トマトチーズドリア

季節が2回変わった。

もう新入生気分も薄れてきている。


新しい友達もできた。

卑屈で話しかけづらい私になぜか積極的にちょっかいをかけてきてくれた、少し変わった子。

紗英は無類のチーズ好きで、いつも食堂のトマトチーズドリアを食べる。そんなに多くを一口に詰めているわけではないはずなのに、リスのように紗英の頬は膨らむ。一生懸命もぐもぐしている姿が可愛らしい。

どうやら紗英も第一志望の高校に落ちてここにいるらしい。わたしはまだ随分その事実を引きずっているにも関わらず、紗英は何にも気にしていなさそうなところがまたいい。


まだ太陽が頭の上にある頃、私たちは駅のカフェにいた。紗英のお気に入りの場所だ。

こんな時間でも問題なく過ごせるのには理由がある。今日まで、テスト期間だったのだ。周りには他にも制服を着た子達がいるからわたしたちは全く目立たない。わたしはこのテスト期間の独特の空気が結構好きだ。


午前中でテストが終わったから、お昼ご飯を食べながら明日のヤマをはる。お互いヤマを張る必要はないのだが、あれこれいいながらする勉強のようなものは、いい息抜きになる。


「やっぱり分散とか標準偏差って、手動で計算するの馬鹿馬鹿しいよね笑」

紗英がチーズミートドリアをもぐもぐさせながら言う。


「Excelとか使ったら一瞬じゃん、考え方は大事かもだけどさー」

まだもぐもぐしているのに、頑張って話そうとする。


「やる気なくなるよねーー」

と最後に聞こえた気がするけれどもごもごしすぎてちゃんと聞き取れた自信がない。とにかく不満がいっぱいみたいだ。それでも彼女の成績は安定している、むしろ学年でもいい方だから微笑ましい。全然やってない、と

テスト前にいいながらしっかり勉強しているタイプよりよっぽど清々しい。こんなにもわかりやすくて素敵なことってない。


わかりやすいと安心は違うけれど。


私はいつも微笑んでいる。紗英といる時間は落ち着く。ぽかぽか陽気に包まれ少し眠くなる。


日も落ちてきたので、紗英とカフェで別れて家を目指す。紗英お気に入りのカフェは、私の家の最寄駅にある。


「さむっ」

思わず口に出てしまう。日が沈むと肌寒い。

でもなんとなく夏を終わらせたくなくて、わたしはまだベストしか着ていない。今はまだセーターやカーディガンを買う気にもなれていない。


「ちんちくりん。」


ふと思い出してしまった梨香子のことを考えないように感情的にならないように、気を引き締めて歩いていると、妙に暖かそうなライトで照らされている店を見つけた。


「こんな店あったっけ。」

子どもの頃からこの街に住んでいるけれど、記憶にない。暗くなってきていて、早く帰らなくてはならないのにその匂いに誘われる。甘くて温かい匂い。


「すこしだけなら。紗英と勉強していたことにすればいい。」

自分の衝動に身を任せた。


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