第14話 頭の良し悪しは言動に出る。
クローゼットの中では、樹貴と緋奈がぎゅうぎゅうに押し込まれている。
「……暗いし、狭いなぁ……」
「ちょっと、喋らないで……! よく分かんないけど、弟にバレたら……」
「多分、もう部屋にはいないよ」
「は?」
「会話、聴かれたくなかったみたいだし、念の為、部屋の外に出してると思う」
言われた緋奈は、そーっとクローゼットから部屋の中を覗き込む。確かに、二人の姿はない。
「今のうちに、なんか作戦あるんでしょ? 教えてよ」
「あ、あー……うん。まぁ良いけど……」
言って良いものだろうか? 言ったら拒否されるんじゃないだろうか……と、不安になっ……。
「女装でしょ?」
「わかってたん!?」
「いや他にないじゃん」
流石、優等生。良い読みをしている。
「服は小野が戻って来るまで貸せないだろうし……今のうちにメイクでもするつもりかな?」
「うぐっ……せ、正解……」
「よろしく」
「え……」
堂々と目を閉じて、自分の前に正座する。ホント、どこまでも堂々としているが……その、羞恥心とかないのだろうか?
「あの……良いの? その……」
「仕方ないでしょ。そもそも今日は迷惑かけてんだから、俺達に言える文句は何もない」
「……」
いや、今回一番の戦犯が言えたことではないが……そこまで樹貴が従順になることもない気がするが……。
「……な、なるべく薄めにしておくから……」
「どうも。……ちなみに、化粧って家で落とせんの?」
「落とし方は帰り道にレクチャーするし」
「ありがと」
……なんか、ちょっと責任感じないでもない……。
とりあえず、メイクをする。元々、素材の良さもあるから、そもそも化粧をする必要もないくらいなのだが……まぁ、女装しているのが樹貴であることを隠すためなので、ちょっとだけ別人に見えるように手を加える……。
「……」
まつ毛、長い……なんだ、この子のまつ毛。あと、肌も綺麗。柔らかすぎて、少し触り心地が良すぎる……。
あれ、ていうかこれ……ほんまに男の子? と、勘ぐりたくなるほどだ。
男子が嫌いな緋奈が、樹貴とはそれなりに話せる理由は……何となく、樹貴の外見も理由の一つとして含まれている気がする……。
そんなことを思っている時だった。
「もう終わった?」
「っ!? き、急に目を開けんなし!」
「え、俺別に目からビームとか出ないよ?」
「どんな例え!? い、いいから、終わったら言うから、黙って目を閉じてて!」
とのことで、そのままメイクを続けた。
完了。……なんか、やはりちょっと可愛いのが困る……。この子、なんで男の子なの? なんて不思議に思ってしまうほどなのだが……。
「終わり」
「サンキュー。どう? 男に見えない?」
「うん」
「マジかー。そのツラのまま俺とか言っちゃマズいよね。アタシ……いや、私か」
この顔で合理的なことを言い出すし……何を言っても、正直似合わない気がする。
さて、そんな時だ。部屋に朱莉が入って来た。
「ごめん、お待たせ……って、わっ……大沢、綺麗……!」
「それ褒めてるつもり?」
「あ……ご、ごめん。メイクしてるってことは……女装して帰るって事で良い、んだよね……?」
「ごめんね。ほんとは同級生の男子に服なんて貸したくないだろうに」
「い、いやいや、気にしないで! 半分はこっちの都合なとこあるし!」
「当たり前だけど、服は洗って返すから」
と、話しながらとりあえず朱莉はボーイッシュ系の服になるよう、選んで出した。
そのまま一度、樹貴と緋奈は部屋と廊下で素早く着替えを終えると、部屋を出て足音を立てずに玄関に向かうことになった。
「玄関の音出たら、弟は気付くんじゃないの?」
「とりあえずバレないで家から出れたら、それで良いから。あとはどうとでもなるし」
「あそう」
傘を持って家を出る電撃作戦……決行だ。
×××
なんか姉の様子がおかしいなー、なんて弟の蒼葉はぼんやりしていた。やたらと忙しないというか、少し焦ってるように見えたというか……まぁ、昔からお淑やかに見えてヒキが悪い人だから何かあったんだろうな、というのは察していたが。
まぁ、もしかしたら友達が遊びにきているのかもしれない……なんて少し勘繰る。
……見てみたい。高校に入って初めての友達じゃないだろうか? それに、一人は男の人だって話だし……。
なんて思っている時だ。玄関が開く音がした。
「!」
ヤバい、もう帰ってしまう……! 慌てて部屋を出ようとしたが、間に合わなさそうなのでベランダに出た。
顔だけでも見ようと目を凝らすと、それらしき人物は二人、もう傘をさして歩いて行ってしまっていた。
両方とも女の人……だろうか? まぁ、異性が相手だとうまく話せないので、助かったと言えば助かった……なんて思っている中、ふとこちらを片方の女性が振り返った。
黒い短めの髪で、一瞬男の人かと思うほど、女性にしてはクールな表情。姉と同じような化粧で、おそらくリップクリームしかつけていないのだろう。
その人は、こちらを見ると「しーっ」と言わんばかりに人差し指を口元に添えた。
直後、胸の奥に何かが突き刺さった気がした。
「……っ!」
綺麗……と、頬が赤くなる。ヤバい……あの人、すごく綺麗……。
心臓がドキドキと高鳴り、顔が熱くなる。あの人も……姉の友達だろうか? ということは高校二年生……にしては幼く見えるが、なんにしても……その、お知り合いになりたい……なんて思ってしまう。
「ふぅ〜……ごめんなさいね、蒼葉。お待たせ……」
「姉さん、あの人達友達?」
「ひょえー!」
相変わらずのリアクションだ。この姉のお淑やかさは何故、もう少し落ち着いていられないのだろうか?
いや、そんなことよりも、だ。あの女の人のことだ。
「黒い髪の人……友達なんだよね?」
「うっ……そ、そうだけど……」
「名前と、趣味と……あと、名前教えて」
「え、あの子二つ名とかないけど……なんで?」
「……」
「……えっ」
振り返ると、何かを察したような声を漏らされた。
×××
四覚高校には、一年を通して学校全体を巻き込んだ三大イベントがある。
それが「体育祭」「文化祭」「マラソン大会」の三つ。それぞれ一学期、二学期、三学期に設置されており、もうすぐその一つ目、体育祭が近づいて参った次第である。
今日のロングホームルームではそれについて話すことになると思うが……まぁ、朱莉と緋奈と同じ何かに出る事だろう。
朱莉といえば、雨に降られた金曜日以来の学校だし、借りた私服と着ぐるみを返さないといけない。
学校が始まるまでの間、しばらく時間を潰している時だ。
教室に、後藤哲二が入ってくるのが見えた。
「……」
「……」
よくサボる、を自称していた割に、最近は学校に来るが、あまり話したりはしていない。用事とかないからこっちから話しかける事はないし、向こうもこっちに話しかけてくることはない。
ま、別にどうでも良い。少し喋った程度の仲だし、なんなら「仲」と呼んで良いのかさえ分からないし。
ぼんやり黒板を眺めていると、机の前に誰かが歩いてくる。目の前でやたらと険しい表情で自分を見下ろし、腕を組んで立っていたのは……朱莉だった。
「あ、小野。おはよう」
「……おはよう」
「この前、ごめんね。世話になった。これ、借りた服と傘と……あと、お礼のお菓子」
「……」
机の上にそれらを揃える。すると、ちょっと表情が緩んだ。怒るに怒れない、という表情だが……怒りを収めるご機嫌取りのために用意したわけではなかったのでこちらから聞いた。
「で、なんで怒ってんの?」
「あんた! うちの弟に何したの!?」
「は?」
何って……と、腕を組む。何かした覚えなんてない。
「何もしてないけど」
「嘘つかないでくれるかしら!?」
「ついてないよ」
「じゃあ……なんで、なんで……!」
「え、何かあったん?」
「なんでうちの弟はあんたに恋してんのよ!?」
「……」
全くもって心当たりがないが……一気に教室内がざわついた。相変わらず声が大きい奴だ。
この場で話を聞いてやっても良いが、それだと女装の件も教室内に広がる可能性がある。
「……ついてきて」
「説明あるんでしょうね?」
「努力するから」
二人で、樹貴が持ってきた物をロッカーにしまってから、そのまま屋上につながる階段に向かった。ここなら誰かに話を聞かれることはないだろう。
「で、なんだっけ?」
「だから、弟が……!」
「ああ、はいはい。……こっちが聞きたいんだけど。まず何があったのか詳しく」
「……」
恋したって……と、少し困る。まず顔を合わせたことがないし……まぁ、窓から見てたから、朱莉に気付かれなかった事にするために「しーっ」と秘密にして、という意味で人差し指を立てたが、そんなことで惚れる男はいない。
「……弟が、やたらと聞いてくるの。あなたのこと」
「上野じゃなくて?」
「あなたの事。黒い短髪なんてあんたしかいないでしょ」
「まぁ……」
それはそうかも、と思いつつ、樹貴は尚更困る。だって理解出来ないし。
「いや、でも俺のこと聞いてくるだけで、なんで恋してるって?」
「顔を赤くしてモジモジしながら聞いてきたら誰だってそう思うでしょ!」
「風邪引いてたんじゃね?」
「引いてない!」
「じゃああれ、顔をペンキで塗ってたとか」
「なんでそんなことすると思ってんのよ!?」
「エロ本読んだばっかだったとか」
「人の弟を思春期みたいに言わないで!」
「思春期だろ」
「あの子に思春期なんて一生、訪れないから!」
困った、この人思った以上のブラコンである。まぁ、でも自分もエロ本とか読んだ事ないし何とも言えないが。
「でも、本当に俺に心当たりないよ。窓から見送ってくれた弟さんと顔は合わせたけど一瞬だったし」
「……ほんとに他に何もないの?」
「ないよ」
「……」
残念ながら、心当たりはない。あればこの後どうしようか、みたいな話もしようがあったが、全くないのだ。
「……そっか」
「ま、恋愛なんて精神疾患みたいなもんだから。会わなければそのうち忘れるでしょ」
「いやそれはどうか分からないけど……忘れるってのはそうかもね」
とのことで、ひとまずその場は解散になった。
「じゃあ、ひとまずしばらくはうちに来ないようにしてね」
「理由がないと行かないでしょ。異性の家なんて」
「まぁ、そうね」
そんな話をしながら、教室に戻った。
×××
ロングホームルームの時間。
「そんなわけで、今日は体育祭の出場種目について話し合うぞー」
中野梨奈先生の一言で、朱莉はそういやそんな時期か、と一息漏らす。運動は苦手でも得意でもないが、去年はあまり良い思い出はなかった。基本的にスルーされていたし。
だが……今年は友達と言える二人に出会えた為、ちょっと楽しみだったりする。
「体育祭の種目は……まぁ、体育の授業で聞いてるかもだけど、クラス競技が綱引き。男女別競技が、男子は騎馬戦で女子が玉入れ。あとは各々、一種目ずつ出てもらうからなー」
だ、そうだ。一種目ずつといっても、ほとんどがチーム競技で男子と女子、二人ずつ選ばれる。
つまり、好きな人同士で組まされることになるのだ。
案の定、スマホに連絡がくる。
ヒナ『何に出るん?』
三人のグループにメッセージ。まぁ、正直三人で組めるならなんだって良い。
AKARI☆『なんでも良いかなーって。三人で組むなら競争率低い競技が良いんじゃない?』
大沢『なるべく疲れない奴が良い』
この男は何を言っているのか。体育祭の意味をわかっているのかも怪しい。
ヒナ『バカなの?』
ヒナ『これ体育祭なんだけど』
大沢『走らされなきゃなんでも良いよ』
やっぱりバカだこいつ、と毒が漏れる。何言っているのか。
ヒナ『だから体育祭だっつーの!』
大沢『影の応援団が良い』
ヒナ『何これ?』
大沢『表には出ず、姿も見せず、陽を浴びることはなく、ただ裏で心からの願いを唱える真の応援団』
ヒナ『それ結局何もしてねーだろが!』
全くである。聞こえの良い言葉を並べたって、現代文が得意な緋奈には効かない。……というか、樹貴はどんだけ体動かしたくないのか……。
「……あはは」
少し笑みをこぼしながら、朱莉は手を動かす。
AKARI☆『じゃあ、障害物競走は?』
ヒナ『あ、良いじゃん。あんま走らなくて済むかもよ』
大沢『足以外も使う競技じゃん。全身疲労骨折してほしいの?』
その返事でして欲しくなったまである。どんだけ動きたくないんだ、と呆れてしまう。
ヒナ『てか、去年は何に出たん?』
大沢『去年は借り物競走』
それは数少ない個人種目の上、借り物のテーマ次第では足が遅くても勝てるものだ。
なるほど、と理解したが、それは残念ながら三人で組めるものではない。
AKARI☆『障害物競走の内容、そんなにハードだったっけ?』
大沢『覚えてない。去年は2時くらいに熱中症でぶっ倒れてたし』
ヒナ『ダサっ』
大沢『長期休みのたびに補習受けてる人に言われたくない』
まったくだが、頭に来た緋奈は自分の席から樹貴の席を睨みつける。
マズイ、と思ったので、すぐに返事をした。
AKARI☆『じゃあ、とりあえず三人で障害物競走にしない?』
大沢『なんで三人で同じ競技出るの確定してんの?』
ヒナ『良いっしょ別に』
ヒナ『文句あるわけ?』
大沢『いや別に良いけども。借り物競争が良かった』
AKARI☆『却下』
残念ながら、そうはいかない。自分も、知らない男子よりは樹貴と組みたいものだ。勝ち負けより楽しみたいから。
大沢『じゃあ、負けても俺の所為にしないでもらう誓約書書いてもらうから』
ヒナ『それはもういいし!』
よし、決まり。あとは立候補するのと、他に候補者がいないことを祈るだけだ。
×××
と、いうわけで、参加メンバーが黒板に記された。
『障害物競走』
・小野朱莉
・上野緋奈
・大沢樹貴
・後藤哲二
な、なんでええええええ! と、朱莉は頭を抱える。
後藤哲二と言えば、良い噂を聞かないクラスメートだ。しょっちゅう学校をサボり、そのサボりのたびに他校との喧嘩。
その喧嘩も負け無しで、売られるたびに集団の男達を返り討ちにして来たリアルアウトローだ。
そんな人と……自分が同じ競技に……考えただけでも、少し怖い。もし負けたら……。
だが、身震いさせる暇はない。この後は体育だからだ。
「はぁ……」
「おーのちゃんっ、着替え行こ?」
「あ、うん……」
ため息をついていると、緋奈が声をかけてくれたので移動を開始する。
「どうかしたん?」
「いや……まさか、体育祭であの人と同じになるとは……」
「あー……後藤?」
「そう……」
正直、怖い。ただでさえコミュニケーションは得意じゃないのに、相手はヤンキーオブヤンキー。負けたら自分の所為にされそうだし、練習中もミスを重ねると怒られそうだし、下手したら殴られそう……。
「怖いん?」
「正直……今日からよりにもよって体育祭の練習とか……しんどいだけじゃんー」
「大丈夫、アタシが守るから」
「えー……守るって、喧嘩とかしちゃダメだよ? あんなのに勝てないんだから……」
「大丈夫」
なんか……ヤケに自信ありげに見える。あの喧嘩お化け相手に? もしかして……何かあるのだろうか?
そういえば……漫画で最近、流行っているのは……。
「もしかして……緋奈さんって、どこかの国の殺し屋とかだったりするの!?」
「え……何言ってんの?」
全然、違った。なんか非常に気恥ずかしい思いをしてしまった。
「ほら、いいから行くし。着替え」
「うん」
そのまま二人で更衣室に向かう。男子は教室で着替えるが、女子は更衣室に行かないといけないのだ。
そういえば……緋奈の胸元。前までは割と膨らんでいたのだが……なんか今日のは少し控えめだ。もしかして……パッドを小さくしたのだろうか?
「そういえば、緋奈さん。胸なんだけど……」
「ああ、うん。取ったわ。割と邪魔だったし」
「そ、そうなんだ……どうして?」
「ん……まぁ、なんとなく」
……やはり、邪魔だったからだろうか? よく分からないが、まぁそれはそれで良いのかもしれない。本当の自分を曝け出すという事なのだから。自分とは大違いだ。
そうこうしている間に、更衣室に到着したのでさっさと着替えた。
「……」
「……」
そんな中、後ろを女子三人組が通る。元々は四人組だったグループで、緋奈が抜けたことで三人になってしまった組だ。
後ろをすれ違う中、二人とも思わず黙る。ちょっと同じクラスにいると気まずい感じもする……が、そのまま無視。どうすることも出来ないから。
「……ふぅ」
「ごめんね。小野ちゃん」
「え、な、何が?」
ため息が聞こえてしまったのだろうか? 思わず謝られてしまった。
「……アタシが、絶交しちゃったから」
「ううん。緋奈さんの所為じゃないよ」
「だ……だと良いけど……」
そのまま二人とも更衣室を出た。
そう……緋奈も「アタシが守るから」とか言っていたが、普通に傷つきやすい女の子なのだ。ならば、守られるのではなく、朱莉も普通に接することができるようにしなければ。
そんな風に思いながら、二人で校庭に出た。男子と体育なんて体育祭以外でないので、ちょっとソワソワ……。
「だーかーらー、テメェは何なンだって聞いてンだよ!?」
「前々から思ってたんだけど、なんなんだって質問こそ何? それとも、俺のことをナンだって言ってる?」
「なワケあるか! なンでいきなりテメェをパン認定しなきゃいけねンだよ!」
「しなきゃいけないなんて言ってないよ。てか人をパン認定しないといけないって何?」
「テメェ……話しててこン何イライラさせられる奴ァ初めてだぜ……!」
「痛い痛い。アイアンクローは痛い。目、飛び出ちゃう」
すげぇ、ホントあいつは怖いものなしだな、ともうホント感心してしまう。
まぁ、確かにあのバカが黙るという絵は想像できないけど、でもそれがヤンキー相手でもあれなんだ……と思うと、もはやあれはあれでヤンキーよりタチが悪い気がする。
「どうしよう、あれ……」
「……」
「あれ?」
隣に声をかけたつもりだったのだが、緋奈はツカツカと平然と歩いていった。
え、ま、まさか……あの中に入るつもり? と、冷や汗を流したし、その懸念は大当たりだった。
「ちょっと、後藤。その子あんまいじめるのやめてくんね? ムカつくのは分かるけどアタシの友達だから」
言いながらアイアンクローをキメる哲二の手を、緋奈は掴んでそう言った。
超堂々と言った! と、唖然としながらも、明里も慌てて緋奈の後ろに控える。
言われた哲二は「あ?」と片眉を上げる。
「テメェには関係ねェだろコラ。てかムカつくの共感出来ンなら良いだろ殺すぞ」
その眼光は直接、朱莉に向けられたものでもないのに恐ろしいものだった。少し冷や汗をかいてしまうほどの。
だが、緋奈はそんなものどこ吹く風。そのまま平然と言い返す。
「うるさいし。トモダチいじめられてんのに、カンケーないからって口出さないワケないっしょ。ムカつくの分かってもそれとこれとは別だから」
緋奈はご立腹の様子で睨み返す。当然、哲二も睨みながら言い返した。
「相変わらずのお節介だな貧乳。俺がムカつく奴に何しようが勝手だろうが」
「少なくとも、アタシと小野ちゃんのムカつく奴をいびんのは許せないっしょ」
「ムカつくあいつはともかく、他のムカつかない奴なら良いってのか? ア?」
「今、他の人の話してないから。そのムカつく奴の話してるから」
「どうしよう、俺も段々、お前らにムカついてきた」
「あんたは黙ってて」
「オマエは黙ってろ」
「え」
二人に黙らされるムカつく奴。ちょっと可哀想になってしまったので、哲二と緋奈がまた口論を始めている間に、そそくさと移動して樹貴の横に立った。
「……大丈夫? 頭」
「ん? ……ああ、平気だよ。加減してくれてたし」
「なら良いけど……」
いや……それよりも気になることがある。なーんか二人の話を聞いていてふと思ってしまった事だ。
「ていうか、ちょっと他人よりフィジカル強いからって強気に出て恥ずかしくないワケ?」
「テメェに言われたくねンだよクソノッポ」
「はぁー!? あんたよりは背、低いし! 筋肉ゴリラ!」
「うるせェよ貧乳!」
「ああ!?」
この気安いやりとり……緋奈も樹貴と知り合ったばかりの時は、割と遠慮せずえげつないことを言ったりしていたが、それとはまたなんとなく違う気がするような応酬……同じことを思ったのか、樹貴も少し意外そうに目を丸くしていた。
「ねぇ、大沢……」
「うん。もしかしてこの二人……」
幼馴染……という奴なのかもしれない。
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