第一章 その1 機屋リューリ 『私の太陽』
今でも時々、夢に見る。
私は大樹の木陰に寄り添う蝶。
その大樹には私の巣があって心地良く、暖かな時間が流れている。
本当は分かっていた。
いずれ巣立たなければならない。
いつまでもここにいるわけにはいかない。
でも、大樹は私に優しく、いつまでもいつまでも木陰を提供してくれる。
だから私はいつまでも大樹の周りでひらひらと飛んでいた。
そこが私の世界。
それ以上の世界は、いらない。
しかし、そんな穏やかな時間は長くは続かない。
やがて大樹は枯れ、倒れ、私は一人、取り残される。
そして
やがて
私の柔らかな羽はむしり取られた。
ゴツゴツした手が私の身体を
下腹部に裂けるような熱い痛み。
やがてそれは熱の籠もった疼きへと変化し、私を支配した。
あるいは
でも、その養分は未熟な私には強すぎて、刺激的すぎた。
熱にうなされながら、間違っていると分かっていながら生きる日々。
…誰か。
……誰か。
「……リ」
……誰か。
「…ューリッ」
お日様の、光。
雲の向こう。
暖かな、光。
私は光に向けて手を伸ばす。
そうはさせないと足元で黒いおぞましい物体が私の下半身にねっとりと絡みついて離さない。
手を…。
手を伸ばす…。
その手を温かい手が包み込む。
「…リューリ!?」
聞き慣れた声に、私はハッとして目を覚ます。
暗闇の中で私を見つめる瞳。
私の恋人…と言うとこそばゆい。
ううん、違うわ。
もっと違う。
花が咲く為に日光が必要なように、今の私は彼なしでは生きられない。
…そんな事、悔しいから絶対に言わないけど、ね。
私の、お日様。
私の、
「…起こすのが遅いわ。次からは私がうなされる前に起こすこと、良いわね?」
自分の額に嫌な汗がじっとり滲んでいるのを自覚し、それを知られたくない一心で私は強がって憎まれ口を叩く。
ついでに軽く睨んでやる。
でも自分の声が
「うなされる前に起こすのは難しいよ。それなら僕を
「あなたが私の夢に出張してきなさい。もちろん毎晩。今夜はあなたが出てくるのが遅すぎだわ」
こんなにも憎まれ口が叩けてしまうのは、彼の人間性に私が甘えているから。
「それはごめん。でも登場が遅くても君の夢に僕は出ているんだね」
案の定、わへいは怒りもせずに私の額に滲む汗を拭ってくれる。
「お水でも、飲む?」
「ベッドから出ると寒いから嫌だわ。それよりも…眠い…わ」
「それなら、寝てね。まだ三時、だよ。今度は君がうなされる前に起こすから」
額に当てられた掌が私の瞼を包み込む。
暖かい。
…大丈夫、もう、怖い夢は見ないわ。
私はそう言ったつもりだった。
私はお日様の柔らかくて暖かい光に包まれながら、今度は安心して眠りに落ちる。
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