第103話 暗証番号

「お父さん、暗証番号だって」


50代の女性がスマホをいじりながら、隣に座る80代の男性に聞いている


先ほどから俺は、銀行窓口の受付ロビーの長椅子で、順番を待っている


隣の長椅子には、会話から察するに父と娘が座っているのだが


父のスマホを開く為なのか・何らかのサイトにログインしたいのか


操作に疎い高齢の父から代わった娘が、先ほどからスマホに悪戦苦闘しておられるのだ


「そんな、覚えとらんわ・・・」


「なんか8桁みたいなんだけど・・・何処かに控えてない?」


「そんな8桁も、よう覚えとらんわ・・・」


「え〜困ったねぇ」


娘 (おばちゃん)は途方に暮れる


「◯◯番のカードをお持ちの方は、窓口2番までお越し下さい」


アナウンスが流れる


「あっお父さん、ちょっと先に手続きしてくるから、思い出しといて?ね?」


そう言って娘はスマホを父に返し、2番窓口に向かう


残された父 (おじいさん)は、スマホの画面を見ながら首を傾げて考えている


宙を見上げてはスマホを見やり、また宙を見上げてはスマホを睨んでいた父 (おじいさん)が


ふと左を向き、次いで右を向いた


思い出すヒントになるようなものが無いか、見渡しているのだろう


そして目線は俺で止まる


俺は正面を向いているが、左手の気配からしてガン見されてる気がする


「・・・あ!」


おじいさんが小さく叫ぶ


そして2番窓口で銀行員と話している娘の方を見て、そわそわしだした


数分して娘 (おばちゃん)が戻ってくる


「どう?思い出せた?無理っぽい?」


「早く!ワシが忘れんうちに打ってくれ!」おじいさんは娘にスマホを渡す


「あっ思い出したの?!」


「いいから!言うぞ!」


父に急かされた娘はウンウン頷きながら、スマホを両手で握る


「ええか!」


「ええよ!」


「おー・えいち、はち、いち、ぜろ、きゅー、にー、さん」


「おーえいちって、英字?」


「そうや」


「はち、いち、ぜろ?」


「きゅー、にー、さん。」


「きゅー、にー、さん・・・あ!開いた!!」


「開いたか?!良かった良かった!!」


「でもよく8桁も思い出せたね?」


「いや、あの人の格好見て・・・」


ん?

いま俺を見た?


「え、格好・・・それで思い出せたの?」


「フッと浮かんできた」


あのー

全部聞こえてますねんけどー


「o h810923、だよ?」


「おぉハイレグ兄さん」


俺のどこがハイレグやねん

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