時間を過ごしていた


「なあちょっと〜爪塗らしてくれへん?」


「はぁ?嫌や」


「え〜この色イメージ沸かんのよ〜私ほらネイルやろ?塗らしてよ〜」


「嫌やっちゅうねん」


「あ、そしたら足!足塗らせてよ〜」


「足なぁ・・・足ならええけど」


「ほんま?!」


というわけで、右足のスニーカーと靴下を脱ぎ、ママの膝上に投げ出す


親指から順に、マリンブルーに塗られていく


ものの5分程度で塗り終わる


「ちょっと乾くまでそのままにしといてな」


10分ほどしてから靴下を履き、靴を履く頃には順番に女の子 (ニューハーフ)が出勤してくる


・・・それから3日ほど経った


客先の主宰する浜辺でのBBQに誘われていたので、昼過ぎに現地に赴く


右足のマニキュアはもう、自分の中で完全に違和感が無くなってしまい


車を降りてビーサンに履き変えても全く気にしていなかった


浜辺の会場に到着し、普通にBBQに参加したのだが


1時間ほど飲んで食ったところで客先の部長が


「Tさんって幾つだっけ」と聞いてきた


「私は54です」


「なんかTさん、いつまでも若いっていうか、そういうのは今の流行りなの?」


そう言いながら俺の足元を見る


ん?


俺も足元を見る


この日どうやら、参加したほとんどの皆さんが俺の「爪」に気付いていたそうだが、気を遣って黙っていたようだ


Tさん遂に自分を解放して、あるがままで生きていくことにしたのだろう、と。

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