010 規模の拡大
翌朝、昨日と全く同じ時間に、コネットは涼介のもとへやってきた。
「調子はどうだい涼介マン!」
「おかげさまでレベルが爆上がりだぜ!」
「こちらもおかげさまで儲かりまくりよん!」
両者の顔に笑みが浮かぶ。まさにwin-winの関係だ。
「早速で悪いけど取引しよん」
雑談もそこそこに取引を申請するコネット。涼介が承諾すると材料とお金が脳内の取引画面に追加される。それを見た涼介は思わず口を開いた。
「なんつー額だよ!」
コネットが涼介に送ろうとしている額は5億ゴールド。つまりステンガーを1万個求めているということだ。もちろん材料も1万個分しっかり揃っている。
「一気にどーんといっとこうと思ってねん!」
「にしてもすげぇ量だな。これだけの数を1日で捌くのか」
「今はまだ無理ー。数日はかかると思う!」
「1日で捌けないなら余るんじゃないか。取引は毎朝するんだろ?」
「それなんだけど、よかったら週1に変更してもらえないかな? おかげさまで私も資金が増えたから1週間分をまとめて買いたい!」
「もっと稼ぐようになったら月1の取引になるのかな?」
「そうなるかも!」
「いいぜ。俺としても朝はのんびりコーヒーブレイクを決めたいからな」
「ありがとー涼介マン!」
「こちらこそ」
涼介は受け取った材料で1万個のステンガーを作った。数がどれだけ多くなろうと作業時間は変わらない。〈クラフト〉を発動してステンガーをイメージし、必要な個数を同時に製作するだけだ。
とはいえ、1万個もまとめて作るのは初めてのことなので緊張した。ゲームの頃は所持数に上限があり、〈クラフト〉などのスキルで作れるアイテムの数も999個が限界だった。
「ありがとねん! じゃ、また来週ぅー!」
コネットが颯爽と去っていく。陽気な行商人の後ろ姿を見送りながら涼介は思った。
(500個ですらあんなにレベルが上がったってのに、1万個ってどうなっちまうんだ)
◇
数日の休暇を経て、涼介とシャーロットはギルドに向かった。コネットにステンガーを卸すようになってからは初めての訪問だ。
「まさに我が世の春って感じだな!」
「ああ! たまんねぇ! たまんねぇよ!」
「今日は娼館でハッスルするぞー!」
「バカ野郎、今日はじゃなくて今日もだろ?」
「オーイエー!」
昼前だというのにギルドは熱気に包まれていた。そこら中で繰り広げられている会話からは「ステンガー」「ドラゴン」「人生最高」「大富豪」などのワードが頻出しており、それを聞いた涼介達は瞬時に状況を把握した。多くの冒険者がステンガーの虜になっているのだ。
「お、涼介じゃん!」
一人の中年冒険者が涼介に近づいてきた。涼介はその男のことを知らなかったが、「どうも」と返す。こういうことはしばしばあった。彼はキングサイクロプス狩りでちょっとした有名人になっていたからだ。
「お前まだキングサイクロプスばっか狩ってるのか?」
冒険者の男が涼介に訊ねる。
「まぁそんなところかな」
涼介は適当に話を合わせた。シャーロットは涼介の隣で静かにしている。
「時代はステンガーだぜ、涼介」
男は右の人差し指を立てた。
「ステンガーって?」と涼介。
「新時代の武器だよ。コネットが独自のルートで仕入れてるんだ。ちょいと値は張るけど、こいつを使えば龍霊山周辺にいるノーマルドラゴンを一撃で屠れる。クエストを受けりゃ討伐報酬も含めて約40万の稼ぎになるぜ。信じられないだろ? 今まで1ヶ月かけて稼いでいた額の金を1日で稼げるんだ。しかも一瞬でな! 1ヶ月続けりゃ大富豪だぜ! 大富豪!」
話が進むにつれて男の息づかいは荒くなっていた。鼻の穴が広がる様からは、どれだけ興奮しているかがよく分かった。
「そんなすごい武器があるんだな」
「お前さんもキングサイクロプスなんかやめてドラゴン狩りにしたほうがいいぜ。レベルは上がるし金も貯まる。時代はステンガーだよ、涼介」
「分かった、考えておく」
男は「そうしろ、そうしろ」と頷き、「じゃあな」と去っていった。
「大反響ですね、涼介様!」
「うむ、実に素晴らしい」
こうして話している間も涼介のレベルは上がり続けていた。
◇
涼介とシャーロットはグリムダウン大砂漠に来ていた。適正レベル50のエリアで、様々な種類の魔物が棲息している。涼介にとっては何の旨味もない狩場だ。それなのにやってきたのは、シャーロットのある言葉がきっかけだった。
「涼介様、私もステンガーを撃ってみたいです!」
「そういえばシャーロットは撃ったことがなかったんだな」
「前回は私だけ撃たせていただけませんでした」
「わるいわるい。じゃあステンガーよりも面白い物を体験させてやるよ」
というやり取りがあり、ここにいる。
「涼介様、面白い物とは?」
シャーロットが涼介を見る。妖精が周囲を警戒しているので安心していた。
「材料費5000万の化け物だ!」
涼介は〈クラフト〉で作った最新の兵器――戦車を召喚した。
「何ですかこの大きな鉄の塊は!」
「戦車といって走る殺戮兵器だ」
「戦車? 走る殺戮兵器?」
「百聞は一見にしかずだ。乗るぞ」
「はい! って、乗るとは?」
「ここから乗り込むんだよ! 中に!」
涼介がハッチを開いて戦車に乗り込む。シャーロットは「わお」と驚きながら後に続いた。
戦車の中には席が二つあった。前が操縦席で、後ろが砲手席。砲手席と操縦席の間にはモニターが付いており、砲手はそれを見て車内から砲撃することが可能だ。
「シートベルトはつけたか?」
「シートベルトって何ですか?」
「やれやれ」
シャーロットにとっては何もかもが新鮮で、意味の分からない物ばかりだ。涼介にとっては当たり前のシートベルトも、彼女にとっては初めて聞く単語だった。
「装着できました! これで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! 発進するぞ!」
「発進って、この鉄の塊が動くのですか? ――って、おわっ、動いてる! 動いてますよ涼介様!」
「そりゃ俺が動かしているからな」
涼介はアクセルを踏み込み戦車を走らせる。
本物の戦車と違い、彼らの乗っている戦車は快適な仕様になっていた。戦車のことを何も知らない涼介がイメージで製作したからだ。なので車内は広々としているし、戦車の操縦方法は車と同じ要領で行える。砲撃に至ってはゲームのコントローラーを使う仕様になっていた。
「ギャオー!」「プシュー!」
前方にザコの群れが現れる。
「攻撃すればいいのですか?」
「いいや、あの程度なら踏み潰せる!」
涼介はアクセルを緩めずに突っ込む。ザコが様々な攻撃を繰り出すが、戦車の頑強な装甲がそれらを弾く。
「「グェー」」
巨大なキャタピラがザコを轢殺。
「ふははは! ザコなどゴミも同然!」
「すごいです! 涼介様!」
「そのセリフはまだ早いぞシャーロット、ボスだ!」
大砂漠の
「シャーロット、やれ!」
「分かりました! まずはロックオンですよね?」
「そうだ!」
シャーロットがコントローラーのボタンを押す。モニターに映る照準がボスに重なり、ロックオン完了の文字が表示された。
「攻撃します!」
別のボタンを押すシャーロット。車内に強烈な砲撃音が響く。さながら地震が起きたかのように揺れた。
ステンガーよりも太くて長い砲門から砲弾が放たれる。この砲弾もステンガーと同じく追尾性能を備えていた。素早く動くボスを追い回し、しっかり捉える。
ドォオオオオオオオン!
砲弾が命中してボスが爆発した。大量の砂が舞って何も見えないが、涼介には結果が分かっていた。シャーロットのレベルが上がったからというのもあるが、何より敵はノーマルドラゴンよりも耐久度が低い。なのにステンガーよりも強烈な火力で攻撃したのだから即死は免れなかった。
案の定、敵は灰になっていた。涼介は「終わったな」と呟き、体を捻ってシャーロットを見る。
「どうだシャーロット、初めての戦車は」
「感動しました! 涼介様はすごすぎです! 攻防一体の武器なんて発想、普通じゃありませんよ!」
涼介は「ははは」と照れくさそうに笑う。
「今はまだ無理だが、レベルが上がれば戦闘機も作れるようになるぜ」
「戦闘機って何ですか?」
「分かりやすく言えば空飛ぶ戦車さ」
「空を飛ぶ? それは流石に無理ですよ! 人が空を飛ぶなんてありえません! だって、空を飛べたら城壁の意味がなくなっちゃうじゃないですか! 流石の涼介様でもそれは無理ですよー!」
シャーロットは全く信じていなかった。涼介はムキになることなく「かもしれないなぁ」と適当に流す。
「ま、いつか機会があればお披露目するよ。クエストも終わったし街に帰ろうぜ」
「はい!」
戦車を異次元空間に保管し、二人は帰還の魔石を使用した。
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