稚内

SHOW。

白銀の市内

 手袋てぶくろをはいているのに指先がかじかみ、わずかにした素肌すはだが、画鋲がびょうつつかれたように痛い。


 高校生なんだから、若いんだから大丈夫なんて常套じょうとうを放つ奴らは、体感たいかん記憶きおくりょくとぼしい人間に違いない。


 二月。氷点下の寒波かんぱ自体じたいは、この最北端の市内では日常にちじょう飯事はんじといっても過言かごんではないけど、れることは一生いっしょうないと思う。

 今にも僕の奥歯おくばが、その震動しんどうれてしまいそうだ。


 晴々はればれする気配けはいのない、曇天どんてん降雪こうせつ鬱陶うっとうしい中、冬用のブレザーと上下ウールのインナー、私服の長袖シャツ、セーターを重ね着る。

そして耳当てに、アイボリーのフード付きのロングコートを羽織る。


 足元が重要で、このよそおいの中で一番いちばん高価こうかなブーツをく。積雪せきせつけ、すべらないようにってくれている。


 ただ如何いかなる理由りゆうあれ、こんな日に学校への登校を命じる教師の正気をうたがう。

 まあ、一ヶ月もしないうちに卒業する予定だから、仕方ないし一日くれてやるくらいのこころちで向かう。


「はあ……」


 宿雪しゅくせつの一本道を歩く。

 建物の屋根も、民族の置物も、防護ぼうごさくたて信号しんごう赤実あかみけたナナカマドの街路がいろじゅまでも銀世界におおわれていた。


「さっっむー」


 フードをかぶった僕の頭上ずじょうも、見てはいないけど同化していることだろう。思わず身体が収縮しゅうしゅくする。


 仮にかさを持っていても、雪の重みで穴がいたり、骨子こっしが折れたりするから、個人的にあまり好きじゃない。


「ん?」

「あっ」


 それは突然、市内にあるじゅん喫茶きっさ『ウネムラ』の扉が開き、シングルベルと共に、僕の視界に金色こんじき繊維せんいうつる。

 この一面に見飽みあきたころいだからか、より一層いっそうきわっている。


才原さいばら高校こうこう?」

「……そうだけど」

「不良仲間発見」

「なんだ。やっぱり横浜よこはま追試ついしかよ」


 染色せんしょくした金髪にカラーコンタクトの碧眼へきがん

 そのボアロングコートの内側にはブレザーを着用しているであろう、中学生と勘違いされそうなほど小柄こがらで、欧州おうしゅうりの西洋せいようかぶれな姿すがたの同級生、横浜よこはま 梅花うめか久々ひさびさに話す。


「フラは?」

「……富良野ふらのがいる訳ないだろ。僕と横浜みたいに馬鹿ばかじゃないんだから」

「はあ!? 違うしバカ!」


 フラこと富良野ふらの じゅん太郎たろうは、僕と横浜の同級生で、二人のあいだで一番話題に挙がる人物だ。


 というより、基本的に僕と横浜だけのときは富良野の話しかしない。


 理由は薄々うすうすさっしが付くけど、当人とうにんげるのは良くないと思い、僕はむねとどめている。


「というかお前、卒業出来なくなるかもしれない追試の前にみせるか?」

「ウネウネに勉強を教えて貰ってた」

「ああ……畝村うねむらたんだ」

「うん。もう寝るって家に戻ったけどね」


 純喫茶『ウネムラ』の一人娘で、こちらも僕らの同級生、ウネウネこと畝村うねむら 瀬那せな

 その畝村と横浜は、お互いを愛称あいしょうで呼び合う間柄あいだからだということは知っていたけど、この喫茶店にまで足を運んでいるのは初見だった。


 一応僕は、コンビニの精巧せいこーなコーヒーと何が違うのか分からないけど、ここでコーヒーとカツサンドをたしな機会きかいが何度かある。


 だけど横浜は一度も見たことがない。


 ちなみにその横浜はベーちゃんと呼ばれている。都市名の横浜から連想したのか、梅花がなまったのか、偏食へんしょくレベルのパン信仰しんこうのせいでベイカーのふたを与えられたせいなのか、何はともあれベーちゃんだ。


 僕は別に、面倒くさいから呼ばないけど。


「とりあえずさみーから、早く学校いかね? あそこ暖房だんぼうめちゃくちゃいてるし」

「……目的地同じだし、仕方ないね」

「仕方ないってなんだよ」

「はあ……才原か……——」


 横浜が分かりやすくうなれている。


「——悪かったな、僕なんかで」

「……ううん、色々と複雑だなって思っただけ」

「なんだそれ?」

「……歩きながら話そうかな」


 そう言って横浜が僕の前を歩く。

 そのちんちくりんの金髪を目印に、白い息を吐きながらついて行った。


「才原はさー大学に行くの?」

「行こうとしても、僕の頭で受かる訳ないだろ。今の時代、名前を書くだけで合格出来る大学なんてないし」


 こおいたけながら答える。

 そんなものはもう、迷信めいしんたぐいだろう。


「じゃあ就職?」

「……そう思って、親からお金貰って背広せびろを買いに行ったんだけど、こんなことがやりたいんじゃねえわってなって、好きなバンドのアルバム買うっていう——」


 ジャケットの表紙びょうしながめると、共感出来るタイトルたちのそれだ。


「——うわクッッズ野郎!」

「……むしゃくしゃして買った」

「こら容疑ようぎしゃ親御おやごさんが泣いてるよ」


 確かに横浜の言う通りのクズ行為だ。

 でも。仮にそのまま流されると、何もかももれて、うしなってしまいそうだった。

 だからあのときは、スーツよりもアルバムの方がゆう意義いぎだと感じてしまった。


「でも……なんか安心」

「……は?」


 ちょっと横浜が何言ってるか分からない。


「大学も就職も才原の事をつぶしそうだしね。それを分かってる感じだから、安心」

「……えっと?」

「ウネウネ考えてる」

「……うだうだ、じゃねえのそれ?」

「さあね」


 僕の指摘を無視して横浜は、はんする銀色の通路を闊歩かっぽする。

 卒業単位取得のため雪道ゆきみちは、眠気ねむけさそう。

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