第2話 風邪と同居
≪結衣side≫
結「お、お邪魔します……」
大「ただいま、だろ?」
結「ただいま?」
大「なんで疑問形なの?」
結「いや…なんとなく。」
大「そか……」
……なんか気まずい。
大「そーいや、お前目悪いの?」
大雅先輩は私の眼鏡を指差しそう尋ねてきた。
結「いや、これ伊達眼鏡だから。」
大「なんで眼鏡??」
なんでかと言われましても…
どうしても応えたくない理由が私にはある。
結「…………」
私が黙って下を向いていると何かを察したかのような大雅先輩は
大「言いたくないなら言わなくていいよ。」
と言った。
それから大雅先輩はリビングへと連れてってくれた。
来た時から思っていたけど…
この家。広すぎる。。。
3階くらいまでありそうな程の高さのお家で玄関からしてもうすでに大きい。
遠目から見るとただでさえ広い玄関が小さく見えるほどの敷地の広さだ。
そんな大きな家をキョロキョロと見渡しながらリビングへ行くと瑛斗さんがいた。
瑛斗さんは帰宅する私を見るなり目を細めて低い声で言った。
瑛「随分と遅いご帰宅だね。」
大「まぁな。」
結「すみません。」
完全にご立腹の様子の瑛斗さん。
そしてそのまま私をじっと睨みつけ座っていたソファから立ち上がるとゆっくりとこちらに歩いてきた。
瑛「鈴木結衣ちゃんね……」
ポツリとそう呟いて私の髪を撫でるように触る。
その明らかに私を厭悪している様なその言い方に私の身体は思わずビクついてしまう。
結「よ、よろしくお願いします。」
私はそう言ってとりあえず深々と頭を下げた。
そんな私を見て瑛斗さんが放った言葉は…
瑛「お前今日からこの家の犬な。」
だった。
衝撃的な言葉に思わず口があんぐりと開いてしまう。
開いた口が塞がらないとはまさにこの事なのだろうか。
結「い、犬……。」
……むしろ人でもないじゃないか。
ここでの生活に不安を抱えまくっていると大雅先輩が口を挟んだ。
大「瑛斗兄…それはっ」
でもそんな大雅先輩の言葉は一瞬にして遮られてしまう。
瑛「なんだよ、大雅。なんか文句でもあるのか?そんで…そこの女!それがお前がこの家にいる条件だ。いいな?」
結「はい…。」
あんまりすぎる…。
何という条件なんだ。
よし。
……貯金が貯まり次第ここを出よう。
それまでの辛抱だ。
私はそう胸に強く思った瞬間だった。
その日から瑛斗さんの言う通り私はこの家の犬になった。
朝は基本2時半起き。
それは琉生さん、瑛斗さんのスケジュールを確認して
瑛斗さん早い日は朝四時には家を出なきゃいけないから。
それまでに私を含め5人分のお弁当と朝食作らなければならない。
そうしてもう一つ。
早くお金を貯めるために新聞配達の仕事も増やしたから。
3時半には私も家をでて仕事へいかなければならない。
そして6時半頃帰ってきて学校の準備をして学校へ行く。
そんな生活が続いた。
もちろん夕方もバイトを入れてるから帰ってこれるのは10時半頃。
いつも3時間ほどの睡眠しか取れない。
それも早くここを出るため。
頑張らねば!!
そんな生活が3週間ほど続いたある日のこと。
昼休み、兄妹の次男であり数学担当の秀先生に呼び出されたのだ。
秀「鈴木!ちょっと生徒指導室に来い!」
少し怒ったような顔をした矢神秀先生が私を生徒指導室に呼び出した。
結「失礼します。」
秀「ちょっとここ座れ!」
結「はい……」
秀「昨日やった小テストの答案。これがお前のだ。」
そう言って秀先生は20点と書かれた紙をチラリと私の目の前に置いた。
秀「鈴木さ、お前の成績は学年でもトップをキープしていた。そんなお前がどうしてこんな点数なんだ?」
結「…………」
秀「なぁ。なんでも聞くから、話してよ。」
結「次回は必ずいい点取ります。……ごめんなさいっ!!」
私は秀先生に頭を下げた。
私の要領が悪いからだ。
はぁ。もっと頑張らなきゃいけないのに。
生徒指導室を出て廊下に来ると私は大きなため息をつき、教室へと戻って行った。
≪大雅side≫
あいつの眼鏡を取った姿を見てからずっと俺の頭の中にあいつがいる。
大「ちくしょう。」
あいつはあれから毎日2時半に起きて俺らの朝食と弁当を作りその後どこかへ出かけてから学校へ行っている。
学校の後もバイトとやらで帰りは夜の10時半過ぎ。
洗濯だって全てやってあって綺麗に畳んでおいてあるし晩飯までちゃんと用意してある。
ちゃんと寝てんのかな。
夜遅くそんな事を考えていると時刻はもう早朝4時過ぎ。
大「あー寝れねぇ。」
俺はベッドから起き上がりリビングへと向かった。
すると…いつもならテーブルに並べられているはずの朝食と弁当が用意されていない。
瑛「なんだよ。あいつ……。寝坊かよ。犬のくせに…。」
そう舌打ちをしながら言っている瑛斗兄。
でも俺にはなんだか嫌な予感しかしなかった。
大「え?あいつが…寝坊??てかあいつの部屋どこ?」
俺がそう尋ねると瑛斗兄は1階の1番端にあるもの置きを指差して言った。
瑛「第1倉庫。」
大「は!?ちょっと俺…みてくる。」
他にも部屋あんだろうが。
なんで倉庫なんだよ。
俺は第1倉庫まで走って向かった。
コンコン
ノックをしてから部屋を開けると
布団も無く床の上にゴロンと横になり
自分のコートをかけて眠っている結衣の姿があった。
大「んだよ。これ…」
俺がそう呟くとふと目を覚まし体を起こす結衣。
結「あ…ごめんなさ…私……寝坊しちゃって……すぐに朝食を……」
そう言って立ち上がろうとする結衣は顔も赤く、息もかなり上がっている。
大「うるせぇ。喋るな。」
そう言って結衣を抱き上げるとすぐに俺の部屋のベッドまで運んだ。
こいつ…。
本当に飯食ってんのか?
めちゃくちゃ軽いぞ。
結「大丈夫っ。急いで…作らなきゃ。ハァ…ハァ」
大「いいから寝てろっつってんだろ!」
俺が大声でそう怒鳴ると結衣はビクリと体が震えてそのまま横になった。
結衣を寝かすと俺は医者である琉兄を部屋に呼ぶとすぐに診察をしてくれた。
ピピピピッ
琉「39°C…。疲労と栄養失調……なんでこうなった。」
結「ごめんなさ……あの。私大丈夫なので…っ」
遠慮しつつも謝り続ける結衣はずっと顔も赤くすごく辛そうだ。
琉「こんな熱が高くて大丈夫なわけあるか。今日は1日寝とけ。」
結「……」
しばらくすると今度は秀兄も部屋に入ってきて
秀「そーゆー事ね、最近授業に集中出来ていなかったのは。」
結「あ、いやっ!私が全部悪くて……要領悪いから…」
琉「とりあえずこんな熱高いんじゃ辛いだろ。今は点滴で様子を見よう。」
結「点…滴……?」
琉兄が点滴という単語を出した途端、結衣の顔色が変わった気がした。
琉「はい、腕出して。」
結「あの…私は大丈夫なのでっ」
琉「はやく出して。」
結「……はい。」
琉「はい、じゃあちょっとチクッてするよー」
針を刺した瞬間結衣の体はビクンとしてそのまま頬に涙が伝った。
琉「しばらくすればだいぶ体も楽になるだろ。何かあったら呼べ。」
そう言って琉兄と秀兄は部屋を出て行った。
大「結衣点滴苦手か?」
俺がそうたずねると下を向いたまま黙ったままの結衣。
大「よく頑張ったな。色々。」
俺がそう言いながら頭をポンポンとすると結衣は緊張が溶けたかのように突然泣き出した。
結「ふぇっ……」
今までかなり辛い思いさせてたんだな。
謝るのはこっちの方だ。
俺は気付けば泣いている結衣を強く、強く抱きしめていた。
≪結衣side≫
大「お前。しばらく俺の部屋使え。俺ソファーで寝るからベッドも使っていいし……」
そう言ってくれた大雅先輩の部屋というのは30畳近くあるだろうか……
小さい冷蔵庫とかもあってこの部屋だけでも住めそうだ。
前の1LDKアパートの2倍以上の広さはあるだろうか。
改めて住む世界の違いに圧倒させられる。
結「え?でもっさすがにそれは…….」
大「いいからお前は大人しく俺の言う事聞いとけ。」
結「ありがとう。」
大雅先輩って本当優しいんだな。
大「そーいえばお前布団は?前使ってたやつとかあるだろ。」
結「引越しの時に全て処分されちゃったみたいで…」
そう、ほとんどが処分されていた。
服とかも持ち合わせているのはほとんどない。
大「………そっか。なら今度一緒に買い行くか?」
結「ううん。大丈夫。行くなら一人で行けるから……」
それに今はそんなことよりも早くここを出るのが先だ。
大「じゃ、風邪治ったら行こうな。」
……ん?
人の話聞いてた??
大丈夫って言ったのに……
そんな会話を大雅先輩としていると私はいつのまにか寝てしまっていた。
スー……スー……
大「ったく。頼ってくんねーと分からねぇだろうが。アホ。」
そんな大雅先輩の言葉さえも聞こえないほど爆睡してしまっていた。
コンコン…
突然聞こえたノックの音で私は目を覚ました。
ノックの音と共に入ってきたのは瑛斗さんだった。
大「んだよ。せっかく結衣寝たとこだったのに…起こしやがって。」
瑛「知らねーよ。」
大「で?なに?」
瑛「いや……俺のせいで体調崩したって…」
大「じゃ、俺腹減ったから飯でも食ってくるわ。」
何かを察したかのように大雅先輩は瑛斗さんの肩をポンと叩いて部屋を出て行ってしまった。
結「あ、あの…私…」
気まずい……
思わず私は体を起こした。
瑛「寝てろ。琉兄から聞いた。熱…かなりあんだろ?」
結「えと……少し??」
瑛「……ほれ。」
そう言って渡してきたのは可愛らしい犬のキャラクターのクッションだった。
結「あの…これは?」
瑛「部屋はここの隣。ベッドは発注したから数日で届くだろう。気に入らなかったら捨てろ。」
瑛「俺のせいで風邪引かせたみてぇだし……」
瑛斗さんはそこまで言うとフイッとそっぽを向いた。
もしや…これは謝ろうとしている??
瑛斗さん…不器用なんだな。
私は思わず笑みが溢れた。
結「瑛斗さん…ありがとうございます!」
私はそう言って微笑んだ。
瑛「これ以上熱とか出されて俺に責任なすりつけられても迷惑なだけだから。それだけだ。」
すぐに目を逸らして出て行ってしまった瑛斗さん。
本当はきっと優しい人なんだな。
……にしてもクッションまで犬って。
私はそんなことを思いながらも点滴が効いてるのか、熱のせいかまぶたが重い。
そして、いつの間にか再び眠りについていた。
あつい……あついよぉ……
誰か……
琉「……ん。……ちゃん。……結衣ちゃん。聞こえる?」
琉生さんの声に私はうっすらと目を開けた。
そこには心配そうに見つめる琉生さん、秀先生、大雅先輩の姿が見えた。
頭がガンガンして目を開けているだけでも精一杯。
結「だい…じょうぶ…」
それでも私の口から出たのはそんな言葉だった。
今まで出来るだけお母さんに迷惑かけないように生きてきた。
そんな私は上手い頼り方を知らないのかもしれない。
大「お前はアホか?辛い時くらい辛いって言えよっ」
怒っている大雅先輩の姿。
分かんないよ。
今まででこんな体調悪くなるの初めてだもん。
その瞬間肩のあたりに痛みを感じた。
琉「ちょっと痛いけど…ごめんね。強い薬だから熱引いてくると思うから。」
秀「結衣ちゃん。本当無理しないで。」
大「お前は本当バカだな。」
結「ヒック……」
こんなの。知らない。
大「お前……そんな痛いか??」
ううん。違うの。
体調悪い時に心配してくれる人がいるってなんて幸せなんだろうって
心から思うから。
もっともっと嫌われているかと思っていた。
出会った時は可愛い妹が良かったって言われちゃったし…
実は根に持ってるのかも、私。
こうして私はこの家族に、お兄ちゃんたちに少しずつ馴染んでいくのかな。
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