趣味は刺繍です

「いいか、三条。今までの被害者は全員がになってる。恐らくこの匣で感情のエネルギーを吸い尽くされたんだろうと、俺たちは考えてる。だが、お前がさっきあそこで殺されてたら、そりゃもう普通に殺人事件だろ」


 普通に殺人事件。なんという聞き慣れぬワード。


「ああいうことは今までにはなかった。なら、さっきのは向こうにとってもイレギュラーな事件だったはずだ。可能性は二つある。一つは、お前のクラスメイトが日頃から何かとウザいお前のことを殺したいと思う気持ちがあって、それを何とか理性で抑えていたところ、匣の力で抑えられなくなったパターン」


 あの、吉根先輩。仮定の話にしては私に棘がありませんか。まさか、先輩も私のことウザいとか思ってます?

 そんな。先輩に嫌われるようなことをした覚えなんて……盗撮した写メでミーコにトレス絵(R18)を描いてもらったこととか、先輩のメッセージアプリに男のエロ下着の通販ページのURL送りつけたこととか、文化祭の打ち上げの王様ゲームでくじに細工してボディービルダーの真似させたこととか、そのくらいしかありませんけど………………ダメだ。心当たりが結構ある。


「俺はお前のことをとっくに諦めてるが、今年からクラスメイトになった奴からすると耐え難かったかもしれない。ただ、俺たちが懸念してるのはもう一つの可能性だ」

「はあ」

「つまり、敵の狙いがそもそもお前にあった可能性。お前の持つが狙われた可能性だ」


 真面目な顔でそんなことを言う吉根先輩に、私は首を傾げるしかない。

 私が持つ、力……?


「あの。さっきからなんのことを――」

「三条さん。あのペンケースはどうしたの?」

「へ?」

 そこで、急に紫村くんが話に割り込んできた。

「昼間見せてもらったやつだよ。あの刺繍入りの」

「え、後輩の子に貸してるけど……」

「あちゃ~。それでか……」

「あの、それがなに――」

「あれね。めっちゃ強力な護符だから」

「護符?? いや、なんもそんな入ってないし。ふつーに安物のケースと百均の糸で縫っただけなんだけど……」

「そりゃ自覚もないわけだ」

「???」


 困惑するばかりの私に、吉根先輩は部屋の隅においてあった自分のスクールバッグから、可愛らしいキツネの刺繍が施されたハンカチを取り出した。

 あ。あれは私が去年プレゼントしたハンカチ。え、持っててくれてたんだ。やだ、うれしい……。


「三条。別にを持ってるかどうかなんてのは、個性の範疇だ。極論ただの多寡の問題だからな。そこらじゅうにいるとまでは言わないが、それこそ、学校探せば一人か二人見つかる程度には珍しくない。だが、それを形に具現化できるやつは、そう簡単に見つからない。これは、はっきり言って異能だ」

「え、私って異端ですか?」

「茶化そうとするな」


 だって、そんなこと急に言われても……。

 刺繍なんて中学の頃からずっとやってるし、それで何か不思議な目にあったことなんてないもの。

。まあ、信じられんのも無理ないだろ。取りあえず、これ持っとけ」

 そう言って、吉根先輩がハンカチを手渡してきた。

 あ、なんか久しぶりにみると粗が目立つな……。作り直そうかな。

「よし、広げて前に突き出せ。ちゃんと持ってろよ。もうちょい上。そう。いいぞ。その角度だ」

 なんか急に不穏なことを言い出した!

 ちょ、それ、有名な前振り――。


 ぼう。


 オレンジ色の炎が咲いた。


「ぎゃぁあああ!!!」

 

 ちょ。放火。燃やっ。えええええ!!!

 ひっくり返りそうになった私の肩が誰かに支えられた。

「大丈夫大丈夫。三条さん。燃えてないから。ほら」

 紫村くんの声に促されて目を開けてみれば、炎なんてどこにもなく、もちろん熱くもなんともない。


 私を小馬鹿にしたような目で見下す吉根先輩がいるだけだ。


「な、なにするんですか!?」

「なんもしてねえよ。ていうか、お前の悲鳴、さっきの怪異とおんなじだったぞ」

「ひ・ど・い」


 吉根先輩の掌の上で、残り火が燃えていた。

 あ、熱くないの?

「三条さん。そのハンカチ、被せてみて」

「え。やだ」

「大丈夫だから。ほら」


 意外と力強い細腕に捕まれ、無理やりハンカチをオレンジ色の炎に近づけると、被せる前に炎が消えた。熱も感じない。匂いもしない。本当に、消えてしまったのだ。


「ま、これは元々幻の炎だ。本物じゃないからどの道なんも燃えやしないが、逆に言えば普通のハンカチ被せたって消えやしない。三条。お前の作る刺繍には、を打ち消す効果がある」

「そ、そんなこと言われても……。あの、私ホントに普通に刺繍の本読んで勉強して、普通に縫ってるだけで……」

「だから異能なんだよ。お前、割と無遠慮に自分の刺繍ばらまいてるだろ?」


 それは、その通り。私の刺繍はオタグッズに見えないオタグッズとして密かに人気で、家族にも友達にも、そのまた友達にも持ってる人はたくさんいる。

「お前の身近な範囲に事件の被害者がいないのは、多分そういう理由だ」

 そ、そうなのか……?

 そう言われてみれば、心当たりは…………全くないな。

 だって、異形を打ち消す力? そんなの、なんだろう、ジレンマというのか、パラドックスというのか分からないが、とにかく自覚できるわけがない。大体さっきのだって、吉根先輩が幻でもなんでも自分で炎を出してるなら、ハンカチに触れたタイミングで消せばそう見えるじゃないか。


「それで、三条さん。ここからが本題なんだけど……」

 まだ信じ切れずに呆ける私に、爽やかなイケメンスマイルが向けられた。


「俺たちの仕事、手伝ってくれない?」




 え、やだ。

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