第43話「情報および歴史」

時間が飛びます。

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――オルシニア王都。バリオット宮、政務室において。


 部屋の主人が机につきながら淡々と言った。


「――それで、災厄によるカルニスへの被害はどれほどになった」


「は。報告いたします」


 答えたのは、主人の正面に立っていた男だ。見るからに文官であり、一礼したのち、手元の資料に目を遣りつつ口を開く。


「既に明らかになった限りでは、バスディオ山周辺部で果樹の葉および実が黒く染まる被害が出ており、その数は推定で1万にのぼるとのことです。また、実が枝から落ちて潰れるといった被害も報告されており、収穫間近であったグローム葡萄の実、他、様々な果実で同様です」


 その報告に部屋の主人――オルシニア王国第2王子グスターヴは眉をしかめる。


 それというのも、少し前に受けた報告より被害を受けた果樹が約3倍に増えていたからだった。元から増えることは予想していたが、その振れ幅が彼の想定よりも上回っている。


「これほどの被害がでるとはな……」


 彼は静かに独り言ちた。







――カルニス南部で災厄、すなわちバスディオ山の噴火が起こってから。


 実に3






 災厄が起こった当初、王都においては事態を軽視するような向きさえあった。だが、それは情報の伝達が遅れていただけのこと。


 王都からカルニスへと人が派遣され、次第にそのが知られるようになると、国は本腰を入れて対策を打つ必要があると判断。


 オルシニア国王は第2王子グスターヴを責任者に据え、事の重大性を内外に示すとともに迅速な対応をグスターヴに命じていた。


 そのような経緯で、今、彼の元にカルニス各地から事の次第が報告されている。


「――併せて、これはカルニス領の領主や商人からではありますが、家屋の屋根や壁に穴が開いた等の報告が上がっております。また、空より飛来したつぶてによって幾人かが怪我を負った、とも。しかし、幸い死者はでておりません」


 あくまで身分の高い者たちに死者がいない、というこの報告に、グスターヴは一瞬瞑目し言葉を押し出すように言う。


「……で、あればもっと階級の低い民には更なる被害を受けた者たちがいよう。その数も可能な限り把握しろ。あまりに多ければ、対策を講じる必要がある」


「は。引き続き調査いたします」


 文官は従順に頷いた。


「また、熱せられた岩がバスディオ山より吹き出た、とのことでして。それが農地に達した村が1つあり、そちらではバイガルが火にまかれて燃えたほか、岩が冷めてから撤去作業に入るため、最悪は来年の作付けにも影響が出かねないとのこと。その他、降り積もった灰を排除するのに人手が足りない地域も確実に出ると」


「そうか……」


 この報告に、グスターヴは国の税収が多少落ちることは元より、その村の農民らの意欲が削がれることを懸念した。

 可能であれば砦から軍を派遣し、人手を提供する、といった手段も視野に入れる。


 次いで、グスターヴが気にしたのは“王国の食糧庫”について。


「――西部イルドアに被害は」


 相手も心得ており、間もなく言った。


「は。イルドアにおいてもカルニスに隣接する土地で多少バイガルが灰を被り、黒みを帯びたそうですが、今後雨が降ればほとんど問題なくなるだろうとのこと。それ以上の被害は特にないようです」


「そうか」


 これに、グスターヴはひとまず愁眉を開き、青灰色の瞳を和らげる。

 

 文官も緊張を緩めつつ、言葉を継いだ。


「そして、これが最後の報告になりますが、カルニス方面の砦各所に近隣から庇護を求める民が集まっているとのことです。こちらはどういたしますか」


「――当然、砦の備蓄食料および救護物資の開放を許可する。また、順次王都からも物資を運ばせる旨、伝えておけ」


「は。承知いたしました」


 迷いのない判断だった。


 とはいえ、既に災厄が起こってから1カ月弱が経過しており、カルニス各地での混乱は極まっていることだろう。


 ちなみに、4し、いる。


 また、未だだが、様々な被害がカルニスやその近隣で報告されていた。

 

 トップが許可さえ出せば全てが動き出すのが君主制の優れたところだが、今回はその速さをもってしても、被害地域の広さ・多様さのために対応が後手後手に回っているのは否めない。


「――加えて、カルニスに対する税の軽減を早急さっきゅうに陛下に奏上する。先の情報をまとめ、俺の元に上げろ」


「は。すぐに」


 頭を下げた文官は、退室の許可を取り次第、機敏に身を翻した。


 速さを貴ぶ第2王子殿下が“早急に”と表現したのだ。命じられた文官は走り出さないまでも、グスターヴが満足するレベルで素早く退室していく。


 それと入れ替わるように、室内に入ってきたのはグスターヴの乳兄弟であるリアム・ライブルクだ。


「何用だ」


 執務机に拡がる決裁書類へ視線を向けつつ端的に言ったグスターヴへ、リアムは同じく端的に告げる。


「王国書庫より、前回の災厄に関する資料がまとまったとのこと。お持ちいたしました」


「そうか。寄こせ」


「は」


 グスターヴは、事の優先順位をこちらが上と判断。彼はすぐにも数枚の紙をリアムから受け取り、素早く、そして正確に、その中身へと目を通していく。


――だが、彼でなくとも目を通すのにそう時間はかからなかっただろう。


 資料はそれほどの分量でしかなく、ましてやグスターヴにかかれば数秒とかからずに結論が出る程度のもの。


 そして。


「――ッハア……」


 最後まで目を通し終えると、グスターヴは感情を押さえつけるように息を吐いた。


「……リアム、書庫番がこれを持ってくるのに何日かかっている?」


「は。殿下が命じられてから今日で16日になります」


 その答えは、グスターヴ自身の記憶とも齟齬はなかった。

 それを確かめた彼は、自らの額を掴んで呻く。


「――ああ、まったくッ。……これを持ってきた者は未だ留め置いているか」


「はい。殿下」


 淡々と返る答えに、グスターヴは鋭い一瞥とともに指示を出す。


「ならば、伝えておけ。“この程度の情報を上げるのに一体何日かかっているのだ、このマヌケども”と」


「……」


 王族としては中々に強い言葉での叱責に、思わずリアムも咄嗟に黙る。

 一方のグスターヴは忌々し気に顔を歪め、なおも言葉を継いだ。


「災厄の前触れが起こっていることは既に王国書庫にも伝わっていたはずだ。それを……」


 一旦言葉を切り、苛々とグスターヴは言う。


「“カルニスの領主らが最も早くそれに気づき、報告してくるのはよしとしても。その後、予測される被害について、記録をもとに編纂し、警告するのが本来の貴様らの役目だ、穀潰し”とも奴らには伝えておけ」


「……承知いたしました」


 今度はリアムも淡々と頷き返し、一方のグスターヴは、一転して語気を抑えて自嘲する。


「――とはいえ、俺も予めこれを把握しておくべきだったと今、反省している。防げない事と判断しながら、その後の民の被害についてもっと考えを深めておくべきだった、とな。……やはり、歴史を学べば将来も容易く見通せよう」


「……引き続き、当時の記録が他に残っていないか、書庫番どもにあたらせろ」


「は」








 ここで退室の許可を願いかけたリアムは、グスターヴが再び口を開いたことで押し黙る。


「それで――」


 一方のグスターヴは空気を変え、何の感情も籠らない声音で言った。


「――あの亜人の身柄については、その後どのようになっている」


 この問いに、リアムは忸怩たる想いを現わして目線を下げた。


「……申し訳ありません。手を尽くしておりますが、依然として行方は掴めておりません」


 これへ、グスターヴは苦々し気に顔を歪めて言った。


「……死んだ可能性はどうだ」


「――その問いにしかとはお答えしかねます。が、恐らくそうではないか、と」


「……」


「これほどの長い期間、王都にも戻らず、どこにも姿を見せていないことは分っております。任務失敗を恥じて身を隠すにも、地方に縁故の無いシルバーニ卿に、これほど長い期間潜伏できる場所があるとは思えません」


「……」


「……少なくとも、この都に戻ってこないのであれば、殿かと」


「――そうだな」


 リアムの進言に、グスターヴは頷きを返して瞑目した。


「では、リアム」


「は」



 その主語の無い指示でも、リアムは正確に理解し頭を下げる。


「は。承知いたしました」


 


――そうして、受けた指示を完遂すべく、彼もまたグスターヴの御前より退出していった。






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