見送り(2)

 勢いが必要だ。だからもう一度、大声で呼びかけるズウラ。

「ニャーン・アクラタカさん!」

「はっ……はいっ」

 彼女にも覚悟があった。返事をするなら、もうこのタイミング以外にないと。自分達はしばらく会えなくなるのだから。

 なので――


「お話があります!」

「ごめんなさい!」


 速攻で頭を下げた。勢いをつけて一世一代の告白をかまそうとしていたズウラは機先を制されてしまい、口を半開きにした状態で石と化す。

「カハッ!」

 目から血涙、口からも喀血。もはや死体も同然である。

 しかし希望は残されていた。

「わわわ、は、早すぎた! もしかして勘違いだったかも! すみません、すみません!」

 何度も頭を下げて謝るニャーン。勘違いという言葉に、もしかしたらまだ可能性はあるのかもと蘇生するズウラ。確認のため訊ねてみる。

「あの……何の話だと……?」

「えっと、その……」

 誤解だったらとてつもなく恥ずかしいなと思いつつ、彼女は正直に答える。

「あ、愛の告白……かと。前に、戦いが終わったらお返事するって約束してましたし……」

「そうですか」

 合ってる。まさしく、その話がしたかった。

 今度は血を吐かなかったが、しかし彼の心は粉々に粉砕された。

「間違ってません。やっぱりオレ、振られたんですね……でも、うん、きっぱり断っていただいてありがとうございます。でなきゃ、いつまでも夢を見ちゃってたかも……」

「いえっ、あの、違うんです! さっきの『ごめんなさい』は、そういう意味じゃなくて!」

 悲しい顔でうなだれるズウラを見て慌てて取り繕うニャーン。たしかに半分はそういう意味でもあるのだが、けれどやっぱり誤解なのだ。彼女が言いたいことの残り半分は違う。

「今もまだ同じで、私、そういうのがよくわからないんです。それに無事に帰って来られるかわからないのに、ズウラさんを縛り付けちゃうのもずるいなって……」

「え?」

 ズウラの耳がピクリと動く。今しがた言われた言葉を脳内で反芻する。

 縛り付けちゃうのもずるい――それは、つまりそういうことなのでは? 脈があるという解釈をできなくもない気がする。

 青年は顔を上げた。駄目だ、格好つけて物わかりのいいフリをしたものの、やっぱりどうしても諦めきれない。そんな思いの丈を改めてぶつける。

「構いません、縛ってください! むしろニャーンさんに縛られるなら嬉しいです!」

「えっ……」

 ニャーンは顔を引きつらせて一歩下がる。いかん、あらぬ誤解が生じた。




「し、縛られるのがお好き……です、か?」

 後退るニャーン。高速で否定するズウラ。腕もバタバタ動かして必死に弁明する。

「そういうことじゃなくて! もしオレがニャーンさんの心の支えになれるなら嬉しいっていう話です! オレだってニャーンさんが帰って来る場所を守りたいし、その気持ちを支えにして戦えるでしょう!? いや、もちろん断られても守りますけど! フラれたって全力で戦ってこの星を守りますけども!」


 ニャーンは村の恩人だ。それだけで彼女のために命を賭けるには十分。

 だとしても、そこにさらに約束が上乗せされるなら、その約束が彼女との間の愛情に基づくものなら自分は絶対に厭わない。嫌なはずがない。どんなに重い約束でも、その重さが喜びとなる。

 そうだ、自分はそれだけ彼女に対して本気なんだ。それだけでもわかってもらわないと。

 ズウラは三度ありったけの勇気を振り絞った。さっきいきなり謝られたせいで出しそびれていたものを懐から取り出す。


「ニャーン・アクラタカさん! オレは貴女のためなら命を捧げたって構いません! どうかこの指輪を受け取ってください、お願いします!」

 跪いて宝石のついた指輪を差し出す。嵌め込まれている石は自分達の故郷テアドラスのドラス石。彼女がとても綺麗だと言っていたそれを探してきて加工した。

 ドラス石はとても硬い。細工物にするには凄まじい労力が必要になる。それゆえテアドラスではドラス石のアクセサリーは愛の証明として使われて来た。ズウラにとっては能力を使えば簡単な話なのだが、もちろん精霊の力は借りていない。自力で必死に加工した。

 とはいえ、そんな風習をニャーンは知らないし、この場で伝えることも頷くことを強要するかのようで嫌だ。ズウラとて愛の無い結婚などしたくない。彼女には本心から自分を愛して欲しい。

 だからこれは賭け。負けたら終わりの一生に一度の大勝負。それに足る絆を彼女との間に築けていたかどうかの試験。

 覚悟を決め、瞳を逸らさずズウラは待つ。スワレやアイム、他の面々もどうなるものかとゴクリと喉を鳴らしながら見守った。


 ただ、どんな時と場にも例外は存在する。ここではそれはキュートだった。

 彼は白鳥の姿でニャーンの背後に控えていたのだが、常々疑問に思っていることがあった。相手の気持ちを確かめたいなら心を読めばいいのにと。もちろん普通の人間には無理だが怪塵を操る力を持つニャーンならそれが可能である。


(この場合、ズウラの気持ちはわかっているから不要ということでしょうか? しかし彼の本心が言葉通りだとは限らない)

 彼が邪悪な計画を企てている可能性もある。それはニャーンを再び主人として戴いたキュートにとって看過できない事態。主の安全のため真意を確かめなければ。そう判断した彼は躊躇無く青年の心を読み取り、ニャーンと情報を共有した。

「えっ!?」

 不意打ちを受けて思わず声を出すニャーン。いきなりのことに何事かと目を点にする一同。これまでどちらかというと申し訳なさそうな様子だった彼女の顔が見る間に赤く染まり、恥じらう乙女のそれに変化していく。

「こ、こんなに……? こんなに強く……?」

【どうやら杞憂だったようですね】

 キュートも確認した。ズウラに邪心は無い。彼は信用に値する。

 しかし主は激しく動揺している。どうしてだろう? 愛は本物だと理解できたのに。あとはこの事実に基づいて判断を下せばいい。人間にとってはそうではないのか?

 ぷるぷる震える彼女を案じ、声をかけるズウラ。

「あの、どうしました……?」

「ズッ、ズウラさんのお気持ちは、とても強く、伝わりました……」

 彼女はやっと自分がどれだけ深く愛されているかを理解した。自己肯定感の低さから、なかなか信じられずにいた目の前の青年の愛情を真実だと受け入れる。

 でも、それとこれとは話が別だ。

「無理です! 覚悟を決められません! わ、私、そういうことをするのは怖い!」

「へっ?」

「キュ、キュートが勝手に、ズウラさんの心を読んじゃって……私に……」

 黙っているのは卑怯だと思って明かしてしまうニャーン。どういう意味か理解したズウラの顔は一気に青ざめた。青ざめるような妄想に心当たりがあったから。

 だって彼は健全な男子なのだ。


「キュ……キュートおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 指輪を懐に仕舞って駆け寄り、泣きながら首を絞めるズウラ。もう求婚どころではない。まずはこの白い鳥を絞め殺してやる。

「なんでっ! なんでだっ!?」

【親切心です】

 平然と言い返すキュート。茹でダコのままのニャーンにはスワレとナナサンが声をかける。

「ニャーンちゃん、兄はいったい何を考えてたんだ……?」

「い、言えません! 絶対に無理です!」

「まあ……」

 口に手を当て、ズウラをチラ見するナナサン。他の面々も同様に騒がしい青年を見る。全員同時に確信した。

「やれやれ」

「今回も保留ということになりそうだな」

「可能性はあると思うのだが、あの調子ではいつ答えが出るやら」

「まあ、帰って来なければならん理由が増えたのはいいことじゃ」

 ニヤリと笑うアイム。ニャーンは次こそ誠実に返答しなければならないし、彼はその結論をこの目で見届けたい。

 これはこれで悪くなかろう。湿っぽいよりはマシだ。そう思いながら太陽を見上げた。今はもうそこにいない育て親が、今もまだ見守ってくれている気がして。

「なあ、そうだろう……お袋よ」

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