017 装甲車

 公爵とシャーロットは囚人護送用の馬車に乗せられようとしていた。それを見た野次馬たちは顔を真っ赤にして詰め寄った。


「おめぇら、公爵様とシャーロット様になんてことするんだ!」


「公爵様を縛るなんてこの罰当たりが!」


 騎兵隊は武器を振り回して近づかないよう威嚇する。しかし大衆の勢いは留まるところを知らず、暴動に発展するのは時間の問題だった。


「やめないか!」


 大衆を一喝したのは公爵だ。


「私とシャーロットは重罪人の脱獄に関与した罪に問われている」


「「「なんだって!?」」」


 どよめく大衆。その中に紛れ込んでいる涼介は自分の原因であることを確信し、両手に拳を作って俯いた。


「そんなの何かの間違いだ!」


 誰かが叫ぶと、「そうだそうだ」と他が続く。公爵とシャーロットは何も言わず、代わりに二人を連行する兵士が口を開いた。


「間違いではない。証人がいて証拠もある。この者達が脱獄に加担したのは明らかだ」


「そんな……」


「分かったら邪魔をするな。公務執行妨害でお前達もしょっぴくぞ」


 公爵とシャーロットが囚人護送用の馬車に乗せられた。


「なぁ、おい、公爵様はどうなっちまうんだよ」


 誰かが訊ねた。


「それを決めるのは国王陛下だが……おそらく死刑だろうな」


 場が騒然とする。


(俺のせいで二人が死刑? そんなのありえないだろ)


 涼介は泣きそうな顔で立ち尽くしていた。今すぐ飛び出して戦いたい気持ちを必死に抑えている。そんなことをしても解決にはならないからだ。この場で暴れたら大衆にも被害が出るし、何より現状では数百の騎兵隊を無力化するのなど困難だった。


「馬車を出せ!」


 隊長が命令を出し、二人を乗せた馬車が動き始めた。その周りを数百の騎兵隊が囲ってしっかり守っている。その動きは城へ向かう時と違ってゆっくりしていた。


(ここにいても始まらない。どうにかしないと)


 涼介は路地裏に離脱し、バイクに乗ってネギオンから抜け出した。


「クソッ!」


 近くの雑木林に着いた涼介は、バイクから下りて目の前の木を殴った。そうでもしないと苛立ちを抑えることができなかった。いっそ怒りに身を任せて王都を火の海にしてやろうかと思った。


 今の涼介には力がある。戦って勝つだけなら造作もない。しかし、戦いに勝っても嬉しくなければ意味がない。無関係の人間を殺めて得る勝利は事実上の敗北に等しかった。


「落ち着け、考えろ、考えるんだ……」


 涼介は深呼吸して気持ちを切り替える。


「公爵とシャーロットを死刑にはさせない。なんとしても救うんだ」


 ◇


「お父様、巻き込んでしまって申し訳ございません」


「それは違うぞシャーロット。決断を下したのは私だ。巻き込まれてなどおらん」


 公爵とシャーロットは馬車の荷台で話していた。足枷はされていないが、二人を縛る縄が荷台に括り付けられているので逃げるのは困難だ。


「しかし、私のせいで……」


「人として正しいことをしたと思っている。悔いはない」


「お父様……」


 それ以降、二人は目を瞑り会話を控えた。


 次に口を開いたのは馬車が止まったときだ。舗装された道の途中でパタリと止まった。周囲には草原が広がっているだけで何もない。


「お父様、馬車が……」


「遠くから何か聞こえるぞ。この音が原因か?」


「音?」


 シャーロットは耳を澄ました。するとこの世界の人間には聞き慣れていない音が聞こえてきた。それは自動車のエンジン音に他ならなかった。


「この音は!」


 シャーロットには何の音か分かった。涼介の作った車で何度もドライブしたことがあったからだ。


「何か来るぞ!」


 兵士の一人が叫び、皆が同じ方向に目を向ける。


 一台の装甲車が草原を横切るようにして突っ込んできていた。全てのガラスにスモークフィルムが貼られていて中は見えないようになっていた。


「なんだあれは!」


「きっと涼介だ! 公爵とシャーロットを助けにきたんだ!」


「馬車は待機! 他の者は俺についてこい! 迎え撃つぞ!」


「「「おー!」」」


 騎兵隊が素早く陣形を変えて戦闘態勢に入る。


「シャーロット、あれは一体なんだ?」


「きっと涼介様ですわ!」


「流石の彼でも精鋭数百騎を相手にするのは……」


「問題ありません!」


 騎兵隊と涼介の戦いは一瞬で決着した。というより、勝負にすらならなかった。


「「「うわぁああああああああああ」」」


 突っ込んできた兵士は装甲車に撥ね飛ばされたのだ。加えて騎兵隊の攻撃は涼介に通用しなかった。装甲車の圧倒的な装甲の前に無力化されたのだ。


「突破された! 馬車に向かって行くぞ!」


「なんとしても止めろ!」


 くるりと方向転換して騎兵隊が涼介を追う。それに合わせて後部座席の窓が一斉に開いた。


 そこから大量のドローンが飛び出した。その数は数千台。飛行音は会話の声を掻き消すほどの五月蠅さだった。


「なんだこの黒い物体は!」


「迎え撃て!」


 騎兵隊がドローンに攻撃を仕掛ける。剣や槍を使った物理攻撃から、スキルを駆使した魔法攻撃まであの手この手で挑む。対するドローンは縦横無尽に空を駆け抜けて回避する。このドローンは回避に特化した物で攻撃性能は持ち合わせていなかった。目くらましだ。


 彼らがドローンに気を取られている隙を突いて涼介は救出作戦を進めた。装甲車を馬車の前に止めて車から降りる。脅すためだけに作ったステンガーを御者に向けた。


「これは対人用ステンガーだ。この距離で撃てばお前は間違いなく死ぬ。撃たれたくないなら動くな。分かったか」


「は、はいぃ! 動きません!」


 涼介は馬車に乗り込み、短刀を召喚して公爵とシャーロットの縄を切った。


「涼介様!」


「涼介、どうして助けに来た」


「受けた恩は倍返しが俺の流儀なんで」


 涼介は二人を装甲車の後部座席に乗せた。


「乗ったな? 行くぞ」


「待ってください! まだお父様がシートベルトをしていません!」


「シートベルトとは何だ?」


「ふっ、それはいけないな!」


 涼介は手元のボタンを押す。すると座席が人を検知して自動でシートベルトが締まった。


「それがシートベルトですよ」


「なるほどこれがシートベルト……!」


「こんな機能があったとは! 流石です涼介様!」


「じゃあ飛ばすぜ!」


 涼介はアクセルを踏み込んだ。

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