第27話「詠唱魔術」

視点:3人称

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――しかし。

 

 相棒アルフレッドを見送って数秒、宵闇はハッと目を見開く。


「……ちょっと待て。ハクさんとアルの相性、得物的には良いけど……、性格的に最悪じゃねえか?」


 確かに、言葉が足らない部分が多々ある2人だ。自己主張が食い違った瞬間、連携が瓦解する様が目に浮かぶ。


 とは言え――。


「……まあ、今更どうしようもねえけど」


 他に打てる手も無し。

 一抹の不安を感じながら、男はやるべきことを済ますべく村の一角へと足を向けるしかなかった。





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 ハクと巨大な魔物が激しくせめぎあう場へ、1人の青年――アルフレッドが駆け寄っていく。

 その足は軽やかに動き、怯えなどは微塵もない。


 やがて、攻防のリズムが切れたその瞬間――。


 彼は躊躇なく魔物に斬りかかった。


 同時に、ハクへ端的に告げる。


「こいつを誘導します。協力を」

 

 一方、アルフレッドの接近を察していたハクはこの瞬間数歩退き、場を彼に譲っていた。


「何か策でも?」


「ええ」


 ハクの問いに短く答えた青年は、興奮した魔物が突き出した腕を、剣で逸らして回避する。更には踏み込んで跳躍し、鋭い回し蹴りを頭部へ加える。


 ドガッという重い音。


 かなりの衝撃があっただろう。

 空中にありながら、体重の乗ったこれ以上ない蹴りだった。


 実際、ドオッと相手は地に伏し、対するアルフレッドは反動を利用しクルリと背後へ一転する。もちろん、着地に危なげはない。


 彼は油断なく下がり、ハクと並んだ。


 魔物は起き上がろうともがいていたが、脳震盪のうしんとうでも起こしたのか手間取っている。


 その隙に、アルフレッドは現状を説いた。


「生憎、準備はこれからですが、そう時間はとりません。クロから合図が来次第、指定の地点へ誘導します」


 チラリと黄みの強い双眼が向けられる。


「それまでは時間稼ぎ、と」


 多少、息を整えつつ青年は頷く。


「そうです。……こいつがほとんど消耗しないことはもう気づいていますよね」


「確かにそのようだ」


 淡々と返る肯定。

 アルフレッドも油断なく敵を見据えつつ、静かに言った。


「クロに言わせれば、あいつは貴方たちと同じ存在生物の枠外になりかけている、と」


「ほう」


 その言葉には、ハクもまた「面倒なことになった」と眉をひそめた。

 何しろ、自分自身がどういう存在なのか「死」から縁遠いことはよくよく承知している。


 とはいえその己と同類になったという魔物に、果たしてまともに対抗する術があるのかどうか、ハクは疑問に思った。


 だが、他に代案もない。


 ましてや、アルフレッドや宵闇がこんな場で嘘を吐くとも思えない。そのくらいは短い付き合いでも確信できた。


「……ならば、そちらに乗るしかあるまい」


 ハクは答えつつ、得物を再び中段に構えた。

 魔物が再び起き上がり、威嚇の声をあげたからだ。


 奴は視界にアルフレッドとハクを捉えるや、低い唸り声をあげ飛びかかってくる。


 それをまず迎え撃ったのはアルフレッドだ。


 薙ぎ払われる丸太のような魔物の腕を、むしろ懐に踏み込んで回避し、そのまま上半身に剣を突き入れる。


 まさに紙一重の交錯。


 次いで、奴の脇下を抜けながら、慣性に従い肉を切り裂いた。


――ガアァ!!


 今までで最も大きな苦鳴が上がる。

 激高し、アルフレッドへと振り返った魔物だったが――。


「間抜けめ」


――跳躍し、魔物の死角から得物を振りかぶっていたハクに気づけない。


 刃はそのまま首元へと振り下ろされ、肉を裂いた。が、魔物も反射で回避しようとしたのだろう、骨を断つには至らない。


 しかし、首が飛ばなかっただけのこと。頸動脈は切れている。

 内臓に達した脇腹の傷と併せ、完全な致命傷のはずだった。


 拍動と同じリズムで噴き出す鮮血。

 凄まじい失血に、魔物の足元が一瞬、ふらついたように見えた。


 だが。


――ォオォオオン!!


 天に向かい、血反吐を伴う高い吠え声が響くと同時、周辺に漂う魔力が突如渦巻き収束する。


「っ」

「!!」


 間近にいたハクとアルフレッドは、当然、距離をとるため飛び退った。


 一方、雄叫びに呼応するように凝った魔力を、魔物は貪るように吸収する。やがては、大きな2つの傷口、その他、今までに負った全ての傷が、ボコボコと異様な音を発しながら盛り上がり、塞がっていく。


 その速度は驚異的だった。致命傷であっても、息絶える前に治せてしまう。


「……確かに、私たちと同類のようだ」


「あれで倒れてくれれば、楽だったんですがね」


 その様子をつぶさに観察していた2人。

 魔物が修復に労力を割いている今、絶好の攻め時とも言えたが、彼らは相手の特性を把握することにしたらしい。


 多少、辟易としながら感想を述べる。



――ただ、本来ならこんな冷静にいられない場面だろう。



 何しろ、労して与えた傷が瞬く間に治癒され、また振り出しに戻ったようなものだ。「どうすればこの魔物を討伐できるのか」そんな、光の見えない問いに絶望し、膝を突く――それが一般的な反応というもの。


 しかし、彼らにとっては半ば予期していたことだ。

 幸い体力にはいまだ十分な余裕がある。今はただひたすら、宵闇からの合図を待つだけだ。


 ハクが言った。


「先ほどの様子なら、あるいは競り勝てるか?」


「回復行動を取らせなければ、おそらくッ。しかし――」


 掴みかかろうとする魔物を散開して躱し、彼らは交互に挑みかかる。


 剣と槍を組み合わせた目まぐるしい攻防。


 だが、魔物も学習しており、もう先ほどのような失態は犯さない。


 必ず両者を視界に収めようと立ち回り、油断ならない眼光を放ち、威嚇の声を上げ続ける。


 アルフレッドはその様を見て、倦厭けんえんの息を吐いて言った。


「――この通り、思考もあれば形態も変える相手に長期戦は」


「確かに、猶予を与えるのは下策、か」


 一瞬、隣り合った隙に言い交す。

 次の瞬間、槍を振り上げハクが踏み出せば、わずかでも体力を回復しようと青年が身を引きつつ言った。


「加えて、万が一にも逃走されれば厄介極まりない」


 そこへ。

 

「アル!」


 短く呼び声が届いた。


 魔物を誘導する場が整ったのだ。


 名を呼ばれた青年はもちろん、ハクもまた気づいた。

 槍を突き出し距離を稼ぎながら言う。


「反転すれば、追うだろうな」


「でしょうね」


 そんなことを言い交わし、2人は一転、身を翻す。

 

 向かうは合図がきた方向――宵闇の元だ。

 「こっちだ!」と、大きく手を振り居場所を示す彼は、およそ50 m先の開けた場所にいる。


 なお、その手前の地面には大きな“板”が置かれていた。月光を受けて白く光るそれは、よくよく見れば村の穀物庫の大扉だったもの。


 宵闇が本来の場所から取り外し、そこに置いたのだ。


「なるほど、がお前の“媒体”か」


 駆けながらハクが呟く。


 一方、アルフレッドは肩越しに背後を見やっていた。


 目論見通り、魔物は追ってきていた。

 両腕を地に着き四つ足で駆けている。


 その長躯をもってすれば、数秒とかからずこちらに追いついてくるだろう。


 それを確認し、アルフレッドはハクに告げた。


に足止めを。術式を組みます。クロが合図したら、必ず退避を」


「いいだろう」


 淡々と了承し、ハクは指定された地点――木材が敷かれた地点で足を止めた。

 白髪を翻し、彼はひたと敵を見据える。


「またしばし、付き合ってもらうぞ」


 そうして相対したハクへ、魔物が吠えかかった。駆ける姿勢から噛みつくような体勢へ、更には立ち上がって両腕を広げ、左右への回避を防ごうとする。


 だが、ハクは怯むことなく前へ出た。


 力強く踏み込み跳躍し、魔物の頭上を越えていく。そうして通り過ぎざま、適当に斬りかかれば、魔物の注意はそちらへと引きつけられる。


 一方、目的地点まで駆け抜けたアルフレッドは宵闇と合流し、地に手を突いて一言。


「クロ!」


「任せろ」


 返ったいらえは端的だが、彼らの間ではそれで十分だった。


 身の安全をすべて託し、アルフレッドは無防備に瞑目する。

 宵闇の言葉を借りれば「魔力で媒体の内部構造に干渉し、“術式”を構築するため」だ。


 至近距離では魔物とハクが激しい攻防を繰り広げていたが、しかし彼は一切注意を払わない。

 何しろ、すぐ横には宵闇がいる。


 そうしてアルフレッドは一心に、驚異的な速度で術式を構築していく。“媒体”となるのは木の大扉。


 そこに不可視の術式が構築されていく。


 その傍ら、宵闇がやっていたのはアルフレッドの身を守ること、ともう1つ。

 アルフレッドの荒れ狂う魔力の調整だ。


 何しろ、アルフレッドは自身の膨大な魔力を制御できなくなっている。宵闇が構築した“リンク”なしでは、その魔力量に身体が耐えられず死に至る。

 

 今は本人アルフレッドの意思に応え、滾々とその体内から魔力が引き出されているが、そのうちに制御を外れ、いつかのように暴走するのは明白だった。


 だが、宵闇がそれを完璧に防ぎきる。


 この瞬間、彼はほとんど本性を現わにしていた。“獣人”とでも呼称されそうな姿をさらし、もし第三者に見られようともその時はその時、と、宵闇はアルフレッドのサポートに全力を割く。


 半ば同化しながらアルフレッドの主要な臓器を保護し、並行して、体内での魔力生成速度を完璧に制御する。更には、生み出される莫大な魔力を自らに流して滞留させる。


 そうして順次、本来の持ち主アルフレッドへと還していく。


 ほとんど神業と言っていい所業だった。

 しかし、それが平然と行われている。


 やがて、彼らの周囲で魔力が逆巻き、その高まったエネルギー魔力が魔物を取り囲むように拡がった。


 そして――。


 アルフレッドが静かに“言葉”を紡ぎ始める。


「“万物の理に従いて――”」


 それは魔術を発動させるための“詠唱トリガー”だ。


 同時に、瞬く間に流出する魔力を確実に支えるため、宵闇がアルフレッドの肩に触れた。

 それにより、一層、渦巻く魔力が増加する。


「“ものみな、生々流転せよ”」


 続く青年の声音は厳かであり、さりながら鈴を振るように美しい。

 しかし、その言の葉に従い溢れ出る魔力は決して尋常なものではなかった。


 魔物も既に異変に気づき、標的を変えようとする。しかし、ハクがそれをすかさず阻んだ。


 焦燥を含む吠え声があがる。


 対するアルフレッドは眼を開き、ひたと敵を見据えていた。そうして、術が向かうべき先を確固たる意志で指定する。


「“我はこいねがう、対象はの存在”」


 その瞬間、ガチリッとまるで不可視の鎖で四肢を繋がれたように、魔物がその場に捕らえられた。


「ハクさん!!」


 宵闇の呼びかけに、漸うハクが退避する。


 やがて、魔物を中心とし、青年の構築した幾何学模様――“術式”が地面に敷かれた材木に浮かび上がった。


 注ぎ込まれた魔力量に耐えかね、術式が発光しているのだ。更には、バチバチと放電の様な音も鳴る。


――増加し逆巻き続けた魔力が、遂にその頂点を極めたのだ。


 不可視のエネルギーが、物理的な圧を伴い、青年の身体から吹き上がる。


「“我が力、ひるがえり”」


 アルフレッドが指揮を執るように腕を振る。

 その瞬間、膨大な魔力が余すことなく術式の中心――魔物へと押し寄せた。


 奴はもはや一切の身動きも苦鳴を上げることも許されず、その体躯にピシピシとを入れていく。


 それはまるで、よくできたガラス細工がひび割れていく様だった。




――そして、最後のトリガーが引かれる言葉が発される






「“汝、消え失せろ”ッ」


――その瞬間。









 あっけなく魔物が












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