「その青春ホラーには続きがあってだな」

神無月そぞろ

バイト先の店長が語ることには

「免許を取ったら心霊スポットめぐりでしょ」


 畳2枚分ほどのスペースに正座している小柄な老人がいる。


 厚みのあるべに色の座布団に座っている老人は店番で、おもてには「たばこ」の文字がある。仕切りのガラスには見本が置かれ、ガラス棚に商品のたばこが整然と並べられている。正面に小さなガラス窓があって、ここで売り買いを行う。


 店のガラスにほんの少し黄色みがかかっていることから、たばこ店は老舗と思われる。看板は見たことがない書体で書かれており、職人による手書きのようで味がある。


 商品は時々で変わっていくけど店のたたずまいは初めて見たときのままだ。老人にも変化が見られず、いつも定位置に居て動かないから子どもたちの間で人形なのではとうわさされている。


 たばこ店は古めかしい建物の1階にある。店のすぐ横には片開きのドアがあり、常に開放されている。ドアの向こうの天井は低く、奥へ伸びている空間は狭くて薄暗い。集合住宅の廊下のように見えるけど建物の裏へ行くための通路だ。


 数時間前、青年がたばこ店の老人に挨拶をしてから通路を通っていった。






「バイト上がったらドライブに行く予定なんです」


 いつになく浮かれた口調で話しているのはアルバイトの犬巻いぬまきだ。開店したばかりでまだ客は入っておらず、遠慮のない声で店長と話している。


 車を買ったばかりの犬巻は時間があればドライブに出かけており、店長はそのたびに話を聞かされている。うんざりしていたので、いじわるしてみた。


「彼女とデートか?」


「店長~、知ってるでしょ。まだ彼女はいませんっ。残念ながらジュンとですよ~」


「情けねえなあ。で、野郎同士なのになんでそんなに浮かれてるんだ?」


 犬巻は目を輝かせてにやりと笑った。


「心霊スポットに行く予定なんです。ジュンは嫌がるから内緒にしてますけど」


「ドライブに行くなら心霊スポットじゃなくて別のところでもいいんじゃねえの?」


「ネットの動画で『最凶心霊スポット』を見たんです! すっげぇ怖かったから、俺も行ってみたくて!!」


 店長は犬巻がホラー好きなことを知っている。常に怪談を聞きたがり、常連客からホラー体験を聞きだそうとしても客が嫌がらなければとくに注意しない。それなのに心霊スポットへ行くと聞いたときから店長の表情はさえない。


「店長は霊感がありますよね? 心霊スポットで幽霊を視たことはありますか?」


 店長の様子に気づいていない犬巻はいつもの調子で質問している。そこへ静かに近づく人影があった。


「いーぬーまーきーさん。今、『心霊スポット』って聞こえましたよ。ドライブの行き先を言わない理由はもしかして心霊スポット心 ス ポに行くつもりなんですか!」


 振り返るとヘルプで呼ばれたアルバイトのジュンが腕組みして立っていた。犬巻は眉を八の字にして口をすぼめる独特の驚き顔をしたあと、慌てて取り繕い始めた。


「ジュン、にらむなよ~、怖いよ~」


「ごまかしてもダメです! 心霊スポット心 ス ポなら俺は行きませんっ」


 きっぱり断るとそっぽを向いた。それでも犬巻は引き下がらない。


「なんでかたくなに拒否するんだよ~。どうせ何も起きないからいいじゃんか~」


「期待してないなら行かなくてもいいじゃないですか」


「スリルを味わいたいんだよ~」


 行くつもりのないジュンを犬巻はしつこく誘い、「お願い!」「嫌です!」のやり取りが続いている。店長はこれまで黙って見ていたけど口を開いた。


「犬巻、心霊スポットや何かいわくがあるような場所にはあまり行かないほうがいい」


「なに、なんスか! なんか知ってるんですか!? 店長、教えてくださいよ~!」


 しつこくジュンを懐柔しようとしていたのに、店長の台詞せりふに反応した犬巻は身をひるがえして店長の腰に横から抱きついた。


「しがみつくな! 男に抱きつかれても嬉しくねえっ。話すから離れろ」


「やったぁ!」


 ぴったりくっついていた顔を押しやりながら言うと、犬巻はすぐに店長から離れた。


 にこにこと笑顔を浮かべて待っている犬巻をじとっと見る。店長から目を離さずにいる犬巻はまるでボールを投げてくれるのを待っている犬のようだ。店長は諦めたようにため息を一つついた。


「いいか、客が来たらちゃんと仕事しろよ?」


「わかってます。さあ、店長、今のうちに!」


「ったく。この話はな、高校3年だった連中の話だ――」


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