第26話
「裁判官! 検察官側の証人は、虚偽を働いています!」
リンゼは、ジルフィーヌのでっち上げに反論する。
「弁護人、何を証拠として、虚偽と証明出来ますか?」
「……!」
リンゼが口籠ってしまった時、法廷の入口から一人の男が豪快に扉を開けて入って来た。注目を浴びて、現れたのは深緑のベレー帽を被り、サロペットを着た庶民の恰好のキューイだった。
少しざわつく傍聴席。
「き、君は?」
突然現れた庶民のキューイに、裁判長は怪訝の目を向ける。
「すみません、僕の助手です」
リンゼは、慌ててそう言う。
すると、キューイはリンゼの隣へとやって来て、何も言わずに一枚の書類を渡した。リンゼはそれを即座に読み、キューイに頷く。
そして、リンゼは裁判長に言う。
「今までに述べた被告人の背景陳述が虚偽である証拠は今は出せませんが、先ずは被告人の無実を証明したいと思います。先ず、検察官にお聞きしたいのですが、その国王を殺した短剣、それは本当に被告人の短剣なのでしょうか? 被告人が、自分の物であるという剣を殺害に使うとは、思えませんが?」
「検察官、証拠品を前へ」
ジミルは白い手袋を嵌めて、証拠品の短剣を差し出して来た。
緑の柄にイギルの太陽の紋章が彫られている。
刃は真っ直ぐ細く、女性でも持ちやすい。
イギルの王位継承者だけが持てるこの短剣。
即位すると、王からイギル国王の証である平和に象徴の神器・豊穣の杖が授けられるのがイギルの戴冠式である。
ただ、この王位継承者の持つ短剣。
ただの証であり、戴冠式でも使われず、一般には日の目を見る事が無い短剣なのだ。
「被告人、この短剣は王位継承者である貴女の所有物ですよね?」
「……そ……そうです。確かに私の後宮の部屋に飾ってあった物ですが……」
「偽物ではありませんか?」とリンゼが念を押す。
「いや、この神器の短剣には偽造防止のため、あらゆる細工が施されています。この緑の柄も、イギルでは珍しい翡翠で作られ、歴代の王位継承者の名前が刻印されています。この刻印は、イギルの王室お抱えの細工職人が旧イギル文字を半年掛けて彫り、唯一無二の物であるという証拠になります。今回、私の方で調査しました所、この短剣は間違いなく、国宝の神器であります」
ジミルがつらつらと調査した事を述べた。
「私も、その短剣が本物である事は証明致します。そんな高価な造りの剣の偽物は、この物資が乏しいイギルではそうそう作れません」
ずっと沈黙を保っていたユリア王妃が、付け加える様にそう述べた。
きっと、本物であるのは確かなのだろう。
「分かりました。では、その短剣が被告人の物である事は認めます。……次に私が感じた矛盾点ですが、私は当日の夜、国王の遺体を見ましたが、その時、検察官も同席していましたから、気が付いた事でしょう。……もし、短剣で被告人が刺したのなら、国王のご遺体におかしいと思う所がありましたよね?」
「何がです?」
ジミルでは無く、ユリア王妃の方が応えた。
つい、言葉が出てしまったようだ。
ジミルはリンゼが言う事を予想している様だ。
「国王はそれは安らかに眠る様に亡くなっていました。もし、被告人が短剣で刺したのなら、抵抗した跡や、歪んだ表情のまま亡くなるはずです。しかし、国王はそうでは無かった」
「!!」
ユリア王妃は僅かに眉を顰めた。
しかし、ジミルは平然とした顔で、
「その件に関しても、証人をお呼びしています」
今度は城の医師長のマーディ先生が現れた。
「証人、名前と身分を述べよ」
「はい、マーディ・プリンストン。イギル城内の医師長を務め、数年前から心臓病を患う国王の主治医もしていました」
「マーディ医師、最期に国王の診察をしたのはいつですか?」
マーディ先生を呼んだジミルが先生に尋問していく。
「殺害のあった日の午前中です」
「先生の所見ですと、国王の心臓の具合はどうだったのでしょうか?」
「……真実を申し上げますと、国王の命はいつ途絶えてもおかしくない状況でした。それだけ心臓は弱り、私はただ延命の薬を処方しただけです」
「発作も頻繁に起こっていたのですか?」
「はい、最近は意識が朦朧としている時も多かったと思います」
「検死前に、国王の表情は苦しみに歪んでいましたか? 抵抗跡はありましたか?」
「いえ、抵抗跡は無く、目と口は驚いた様に開いていたので、私が整えました」
「マーディ医師、ありがとうございました」
マーディ先生は、小さく頭を下げ、それからリンゼを見つめ、彼もまた意味深な表情を作りながら、退場していく。
さっきのジルフィーヌと違って、先生はただ真実を述べただけだろう。
この法廷の雰囲気に違和感を覚えた「正常な人」なんだろう。
マーディ医師が退場した後、ジミルが言った。
「弁護人、医師の供述ですと、国王は意識がもう無いほど衰弱していた。そんな状況であるから、抵抗される事なく、痛みもさほど感じず、か弱い王女である被告人でも殺害が可能であったと検察側はお答えします」
「弁護人、何か意見は?」
「つまり、病で意識が朦朧としていた国王は短剣で刺されても大した痛みも感じずに殺されたという解釈ですね。分かりました」
その時、ずっと猫を被っていたユリア王妃が痺れを切らして牙を剥いた。
「……もう、証拠の品も状況も揃ったのでしょう? 早く結論をお出しなさい。私は、義理の娘とは言え、自分の娘と変わらず、7年も慈しんで育ててきました……なのに、傍聴席の皆様、聞きましたか? この娘の非道なこの仕打ち!……私の母としての、力不足なのかもしれません、愛情が足りなかったのかもしれません。だとしても、まさか親である国王を……! 慈悲深く心優しい国王を……! ああ、考えただけでも
ユリア王妃が嗚咽しながら涙を流し始めた。
その姿に、傍聴席が同情の涙を流し始め、すすり泣く声まで聞こえて来た。
ユリア王妃は、リンゼが要らぬ反論をする前に、裁判を終わらせようとしている。
その時タイミング良く、最前列に座った一人の男が声を荒げた。
「そうだ、もうこれ以上は争う事は無いだろう! 有罪にしろ!」
遠くに離れた所の男も、続いて叫んだ。
「有罪だ! その国を裏切った姫を有罪にしろ!」
この二人の野次は無責任な傍聴人達に火を付けるには十分だった。
その二人の男の言葉につられて、傍聴席から「有罪!有罪!」「有罪!!」と喚きだしたのだ。
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