お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

第8話 見知らぬ青年

叩かれるっ！

思わず目を閉じたが、一向に衝撃は来ない。代わりに…

「な、何するんだっ！離せよっ！」

ニコラスの声が聞こえ、恐る恐る目を開けた。

「え…？」

するとそこにはスーツ姿の見知らぬ青年がニコラスの腕を掴んでいたのだ。

だ、誰…？

「ニ、ニコラス…」

パメラは腕を掴まれたニコラスをオロオロした様子で見つめている。

「おい！離せって言ってるだろう？！」

もがくニコラスに青年は言った。

「男が女性に手をあげるなんて最低だと思わないのか？」

青年の腕の力は相当強いのか、ニコラスは少しも振りほどけ無い。

「う…っ！」

痛みの為か、ニコラスが呻いた。

「キャアッ！やめてっ！離して下さいっ！」

パメラが声を上げる。すると青年が言った。

「君は彼女からバスケットを奪って、わざと落として彼女の食事を台無しにしたね」

「そ、それは…っ！」

その言葉にニコラスがパメラを見た。

「な、何だって…？」

その言葉を聞くと、青年はニコラスの掴んでいた腕を離し、私を見つめた。

「君、大丈夫だったかい？」

「あ…は、はい…大丈夫…です…」

「パメラ…今の話は本当なのか…？」

するとパメラはうろたえたように言う。

「ち、違うわっ！ご、誤解よっ！ほ、本当に手が…手が滑っただけなんだから？そうよね？アンジェラさん！」

あろう事かパメラは私に同意を求めてきた。

「さぁ？知らないわ。私が知っている事実は、貴女が私の食事を駄目にしただけのことよ」

周囲では学生たちがざわめきながら私達を見ている。その視線がいたたまれなかったのか、ニコラスはパメラの腕を掴むと言った。

「向こうへ行こう。パメラ」

そしてニコラスは私を振り向くと言った。

「その食事…詫びの印に代わりに食べてくれ」

「え？」

ニコラスは私の返事も聞かない内にパメラの腕を掴むと、逃げるように学食を去って行ってしまった。

「全く…。酷い男だ。女子学生の方も君に謝りもしないでいなくいなるなんて」

青年は2人の後ろ姿を見ながら呆れたように言う。

「あの…ありがとうございます」

声を掛けると青年は振り向き、私に言った。

「大丈夫だったかい？」

「はい」

「それは良かった」

青年は笑みを浮かべて私を見た。

そしてしゃがみ込むと床に落ちていたランチボックスを拾い上げ、さらにロールサンドを拾っていく。

「あ…すみません！」

私も床にしゃがむと一緒になってロールサンドを拾い、ランチボックスの中に入れた。全てのロールサンドを拾い上げると青年は言った。

「あ〜あ…折角美味しそうな食事だったのに…。あの女子学生のせいで駄目にされてしまったね」

「はい…」

うつむいて返事をする私に青年は言った。

「僕は部外者だから…口を挟む権利は無いかもしれないけれど…言っておくよ」

「？」

首を傾げると青年は続けた。

「悪い事は言わない。あんな連中とは付き合わないほうがいいよ」

「はい…そうですね」

ですが、あの男子学生は私の許婚ですよ…とは言えなかった。

「それで？あの学生が置いていった食事…どうする？」

トレーの上にはすっかり冷めてしまった食事が乗っている。

「…欲しくありません」

「ははっそれは同感だな。よし、それじゃ僕が代わりに貰っていくよ」

「え…？」

「実はこの学園のすぐ側に教会があってね、親のいない子どもたちが住んでいるんだ。その子たちに分けてあげることにするよ。それじゃあね」

青年はトレーを持つと、厨房へ向かって歩いていった。

「あの方は…誰かしら…」

私は青年の遠ざかって行く後ろ姿を見つめながらポツリと呟いた―。