第301話 米軍基地にて

ウチの小さな営業マン、イシくん(37)


彼は身長153㎝とコンパクトな造りをしている


東京からお客様が8人やってきた時の話。


事前に米軍基地を見学したいという要望を伺っていたので


俺ともう1人、2台のワンボックスに別れて基地見学に向かうことになっていたのだが


そのもう1人に急遽、別件を対応してもらったため


基地に入ったことは無いが入門パスは取らせておいたイシくんに、もう1台の車の運転を任せることにした


今回見学するのは嘉手納空軍基地だ


品川区と同じ広さを持つと言われるこの基地、初めて入る者は皆、その広大な敷地に圧倒される


中に入って車を走らせていると、

あれっ?カリフォルニアにワープした??ってな感じだ


信号だけは日本式だが。


入門ゲート横で客8人の撮影を終え、臨時許可証を発行してもらい、基地に入ったのが昼の12時50分


まずは昼食を取ることにする


カジノやイベントホールの入る施設内にある、上級将校用のレストランに入る


我々10名は奥のテーブルへと通される


昼食なので、軽めにハンバーガーとサイドメニュー程度を皆、注文する(デカいので全く軽くないのだが・・・)


コーヒーもプラスして1人12〜15ドル、といったところだ


全員のオーダーが済み、談笑していると


客の1人から「トイレは何処かな?」と聞かれたので


「レストランの入口を出て左手に少し行くと、左側にありますよ」と教える


じゃあ行ってくる、とその客が立ち上がると、別のもう1人が「俺も行くよ」と立ち上がる


・・・数分して2人が帰ってきた


その2人は、客8人を4人4人で分けたあと、イシくんの車に乗っていた2人だ


おそらくイシくんから「僕も基地は今日が初めてなんです」みたいなことを聞いていたのだろう


「いや〜トイレさぁ!さすがアメリカだな、便器の位置が高くてさ・・・背伸びしてようやく"乗った"よ」


「イシくん届くかなぁ?」


異文化に触れて戸惑ったよ~という体でイシくんをイジる


「いえ、行きたくないですし、大丈夫ですよ」苦笑しながらイシくんは答える


その後、別の2人が「俺らは届くかなぁ~?」と笑いながらトイレに立つ


数分後


「いや〜あれ、俺でもギリだったぞ」


「爪先立ってプルプルしてたら周りに飛んでしまった!」


そんな話をしながら戻ってくる


先の1人が「だろ?!あんな位置の便器って日本人には辛いよなぁ〜」と合わせる


「そんなですか!じゃあ僕、補助の足場が要りますね!」イシくんが自虐的に笑う


「足場っていうか、先っちょに装着するチューブみたいなアダプターがあれば出来るんじゃない?」


そう言って1人が、股間から象の鼻のように伸びたホースを便器に乗せる仕草をする


「持ってないのアダプター?」


「持ってるわけ無いじゃないすか!」


イシくんが真顔で答えたので全員、大爆笑


いちおう断っておくと


イシくんは普段から、自ら低身長をネタにして笑わせているような子なので、こんなイジリは愛があるほうだ。


さて。


ようやく俺も、そこに"参加"することにした


「イシくん、ホンマにトイレ行かんでもええか?俺、行ってくるけど?」


「いやいや大丈夫っすホントに笑」


イシくんが言うので、便乗してきた他の客と一緒にトイレに立つ


・・・実際は


アメリカ人用だからといって便器の位置が高いわけでも何でもない


先ほどから皆、話を合わせてイシくんをからかっているだけだ


俺に付いてトイレにやってきた客はそれを知らないから、実際の便器を見て


「あれっ?低っ!日本のより低い?」と驚いたあと、皆の冗談をようやく理解する


「そういうことかぁ〜笑」


用を足し、戻ってくると、テーブルにはそれぞれ注文の品が運ばれていた


いま一緒に戻ってきた客が「ジャンプしながら小刻みに出せば君も使えそうだぞ?」


そうイシくんに言うと


「ホントに大丈夫です。ぜんぜん、尿意が無いんですよ。それより食べましょう!」


イシくんは自分のオーダーしたバーガーにかぶり付く


・・・それから30分後


食事を終え、建物から出てきて車に向かう途中


「ホンマにトイレ行かんでええの?みんなの話、嘘やけど」


念のためイシくんに聞いてみる


「いやホント大丈夫っす。・・・嘘ってなんですか?」


「いや、だから。便器の位置が高いって話」


「えっ?嘘なんですか?」


「ぜんぜん低いよ」


「ちょ、ちょっとすみません」


そう言ってイシくんは踵を返し、もの凄いスピードで施設に戻って行った

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