彼方より
ニャーンは見ていた。宇宙空間で怪塵の膜に包まれ、母星を見下ろしながらユニが彼なりの贖罪を始める様を見届けた。
彼は死んでいない。けれど、もう人の姿には戻れない。怪塵の思考を読み取る力を通じて意識が希薄になっているのを感じる。この星を守らなければ、全ての生命に償わなければという想いだけが色濃く残ったまま。おそらく自らそういうものになることを選んだのだ。
星を取り囲む輪は、そんな彼の思念に反応して姿形を変えて外敵に対処する。つまりもう自分がこの星にいなくても、あれらの怪塵は故郷を守ってくれる。
『こんなの……アイツがしたことに比べれば、まだ全然足りない……』
近くには同じように膜に包まれたズウラも浮かんでいて、やはり納得できていない様子でユニの選択に対する不満を呟いていた。グレンは光の巨人となり、狼の姿のアイムと一緒に二人の背後で沈黙を保ったまま。
ニャーンには何も言えない。彼の気持ちもわかるし、ユニの気持ちも理解してしまったから。
もっと成長して立派な神様になれば、ズウラの怒りも鎮めてあげられるだろうか? そんなことを思った。
やがて、アイムが率先して沈黙を破る。
『さてニャーン、そろそろ教えよ。だいたいの部分はユニとの会話で察したが、お主の口から直接聞きたい。オクノケセラと何を約束した?』
「旅立ちです」
『何?』
そう、あの時オクノケセラは言った。彼女の問いかけに対し納得できる回答を行ったニャーンを見据え、全身から放っていた光輝を失い、末端から崩れて消えつつ頼んできた。
『そんなことよりワシは死ぬ。二度もルールに背いた報いじゃ、もうそろそろ消える。だから頼む、ニャーン・アクラタカ。お主が次の神になれ。ワシの死によって空位となる守界七柱の一柱となり、ワシにはできなかったこと、他の六柱の説得を成し遂げろ』
神様達がいる場所への行き方も教わった。自分ではなくキュートが、だが。彼ならその場所まで連れて行けるらしい。
ユニにも言ったが、考え無しに引き受けたわけではない。ちゃんと考えた末に結論を出した。
「私、他の神様達に会いに行きます。陽母様の仰ってた通り、ちゃんと話し合えば誰とでもわかり合えるはずだってユニさんとのことで確信できましたから。攻撃をやめてくださいって直接会ってお願いしてみます」
『そ、そんな……』
話を聞き、一番動揺したのはズウラである。それでは、もう二度とニャーンに会えないかもしれない。
(いや、そもそもニャーンさんが神様になったら、オレなんかとは身分が――)
などと思って一人で勝手にしょげ返っていると、アイムに一喝された。
『アホウ、暗い顔をするな! そんな女々しい男に女が惚れると思うか!』
「は、はい!」
そうだ、何も諦める必要は無い。精霊との同化が進めばグレンのように不老になれる。だったらそこを目指せばいい。ニャーンが神様になるなら、こっちはそんな彼女を支えられる男になるべき。なれる、なってみせる。
そうしよう、そうしなければ。ズウラは自分に言い聞かせて無理矢理納得する。
だって彼にもわかっている。ニャーンの決意は固く、止められはしないのだと。そして、そんな彼女について行くべきではないことも。
奇しくもそれは、彼が忌み嫌うユニの下した決断と同じだった。
【俺達は留守を守ろう】
グレンも同様の結論に達する。宇宙空間で自在に動ける彼ならついて行っても十分戦力になると思うが、だからこそ母星の防衛において絶対に欠かすことのできない人材である。
――ユニ・オーリは方針を変えた。でも彼はまだ生きていて、それどころか贖罪のために完全に星に根付いてしまった。なら神々の攻撃が止まることはあるまい。これからも宇宙の免疫システムから抗体が放たれ、ここに押し寄せて来る。
強力な防衛機構を獲得したとは言え、人類は今回の戦いで大きく疲弊した。月の喪失による重力の変動もさらに多くの災害をもたらすに違いない。
一人でも多くの能力者が星と人々を守るために必要だ。ならニャーンの旅について行ける者など限られてしまっている。
『ワシは行くぞ、構わんな?』
「もちろんです」
アイムの言葉に嬉しそうに即答するニャーン。
それから一言、照れながら付け足した。
「相棒、ですもんね」
『調子に乗るなよ。神と言っても新米の未熟者め。ましてやお主のようなポンコツを一人で旅させられるわけなかろう。戦うために行くのではないと言えど危険は数多くある。ワシは保護者としてついて行くのだ』
「ええ~」
素直じゃないその物言いにニャーンは一転して唇を尖らせる。未だに一人前と認められていないことが不満。
「さっき相棒って言ったのに!」
『はて? そんなこと言ったか? いかんせん齢じゃて、物覚えが悪くなっとる』
「また都合の良い時だけお年寄りのフリ!」
『実際ジジイじゃい。はあ、やれやれ腰が痛む。働き過ぎて疲れた。今すぐに旅立つわけじゃなし、一旦戻って休むとするかの。地上の状況も気になる。見たところ災害は収まったようだが』
わざとらしいため息をついて降下を始めるアイム。ニャーンはさらに頬を膨らませ、怪塵を操りながらズウラと共に追いかけた。グレンもフッと小さく笑って後に続く。
しかし、すぐに全員が足を止めた。否、止めさせられた。
【そうした方がいい。親しい者達との別れを済ませる猶予を与えよう】
「!」
女の声。振り返るとそこには深宇宙の星々を背負った見知らぬ女が立っていた。
艶やかな長い黒髪に、黒曜石のように煌めく無数の星を宿した瞳。ニャーンが見たオクノケセラの素顔にも勝るとも劣らぬ美貌を持つその女は率先して名乗る。
【私は眼神アルトゥール。免疫システムの管理者にして、この世界を含む『界球器』全体の監視と維持を使命とする神。つまり君達の星への攻撃命令を下した張本人だ】
ノイズが走り、時々姿と声が乱れる。どうやらどこか遠い場所から映像と声だけここに飛ばして来ているらしい。
【我が友、オクノケセラの遺志を尊重して訪問を許可する。だが、君達が依然として宇宙を脅かす脅威であることに変わりはない。よって攻撃は継続させてもらう。諸君はそれによって自分の星が滅ぶ前に我々を説得しなければならない。猶予を与えるとは言ったが、そう長く待つつもりは無いことも言っておく。彼女の死で七柱に空席が生まれた。我々はその問題について一刻も早く結論を出したい】
こちらが驚愕している間に一方的に告げた後、彼女はニャーンをじっと見つめた。過去と現在と未来、全ての時間軸を見渡すことのできる特別な眼で少女の行く末を探らんとする。
けれど遠い未来になるほど不鮮明でよく見えない。彼女が眼神の視線すら歪曲させる巨大な重力源になっているからだ。ただでさえ特異点となるほど強い重力の持ち主だった少女が、今では神に匹敵する重い宿命を背負ってしまっている。
不憫に思いつつ、同時に受け入れた。本当に友は死んだのだと。オクノケセラにはもう遠い未来、不滅の神たる彼女が復活するその時まで再会できない。
そして、だからといって守界七柱の座に空席を作ったままにしておくわけにもいかない。彼女の親友はやり遂げたのだ。本当にこの星を救うチャンスを強引に作り出してしまった。
誇らしくて、やはり悲しい。
【ケセラは君を選んだ。けれども我々はまだ納得していない。納得させたければ、宇宙の中心まで来ることだ。私達はそこで待っている。星が救われるかどうかは、そこでの君の行動と選択により決定する。失望させてくれるなよ】
「が、頑張ります!」
『おい、もうちょっと気の利いた返しをせんか』
不満げに唸り声を漏らすアイム。ただし目はまっすぐにアルトゥールを睨んでいる。神への敵意を隠そうともしない。
彼もある意味オクノケセラの後継。彼女が『息子』と呼んだ存在。無駄にその命を散らさぬようアルトゥールは警告しておく。
【君の来訪も許す。ただし暴れた場合の身の安全は保障できない】
『おう』
アイムが頷いた直後、彼女は早々に姿を消した。多くの言葉を交わすべき時と場はここではない、そう言いたいのだろう。こちらとしても同感だ。
突然の接触に戸惑っていたアイム達は、やがてまた顔を宇宙に向け、ここからでは見えない神々の領域に想いを馳せる。
『やはり、行くしかないな』
『守りますから。オレ達、絶対にこの星を守り抜きますから、安心して行ってください』
【ズウラ、まだ早い。涙は見送る時まで取っておけ】
『はい……!』
――ニャーンは一人、先に振り返って自分達の星を見下ろす。たくさんの生命が喪われたけれど、まだ多くの命が息づいている。あの星には数え切れないほどの思い出もあり、これからもその数を増やしていきたい。
だから守る。守りたい。これは人として当たり前の感情だと思う。神様になったって、この想いだけは絶対に変わらない。
実は、神様になったら自分の心まで変わるんじゃないかと不安に思っていた。でも自分は人間で、人間のまま神様になってみせる。そんな自分と、自分を生んでくれた星を神々に認めてもらいたい。今はそのための一歩を踏み出そう。
顔を上げて仲間達を見る。ここにいない皆も生きている、そう信じてにっこり笑う。疲れた時は笑顔が一番。
「帰りましょう。お別れを済ませて、そしてまた、ここへ戻って来るために」
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