第60話 お客様のお帰り

「お前たち!お客様がお帰りだっ!」


父の声と共に、屈強な2人のフットマンが開け放たれた扉から入ってきた。彼らはこの屋敷の警護を主な仕事としている武闘派?のフットマンである。


「「旦那様。お呼びでしょうか?」」


2人は声を揃えて尋ねた。


「ああ、こちらにいらっしゃるお方はニコラス・コンラート様だ。元、アンジェラの婚約者でおられる」


「おいっ!元って何だっ?!元ってっ!アンジェラッ!お前、本気で俺と婚約破棄するつもりなのかっ?!後悔してもしらないぞっ!」


父に腕を掴まれたニコラスは私に向かって大声で訴える。


「ニコラス様、はっきり申し上げますが…後悔するべきなのは私ではなく貴方の方ではありませんか?私に婚約破棄されれば廃嫡されるという噂が流れておりますが?」


「な、何だって…?その話…ほ、本当なのか」


ニコラスが目を見開く。


「え?もしかしてご存じなかったのですか?」


嘘でしょう?そちらの方が驚きだ。


「で、出鱈目を言うなっ!俺はそんな話は知らないぞっ?!」


すると再び父が言う。


「お静かに願えますか?ニコラス様」


父は口元に笑みを浮かべながらニコラスに声を掛けるが、その目は笑ってなどいなかった。そして父はフットマン達に言った。


「この方を丁重に馬車までお連れしてくれ。ああ、ついでに御者にこの手紙を渡しておくように」


父から開放されたニコラスは、すかさず今度は両腕を呼び出されたフットマンに掴まれる。


「は、離せよっ!たかが使用人のくせに気安く俺に触るなっ!」


しかし、当然2人のフットマンはニコラスの訴えを無視している。


「このお手紙をコンラート家に渡せば良いのですね?」


手紙を父から受け取ったフットマンが尋ねた。


「ああ、そうだ。頼むぞ」


「「はい」」


2人のフットマンは返事をし、ニコラスはまるで連行されるように部屋から連れ出される。


「おいっ?!まだ俺の話は…!くっそーっ!覚えてろよっ!!」


ニコラスの喚き声が遠くなっていき…すぐに聞こえなくなった。



「やれやれ…やっと帰ってくれたな。見送る必要はもう無いだろう」


父がニコラスが連行されていった方向を見ながら言った。


「それにしても驚いたな。あの馬鹿は自分に廃嫡処分の危機が迫っていることに気付いていなかったとは」


兄の言葉に私も賛同した。


「ええ、私も驚きました。ニコラス様は本当に脳天気な方だと思いました。何しろ今迄ずっと寝ていたようですよ?」


「何と!呆れた男だな…」


「成程、ある意味大物だ。勿論決して褒め言葉ではないがな」


兄に続き、父も賛同する。


「でも、ようやくこれでニコラス様と婚約破棄することが出来ました。ありがとうございます」


「ああ、そうだな。長い間ご苦労だった」


父が頷いたその時―。


「それでは…今夜はお祝いしましょうか?」


丁度良いタイミングで母が部屋の中へと入ってきた。


「いいですね〜是非お祝いしましょう」


それに何しろ今日は思いがけない出会いがあった日でもあるのだから。



そしてその夜、婚約破棄記念として家族揃って豪華な宴が行われた―。






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