第5話 0

Aの輪唱の届かぬ場所を目指すも、伝わる声は走る脚よりも速かった。

俺達の揺らす地面はモグラを起こすように周囲の店先を驚かす。

そこから飛び出す人間は更に輪唱を広めた。


「なんなんだコイツら!

ホントにAしか言えねぇのか!」


「でもあのサラリーマンは出会い頭にB?って聞いてくるような感じだったよ!?

最初のBが『疑問』だとすると、このAは『指摘』かな!?」


「、、、そうか!

確かにそう考えれば辻褄が合うかもしれん!」


ならば本当にこの世界の人間たちの言語がABCということなのか?

だがそれだけで会話が通じるわけが無い。

どういうことなんだ?


しかし息を切らせながら考える俺の脚は止まった。

丁度正面にはT字に抜ける分かれ道があり、その右側から見覚えのあるような無いような白と黒の金属光沢が見えた。


警察官の誘導に引かれたそのマニピュレータは徐々にその根元を現し、ついにそれが巨大なロボットの腕の一部だったと判明した。


土地勘が無いため遠回りのルートではあったが、なんとか倉庫にたどり着くことが出来たようだ。


何を隠そう、その巨大ロボの見つめる先こそが、俺たちのインフィニティのある場所なのだ。

その巨体を揺らす金属の塊は、そのまま左側へ進行し、開けたアスファルトの地面に膝を着く。


茶色く錆びたトタン板の周りには青い制服を身にまとった警官が闊歩かっぽし、その群れの中央には白と黒の機体色に赤のランプが映える巨大な人型がそびえ立っていた。


「あれは、、CIORシオールか?」


「この世界はCIORがある世界だったんだ!」


CIORなど見慣れていたはずだが、この白と黒の金属は、戦場で対峙した敵機の様に異質に見えた。

戦争の無い世界に人型兵器は存在しないという常識を破壊され、その衝撃が冷えた汗となって俺の額を伝う。


「どうすりゃいんだ。

多分倉庫の中に未確認のCIORがある事はバレてる。

恐らくヤツらは俺のCIORが有人状態である事を警戒して、迂闊に動けないんだろう。

だからと言ってヤツらが俺たちの特攻を歓迎してくれるわけもねぇ、、」


警官達は半開きのままのシャッターに気づくと、五人がかりで硬いカーテンを上まであげる。

余った警官は地面に膝を着いて、開かれる空間に銃を構えていた。

まだ完全に開ききっていない扉の下からゴツゴツとした銀色の脚を見たのか、銃を握る腕達が、シャッター越しにコクピットが有るであろう位置に射線を合わせる。


俺たちのインフィニティは銃口に睨まれながらその全貌を明らかにした。


ガチャガチャと鳴り響く、不快な金属音の後に現れた、違和感のある静寂。

いつもやかましい声を鳴らすはずの、ユリカの沈黙に驚いた。

振り向いた俺と目が合う。


「、、、他のCIORを使うしかない。」


「え?」


「私達の世界にも兵器目的以外のCIORはあったんだよ?

だったらこっちの世界も警察以外に工業用とかのCIORが使われてるはず!」


「なるほど。

だがそんなものどこにあるってんだ。

いや、見つけたとして兵装も乏しいだろうし、、、」


その時、その白黒のCIORが唸り始めた。

赤いランプは発光しながら回転し、独特の警告音を鳴らしながら合間に機械音で「A、A、A」と繰り返している。

知っているようで知らないこの光景と騒音に、俺は不快感を覚えた。

どうやら先に痺れを切らしたのはヤツらの方だったらしい。


今まで膝立ちで大人しくしていた機体は己の使命を思い出したかのように立ち上がり、開かれた扉の奥の、もう1人のCIORを見つめている。


「ほら!こっち!!」


「あ、おい!」


ユリカは警察の目につかないように俺を誘導し、錆びた壁や大型工具に挟まれた道を行くと、その中で揉まれ乱雑に被さったブルーシートを俺に見せた。

よく見ると、シート越しに正方形や長方形の筋が浮いており、その図形をなぞると歪に人型の配列になることが分かる。


「これは、、、」


「うん、多分!、、、」


ユリカはブルーシートを大きく払い、中からより濃い濃淡の、蒼い機体を露出させ、「これは私にちょうだい」と小さく呟いた。

肩には白抜きで『0』とプリントされており、インフィニティの肩にある『∞』のマークと対になる事を知る。


CIORシオール!私の『0ゼロ』だ!」

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