チーズのピンバッチ

「絵梨~~~。

 全然できなかったよ~~~。」


梨香子が今にも泣きそうな顔で駆け寄ってくる。


足はさっき踏んでしまった何かでまだじんじんしている。

状況が全く把握できない。


「おおう、どうしたの。大丈夫だよ、きっと。」

当たり障りない返しをする。

久しぶりに会う梨香子は全然変わっていない。

甘え方が上手で

自分のかわいさの活かし方を把握している。

なんとなく無下にできない。


不思議な状況なのに

こんなに冷静に分析している自分は

気づかないうちに変わってしまったんだな、と

口角を持ち上げてしまう。


それを梨香子は見逃さない。


「なんで笑うのさ~。

 梨香子のこと馬鹿だと思ってるんでしょ~。

 絵梨はどうせ今日のテストも余裕だったん

 だろうなあ…。」

「いやいや、そんなことないよ。

 ちょっと思い出し笑いしちゃっただけ。」


ほんとかなあ、と

梨香子は唇をすぼめる。

やっぱり自分という素材の活かし方をわかっているなあ、

と思う。

だからか、なんだか昔よりもかわいいと思えない。


でも絵梨は納得する。


今、私はどういうわけか、”もしもの世界”にいて

梨香子と同じ高校に通って

テスト期間を過ごしている。


午前中で今日の分のテストは終わり、

このあとはたぶん中学の頃から通っている

ファミレスに行く。

そこで明日のテストのために張ったヤマを

梨香子に教える。


いつものこと。


よく見ると

梨香子と同じ制服にさっきまで試着していた

セーターを着ている。


やっぱり全然似合っていない。


「ねえ、このセーター似合ってると思う?」

まだなにかうじうじ言っている

梨香子に聞いてみる。

梨香子はいろいろ言うけれど、

実は成績が良い

というタイプ。

そう、そういうこと。


「え、いまさら?

よく着てるじゃん、それ。」

「そう、でもなんか急に

似合ってないんじゃないかと

思っちゃって。」

梨香子はくすっと笑う。

「そんなことないよ、すっごい似合ってる!

 自信持って!絵梨!」


「梨香子がいうなら、そうだね。」

さーっと波が引いていくような

気持ちになる。

が、顔には出さない。

いつものように口角を上げる。

もう梨香子の意識はここにない。


遠くを歩く彼氏を目で追っている。

どうやら喧嘩中らしい。

昔の私だったら、2人が仲直りできるように

いろいろ世話を焼いていたのだろう。


上目遣いで私を見ている梨香子は

今でもそうしてもらって当たり前だ、

と訴えかけている。


私の意識もここにはない。


はやくチーズドリアを

ほおばる紗英に会いたい。

そんなことを考えながらセーターの

ポケットに手をつっこむ。


ん。固い物が手に当たる。


試着していただけだし、

何か入れた記憶はない。

恐る恐る取り出してみる。


チーズのピンバッチ。

あ、こんなのを紗英にあげたい。


その瞬間、意識が薄れた。

梨香子はこちらに気づいていない。


遠のく意識のなかで

試着室で踏んだのってこれだったのかな、

なんて考えていた。






 

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