第59話 ついに訪れたその瞬間
しかし、私はその言葉を聞き流した。
「よくお休みになっておられましたね?気分はいかがですか?」
「ああ、お陰様でスッキリだ。何しろ昨夜は一睡も出来なくて…って違うっ!そうじゃなくって!」
ニコラスは手を振り払うように言った。
「そうですか?昨夜は一睡も出来なかったのですね?お気の毒に…。ひょっとしてこの部屋で今迄ずっと寝てらしたのですか?」
「え…?ずっとって…?お、おいっ?!今何時だ?!」
その時、ニコラスは初めて部屋の中が夕焼けでオレンジ色に染まっている事に気がついたようだ。
「今は18時を過ぎた所ですけど?」
「な、何だって…っ?う、嘘だろう?!」
「嘘ではありません。ですが…その驚きようだと相当長い間お休みになっておられたのですね。どうでしたか?我が家のソファは?寝心地が良かったですか?」
「うぅ…な、何て嫌味な言い方をする女なんだ…。いいか?俺が何故昨夜一睡も出来なかったのか理由を教えてやるっ!それはなぁ…パメラもパメラの両親も全員警察に捕まったからだよっ!しかも何だっ?!お前の父親がパメラの父親の農園を奪ったのだろうっ?!こうなったのは全てお前の仕業だろうっ?!正直に答えろっ!」
「………」
私はあまりにも飛躍したニコラスの考えに呆れて開いた口が塞がらなかった。それをどう解釈したかは知らないが、ニコラスが腕組みしながら勝ち誇ったように言う。
「フフン。どうだ?図星を指されて二の句が継げなくなったか?」
「…いいえ、呆れて口が聞けなかっただけです…それにしても呆れた発想ですね。私がどうやってウッド家全員を逮捕させたと言うのですか?」
「それはお前が警察に有る事無い事言いふらしたのだろう?」
「…」
私は無言でニコラスを見た。前から愚かな男だと思っていたが、まさかここまで馬鹿だとは…。
「…ニコラス様。そもそも彼らが逮捕されたのは全員、それだけの理由があったからではありませんか?お言葉を返すようですが、私はとても忙しいのです。一々あの人達を相手にする程、暇人ではありません」
「な、何だってっ?!お前はまたそうやって人を馬鹿にするのかっ?!」
ついにニコラスは私の挑発に乗って手を上げ…。
バンッ!!
扉が大きく開け放たれ、父と兄が登場した。
「そこまでですっ!ニコラス様っ!」
父がズカズカと部屋に入ってくると振り上げていたニコラスの腕を掴んだ。
「ウッ!は、離せっ!」
今も現役の強さを誇る父に右腕を掴まれたニコラスは身動きが取れなくなってしまった。
「く、くそっ!なんて力だっ!離せよっ!」
「いいえ、ニコラス様。離すわけには参りません。何しろ貴方は私の大切な娘に手をあげようとしたのですからね」
そして父は言った。
「いいことを教えてさし上げましょう。ニコラス様。ウッド家の人々が逮捕されたのは全て貴方の御両親の命令だったのですよ?コンラート伯爵は以前から貴方の幼馴染であるパメラさんとの交際を反対しておられました。さらに図々しくも伯爵家に取り入ろうとしていたパメラの両親の事も含めて。それで今回私にウッド家の処罰を一任されたのですよ?」
「な、何だって…?」
顔面蒼白になるニコラスに兄が言った。
「パメラは平民であるにも関わらず、貴方の恋人と言うだけで自分の立場を勘違いし、仮にも貴族である妹を馬鹿にしてきた。しかもアンジェラは貴方の許嫁だと言うのに。挙句の果てに自分の父親の経営する農園で働いていた従業員の娘たちを脅迫して妹に嫌がらせを働いた。これは不敬罪と恐喝罪が十分適用されて当然でしょう?」
「ニコラス様…。今、貴方は私に対して手をあげようとしましたね?」
「ア、アンジェラ…」
ニコラスが声を震わせて私を見た。
「婚約破棄、させて頂きます。どうぞお引取りを」
私はにっこり笑った―。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます