第1話 幼少期



 エイミーはイギル国の姫だったが、姫として生まれた事に何一つ優越感を感じた事は無かった。


 物心ついた時には母は亡くなっていて、8歳の時に来た後妻・アグナ国の元王妃ユリアには三人の姉が居た。


 ユリアは三人の娘を生んだとは思えないほど美しい女で、エイミーと出会った時は既に四十を越えて居た筈なのに、瑞々しい黒髪に切れ長でスッと整った瞳、妖艶な雰囲気を醸し出す不思議な魅力を持つ女性だった。


 継子のエイミーは当然可愛がられず……かといって、虐められたり嫌がらせをさせられる訳でも無く、着かず離れずの関係を築いていた。


 しかし時折、ユリアから向けられる冷たい眼差しは感じていた。


 ――自分だけはユリアの娘では無い。


 姉達に比べれば、愛情が乏しくて当然だ。

 幼いながらもエイミーはそう理解し、義母の愛の無い視線を感じても、それを致し方無い事だと諦めていた。


 しかし義母の愛を貰えなくても、国王であるアルベルトはエイミーに溢れる程の愛を与えてくれて、エイミーもまた、父親の事をこの世で一番愛していた。


 そしてアルベルトも実の娘であるエイミーを特に愛していたのだ。


 賢いエイミーは父の愛情に喜びを感じつつも、義母や姉達が嫉妬しない様に「自分が国王に愛されるための大義名分」が必要だと感じていた。


 自分だけが愛されているのは、家族という名の円が歪む。

 丸く収めるための愛される理由が必要だと。

 

 だから、エイミーは勉学に励む事にした。


 幼くても聡明であれば、国の次期女王としての器を認められれば、国王に溺愛されていてもおかしくない。


 9歳のエイミーにとって、国の政治や内情よりも、自分の目の前にいる家族が仲良く暮らす事の方が大事だった。

 だからこそ、猛勉強に勤しむ日々が始まった。


 亡くなった母譲りの美しいブロンドの髪をひっつめて、夜中まで暗闇で本を読んでいた事で視力が低下し、眼鏡をかけ、その地味な姿に召使いの子と間違えられながらも必死と家族のために勉強した。


 そんな風に勉学に励むエイミーに国王は感激し「うちの娘は最高だ!」と感涙する。

 その涙する親馬鹿の国王を傍目に側近である、宰相のエルレーンは溜息をついた。


「はあ、実に羨ましい。うちの息子にも爪の垢を煎じたいものです」


「ほう? エルレーンの所にもエイミーと同じくらいの息子が居るのか?」


「はい、今年で12歳になるリンゼという息子が一人います。数年前から聖ミハエル学院へ通っていますが、最近は学校をさぼる様になってしまって……」


 聖ミハエル学院はイギル王国の貴族が通う、所謂いわゆるお坊ちゃま学校だ。


「……なるほど。では、垢を煎じてやろうか」

「は?」


 国王がニマニマと何かを企む微笑みを浮かべる。


 ――国王のアルベルトは、エイミーが勉学に励むのを喜びつつも、彼女が同年の子と全く遊ばず、いつも一人で居た事を心配していた。


 三人の姉達も少し年が離れているせいか、一緒に話したり遊んだりする事も無く、食事の時に顔を合わせる程度だった。


 何よりも恥ずかしがりやで大人しいエイミーは派手な姉達に気後れしている様子だった。その上、子供のエイミーにはまだ早い会話……どこぞこの殿方が素敵とか、下賤な痴話話、流行りのドレスやお菓子の話では、幼いエイミーが入る隙間など少しも無かった。


 かしましく話す姉達からポツンと離れて、食事をするエイミーの姿を見て、国王は彼女に親しい友人を作ってあげたいと思っていたのだった。


 

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