炊き込みご飯
昔の思い出に浸っているとお客さんが来た。
扉の鈴がカランカラン、と知らせてくれる。
すっかり冷えてしまった
ハーブティーをちらっと横目で見てから、
お客さんに「いらっしゃいませ」と
声をかける。
お客さんはよくいる感じの人だった。
よくいる、というのは
この町によくいるということだ。
冷たい風に吹かれたからだろうか、
少し乱れたパーマと
年齢よりも若く見えるだぼっとした格好に
背中に背負ったギターケース。
おそらく学生の頃から、
この町で夢を追いかけ続けているのだろう。
それでも私は
珍しくその人を目で追ってしまった。
いつもならすぐに視線を逸らして、
冷えたハーブティーを飲み干して
新しいものを淹れている頃だろう。
でも、そうしたくてもそうできないくらい
彼からは装いからは予想もつかない
ただならぬ空気が漏れ出ていた。
彼は、眉間に皺を寄せて
メンズパンツコーナーを見ていた。
そして、徐にカーキのチノパンを手にし、
うんうん、と頷いてから
シャツコーナーに移動した。
そこで彼は、ストライプのワイシャツをパンツと組み合わせながら、少し立ち止まる。
睨みつけるように確認し、
また頷いて、こちらに向かってくる。
季節柄、これだけだと寒いと思ったのだろうか、レジカウンターまでにあるセーターコーナーでグレージュのセーターも掴み、私の前まで来る。
「試着してもいいっすか。」
彼は眉間に皺を寄せたまま尋ねてきた。
「もちろん。あちらにありますのでどうぞ。」
口調は装いの通りで、少し笑ってしまいそうになるのを堪えながら試着室の方を手のひらで示した。
「あざっす。」
ぺこり、と小さく頭を下げながらそう言い、彼は大股で試着室に向かった。
その後ろ姿を見ながら、私はまた後悔した。
絶対あの組み合わせ、あの人には似合わないでしょ、と。
でも、もう遅かった。
声をかけようと決したときには、すでに靴を脱ぎ試着室の扉を閉めていた。
まあ、出てきてからでいいか。
ちんちくりん。のモットーを大切に、
私はゆっくりとハーブティーのお変わりの準備をする。
なんだか、炊き込みご飯が食べたくなった。
おじいさんのことを思い出したからだろうか。
1人でいることに疲れていた頃、
お店に遊びに行くと決まって炊き込みご飯をつくってくれた。
それにはいつも季節のものが入っていた。
春にはタケノコ、夏には色とりどりの野菜、というように。
「お腹をすかせっぱなしにすると、寂しくなるからだめだ。」
これは彼の口癖だった。
仕事を辞めてしまうと、誰とも話さなず、
1人ぼっちの部屋で何日も何日も過ごす事になる。お腹がすいてもそんな状況では食べたいものは思いつかない。
だから、だんだん食べる量が減っていく。
気がつけば、貧相でマイナス思考人間の完成だ。
それでも、おじいさんのお店の雑貨は私の心を温かくした。
1つ1つから、ここにあるものは全部彼のお気に入りで、売りたくないくらい大切な物なんだ、という気持ちが伝わってきた。
おじいさんは、私の事もそんな風に大切にしてくれた。
お互いの話を聞き、美味しいご飯を一緒に食べ、雑貨について語り合った。
おしゃべりのお供は彼のおすすめのデザートとお茶だった。
彼は、色々なものに詳しくてさりげなくそれを私に与えてくれた。
枯れかけた植物のようだった私は水と養分をもらい、少しずつ緑の葉を茂らせるようになった。
そろそろ就職先を決めようと、面接を受けた帰りにお店に寄った。
見慣れないスーツ姿で彼を驚かせようと思ったのだ。
でも反応は予想したものと全く違った。
「おまえさんなら大丈夫だ。」
私の目をしっかりと見て、彼はそう言った。
そうして、私はこの店を土地ごとを譲って貰う事になった。
「アパートを引き払ってここの上に住むといい。わしは良い感じの老人ホームを見つけたからそこに入る。よかったらいつでも遊びに来てくれ。」
彼の優しさをありがたく受け取り、貯金を全て使って私好みの店、ちんちくりん。を開店させた。
お店が休みの日、私はおじいさんのいるホームに遊びに行く。その時に持って行く手土産にはこだわりたい。
だから今日も私はカウンターの中で、
丁寧におやつの時間を過ごしている。
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