沈黙に積雪

押田桧凪

第1話

 いる・いらないの二択にここまで返答に窮したことは後にも先にもないであろう二月。勿論、先があれば──の話だがもう僕たちは卒業するし、来年なんてきっと来ない。いや、仮に来年誰かに貰えたとしても、それは青春の期間外なわけで。


「あ、いらないんだ?」


 ……いや、この沈黙は『いる』の沈黙なんだが。いるっ、いるっ、いる!


 もう声が出ない位に緊張してるわけで、なんで空気読めないの? いるよ、普通。

 義理チョコクラス全員配布キャンペーンが中心的女子グループによって開催されるなんて夢にも思わなかったわけで。

 日陰で自生しているような僕みたいな人間に対して資源の再分配とかカーストの是正だとか、そんなことが起こるなんて、ふっと湧いてきたような、願ってもみないチャンスだった。

 別に、泉に何かを投げ入れた訳でも無いのに。もう、僕にとっては金でも銀でも何でも良くて……って、銀チョコしかないのか、商品としては。


 要するに、ください。ただそれだけが、言いたかった。



 ◇



「かなえちゃん、あいつのこと好きなんでしょ。もう、直接渡しに行っちゃいなよ。ほんとは私が渡す役になってたんだけど、譲ってあげるよ。ね? 担当代わるぐらい問題ないし。来年は来ないんだよ? 聖ヴァレンタインがくれたチャンスなんだから」


「それにさ、今日は雪が降るんだってさ。聖ニコラウスのクリスマスは、雪が降ったらホワイトクリスマスじゃない。じゃあ、バレンタインデーに雪が降ったら、ホワイトデーがやって来ると思わない?」


 そう言われて、渡そうと試みたものの、こんなに戸惑っている明石くんを私は後にも先にも見たことがない。いつも教室ではクールで、先生からの質問にもバッチリ答えるし、その冷静さを欠かない姿勢──小学校のとき、同じ習字教室に通っていた頃から私は好きだった。


「いらないんだ?」


 しびれを切らして返答を促すと、少し意地悪な訊き方になった。早く答えてよ。なんで空気読めないの? 私はすごく緊張してるっていうのに。さっきまで教室に入ってくるのを待機してる間、目を閉じて胸に手を当てて深呼吸してたぐらいなんだから。まぁこれは瞑想は身体にいいよって言うお母さんの受け売りだけどさ。


 あ、あ……。いびつに刻まれた声。その遠慮がちな声の表現に私は耳を澄ませる。


「あ、雪」


 虚をつかれた。私もそろって窓に目を向け、そして向き直る。学校に来るまでの寒さのせいか、明石くんは耳元が赤かった。それから、はっと我に返ったように明石くんは声を取り戻し、自信なさげにトーンを落とした声でこう言った。


「いりまつ」


 やや冷めた様子で、呟くように言われたあまり、明石くんが噛んだことに遅れて気づく。そして、マスク越しからでも十分わかるくらい、頬が赤くなっていることに私は気づいた。

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