7月3日

窮地

「三条さんって、刺繍やってるんだって?」


 その日、たまたま英語のオーラルでペアを組まされた転校生――紫村くんが、気軽な調子で私に会話を振ってきた。

 おいやめろ。今は英語の授業だぞ。私は見知らぬイケメンと日本語で軽妙な会話が出来るほどコミュ力がないんだ。


「ぱ、ぱーどぅん?」

「I heard you do embroidery, don`t you?」

「おぅふ……」


 やめろ。その完璧なスマイルで私に微笑むな。お前スマイルプリキュアかよ。トゥンクしちゃうだろ。

 ていうか、あの、今刺繍のこと英語でなんて言った? え、えんぼぉ……?


「あはは。ひょっとして、それも自作?」

 彼が指差した私のペンケースは、確かに私が自前で刺繍を施してある。数年前に流行ったアニメのキャラをイメージしつつ、ぱっと見にはそうとは分からない図案で、密かにお気に入りなのだ。

 紫村くんは一言断った上でそれを手に取り、しげしげと観察し始めた。

 あ、ダメ。その角度から見られるとちょっとミスったところが……。


「へえ。すごーい。手先器用なんだねぇ。真似できないなぁ」

「お、男の子はこういうの、興味ないでしょ?」

「そんなことないよ。そりゃ自分じゃやんないけど。すごいなーってのは分かるし」


 やめろ。そのキラキラした瞳で私の宝物を誉めるな。お前キラキラ☆プリキュアアラモードかよ。ちょっと嬉しくなっちゃうだろ。

 ていうか、今日初めて会話したわりにグイグイくるな。これだから陽キャは困るんだ。心のソーシャルディスタンス守って。


 私が心にペケバリアを張って爽やかオーラを凌いでいると、紫村くんは更なる攻勢を仕掛けてきた。

「三条さんって、お昼はいっつもお弁当?」

「え? 特に決まってない……。今日は学食だし」

「そうなんだ。実はさ、俺、まだここの学食使ったことないんだよね。よかったらお昼一緒に食べない?」

「で――」

「……で??」


 デリシャスパーティー♡プリキュアかよ!!


 ツッコミにおけるプリキュアの汎用性をもって現実逃避をするも空しく、私は何故かクラスで今最も注目を集めている男子に連れられ、お昼を共にすることとなった。背中に、ミーコたちの生ゴミを見るような視線を浴びせられつつ。



「三条さんはさ、幽霊とかお化けとか信じる人?」

「信じない人」

「え~。即答~?」


 野菜炒め定食をモリモリと食べる紫村くんは、唇が油でテカっていても爽やかさが抜けない。私はといえば、きつねうどんを精一杯口を小さくして食べるのと、周囲から感じる視線とヒソヒソ話(ほぼ被害妄想)に耐えるのに必死で、彼との会話を盛り上げるどころじゃない。ああ、もっと音を立てて豪快に啜りたいよぅ。


「ほら、なんか話題になってるでしょ? 学校で人魂を見たとか。誰もいないはずの廊下で人の叫び声が聞こえたとか」

「紫村くん、馴染むの早いね」

「あはは。うん。転校は慣れてるからさ」

「へえ。親の仕事?」

「そんなとこ。三条さんは学校で怪奇現象とか見なかった?」

「う~ん……」


 むむ。引っ張るじゃないか。

 いや、まあ、見たよ?

 君が手の甲に引くほど芋虫乗っけて、それをお雛様みたいな女の人がくっついて覗いてたのとかさ。

 あの日以来あの光景がなかなか忘れられなくて、紫村くんのことはちょいちょい目で追っていたのだ。ふとしたタイミングで目が合っちゃって気まずい思いをしたこともある。

  

 けど、それってどうなんだろう。そんなこと正面から聞くのってどうなんだろう。

「私、霊感とかないから」

「そう? なんかぼやっとした人の影を見たとか、変な声を聴いたとか」

「ないってば」

「ふうん……。あ、ねえ見て、蝶だ」

「え?」


 紫村くんが指差した先に、瑠璃色の小さな蝶がひらひらと飛んでいた。

 食堂の卓から卓へ、幻のように儚い姿で飛んでいく小さな翅は、その軌跡に僅かな燐光を残しているように見える。


「えええ。あんな蝶いるんだ」

「……見えてるじゃん」

「え?」

「ん~。なんでもない」


 なにやら奇妙な会話だったが、悪戯っぽい目つきで微笑むイケメンフェイスに全てを誤魔化された私は、その後も「刺繍はいつからやってるの?」「文化祭で展示やるんだ。見に行くね」「俺もなにか部活やろうかなぁ」とか如才なく話を振ってくる紫村くんに付き合って、お昼を済ませた。

 なんだか食べた気がしなかった……。


 その後、なんとなくすぐに教室に戻るのが憚られた私はトイレに引きこもって昼休みの時間を潰し、五限ギリギリに戻った際に四方八方の女子から浴びせられた視線(これは被害妄想じゃない)に耐え忍び、学業に勤しんだ。

 その日も放課後は部活に顔を出し、私の刺繍を真似したいという後輩の子にペンケースを貸したり、吉根先輩に甘えすぎてキレられたりして、その日一日の学校生活を終えた。


 終えたはずだった。



「ねえ、昼休み、コンちゃんと何話してたの?」



 校門前で待ち伏せしていたクラスメイトの女子に捕縛され、体育館裏に連行されるまでは。

 ひぃぃいいいい~~~~。 

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