絶対的な力
最も早く決断したのはグレンだった。
【すまん、アイム!】
彼とニャーン、この二人の救出は諦めた。今ここでユニ・オーリを逃せば全てが終わる。あの男は本当に神までも喰らい宇宙全域を地獄に変える。全宇宙が第七大陸と同じか、さらに悲惨な結末を迎えることになる。
【させん!】
――駆ける。まさしく光の速さで星に並ぶ大きさとなったユニ・オーリの心臓めがけて一本の矢になりながら駆け抜ける。
敵はあまりに強大で、この一撃は針で刺されたほどの通用も感じないだろう。
しかしあの時、第七大陸で倒されたユニは心臓から銀色の球体を吐き出した。だから頭部の単眼と心臓、どちらが奴の急所か考えた上でこちらを選んだのである。
(仮にこっちに奴の本体が無かったとしても、あの時のようにエネルギーの塊を内包しているなら火を点けられるかもしれん!)
第七大陸の時以上の爆発を発生させ、囚われているアイムとニャーンごと消し飛ばす。二人の力を奪うだけでも宇宙全体の危機は免れるはずだ。
もちろんわかっている、推測に推測を重ねた半分以上運任せの策とも言えない一か八かの無理筋な賭けだということは。しかし、それしか選べる選択肢は無い。力の差は歴然としており正面から挑んでも数秒と抗うことは不可能。だから一撃必殺を狙う。
幸い光より速く動ける者は存在しない。ましてやこの距離、当然ながら神の眼を持つユニとても認識が間に合わず胸を貫かれた。
【おっ?】
とてつもない速度で何かが体内を駆け抜けたと認識する。一瞬の後にそれがグレンだと理解してニヤリと笑う彼。
【――上手く引っかかってくれたね、グレン・ハイエンド】
【くっ……そ……!?】
グレンは捕えられていた、恐ろしく伸縮性と粘着力の強い糸に。突入したユニの肉体がそういう特性を有していたのである。つまり彼は蜘蛛の巣へ突っ込んだ蜂。
【君の売りは速度だからね、それを殺す策を用意しておくのは当然だろう。そもそも僕には予知があるんだよ、忘れてたのか?】
【う、ぐ……!】
糸が縮み、引きずり込まれていくグレン。しかも精霊との同化が解けかけている。これは疲労や彼の意志によるものではない。
【強制的に、干渉して……!】
【そう、君は馬鹿にしたけどさ、やっぱり魔法も捨てたもんじゃないだろう?】
何故? どうやって? ユニは魔力を失っていたはず。
【ふふ、アイムとあの子の次は君と決めていた。祝福されし者としては最優先の捕食対象だからね。おかげで手間が省けたよ、飛び込んで来てくれてありがとう】
【に、にげろ……クメル……ッ】
完全に飲み込まれる。すると、ほどなくしてユニの背後に巨大な光輪が出現した。グレンという強力な触媒を手に入れたことで光の精霊に対する支配力が高まったのだ。もはや魔法を使わずとも光を自在に操ることができる。
同時に地上では、愛する男が消えたことを知り、一人の少女が泣き崩れた。
「グレン様……!」
【おおっ、この光の精霊との親和性の高さ、やはり素晴らしいな。人の身でここまで研鑽を積んだ君の努力と才能は称賛に値する】
光線を放ち、ねじ曲げ、宇宙空間に複雑な軌跡を描く。新たな力の感触を確かめてから再び右手を母星に向かって伸ばし始めるユニ。次の標的はもちろんあの青年。第七大陸で敗北を喫した原因の一人。自分から魔力を奪った能力者。
【さあ、君の番だズウラ】
『ふざっ、けんなあああああああっ!!』
待っていたのはこちらも同じ。ようやく手の届くところまで近付いてくれた。空を見上げ、変形させた第五大陸による攻撃を繰り出すズウラ。隆起した大地が何本もの腕となって掴みかかり火山だったものも砲台と化して火山弾による集中砲火を浴びせる。
全ての攻撃が命中した。ところが彼の操る第五大陸より巨大な指先は圧倒的な質量差を盾に強引に近付いて来る。大気が押しのけられ、空の色が変わり、いくつもの竜巻が生じた。鳥達がもっと遠くへ逃げようとして乱流に飲み込まれてしまい、木の葉のように弄ばれる。
ズウラは諦めない。恐怖を怒りで塗り潰して攻撃を続ける。それは一種の現実逃避。
「返せ! 皆を、ニャーンさんを返せ!」
【ハハハハハハハハハハハハ! なんだいその攻撃は、こそばゆいじゃないか! たった三ヶ月でそこまで能力の有効範囲を拡大させた成長性は認めるが、その程度じゃあ今の僕には傷一つだって付けられやしないよ!】
次の瞬間、さらに青白い光の壁が現れてズウラを驚かせる。
「なっ!? 魔力は使えなくなったんじゃ……!」
【そう、たしかに三ヶ月前のあの戦いで君に鉱山の抽出装置を壊されて以来、不便な状態が続いていた。でも今の僕は全身が怪塵の塊だ。知識さえあればあの装置と同じ機能を自身の肉体に与えることもできる】
つまり怪塵を使って魔力抽出装置を再現した。周囲から魔力を吸い上げているので実質的に力は使い放題。しかも今のユニはアイムの能力を取り込んだおかげで並行世界の同位体達とも繋がっている。なので別の世界からも膨大な魔力が供給されている状態。今なら簡易な魔法一つで銀河すら破壊できるだろう。
怪塵で構成した巨体。並行世界の同位体と繋がる力。無尽蔵の魔力と豊富な知識。植物の特性を有する不死に近い肉体。光の精霊の隷属。さらには未来予知。今や彼は自分自身に無限の可能性を感じている。
「チ、チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
砲撃は続く。滑稽な姿だ。惑星一つと同化した程度でどうにかなると思っているのか? こちらは宇宙を滅ぼせる怪物だぞ。
衝撃、轟音、爆風、大震――ついにユニの指先が彼にとってはちっぽけな第五大陸に突き刺さる。その中心にいたズウラを瞬時に体内に取り込み、星の表面に巨大な陥没を作り出しながら指を引き抜く。
全ての海水を飲み込んでしまえそうなほどの大穴だが、その前に衝撃で押しのけられた水は急激に盛り上がって周囲に広がり始めた。とてつもない大津波が生じた瞬間である。
【さあ大変だ。僕が現れ、月が無くなり、ただでさえ度重なる重力変動で災害が多発しているところにこれはトドメになってしまうかもな】
他人事のように言って笑う。彼の出現直後から惑星各地では異変が生じていた。至近距離に巨大な質量の物体が現れたことで重力のバランスが変化したからだ。さらに月が破壊されたことにより、もはや手が付けられない状態になっている。竜巻が人々を舞い上げ、地割れが街を丸ごと飲み込み、森が噴出した溶岩を浴びて炎上する。大半の人類はこの災厄を乗り切れまい。
「いやああああああああああああああああああああっ!」
「母さん! 母さんっ!!」
【皆、身を守ることに専念しなさい! こんなものはもう、人の力ではどうにもならない!】
「ドルカ、全員を都に退避させろ! 津波が来るぞ!」
第五大陸に最も近い第四大陸北部と第六大陸東部が真っ先に飲み込まれた。第一大陸でも到来を予測したナラカの命令で『牙の都』の名の由来になった岩山への一斉避難が始まる。
だが津波は直後に停止した。宇宙から下りて来た白い光が超高速で飛び回りながら盛り上がった海面を凍り付かせたのだ。
「させるか!」
キュートに頼んで旋回しながらさらに能力を行使するスワレ。表面を凍らせてもさらに下から水が押し上げて来て前進しようとする。それも凍り付かせて止める。
歪な形の氷柱がどんどん大きくなっていく。それに伴って消耗していくスワレ。精霊も限界まで酷使されて悲鳴を上げ始めている。けれど彼女達にはこのくらいのことしかできない。
「止まって! 止まって! 止まって!!」
【頑張るなあ】
スワレだけではない、他の大陸でも能力者達が死力を尽くして自然の猛威に立ち向かい、可能な限り被害を減らそうと努力している。思ったより死者は少なく済むかもしれない。
ユニの中の好奇心が首をもたげた。今ここで追撃したらどうなるだろう? 虫をいたぶる幼子のような残酷な気持ちでもう一度指先を母星に近付け始める。それだけで大気がかき乱されて新たな嵐が生じる。空中の乱流に翻弄されたスワレが叫ぶ。
『やめろっ!』
このままでは全てが無駄になる。アイムの千年の努力も、ここまで生き延びて来た人類の歴史も女神オクノケセラの願いも、彼女の初めての友達の勇気も何もかもが――
その時、ユニの手が止まった。もしやと顔を輝かせた彼女や地上の人々の顔を見渡し、ニヤリと口を歪める彼。
『奇跡が起こったとでも、そう思ったかい? アイムやニャーン君がどうにかしてくれたのかもと。残念ながら、そうそう都合の良い幸運には恵まれないものさ』
こんな状況でもまだ奇跡に縋る彼等の、その微かな希望を潰したかった。案の定、全員が鉛色に濁った絶望の眼差しに変わる。
――いや、違う。一人だけそうじゃない男がいる。
『驚いたな、この期に及んでまだ信じられるのかい? ビサック』
第一大陸の中央、ワンガニで、別れた妻と彼女の現在の家族を背後に庇いつつ少し前まで世捨て人だった男が名指しの呼びかけに応じる。
「こっちこそ驚いた、オイラの名前まで知ってんのか」
『僕には特別な眼があってね、君とアイムの友情も、ニャーン君との特訓も全部見せさてもらっていたよ。あれはなかなか傑作な出来事だった』
「そうか、ならわかると思うがの」
ビサックはまっすぐユニを睨み返す。巨大な岩山の影を隆起させ、ワンガニを襲う嵐にぶつけて少しずつ威力を相殺しながら静かに確信を語る。
「お嬢ちゃんは諦めねえ。オイラぁそれを知ってる。あの子は、必ず『英雄』になると」
信じている。だからまだ絶望しない。
【へぇ……】
目障りな男だ。希望を捨てていない眼差しがユニの心の深奥をチクリと刺す。
【決めた、次は君を喰らうとしよう。その強固な意志に敬意を表して】
「やってみろ! オイラだってもう、何もかも諦めてたあの頃とは違う! 嬢ちゃんの頑張る姿を見て、何度だって立ち上がろうって決めたんだ!」
「ビサック……」
彼の元妻が涙を流す。あの頃の彼が戻って来た。彼女の愛した英雄が。
だから彼女も叫ぶ。今の夫や、その彼との間の子と一緒に。
「負けるもんか! あたし達はあんたなんかに負けない!」
「そうだ、きっと、きっと――」
「いや、絶対に!」
彼等の声を聞いた人々の目にも輝きが戻る。もう一度、信じて立ち向かおうと踵を返す。
信じる心。その数と強度が一定の値に達した。ユニはそれに気付いていない。
そしてその瞬間、奇跡は本当に起こった。
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