理由

『かつて、この宇宙には『地球』という名の星が存在した』

 何を問われるのかと身構えていた二人に対し、けれどオクノケセラはまず太古の出来事から語り始めた。

(答えを出すのに必要な情報ということ?)

 訝るスワレの隣でニャーンは素直に耳を傾けている。

「ちきゅう……」

 不思議な響きの名前。初めて聞くのに妙に懐かしい。

 オクノケセラも同じなようだ。彼女は全身が輝いていて表情を見分けられない。けれど、その星を懐かしみ、そして消滅を惜しんでいることは声の調子から察せられた。

『お主等の生まれたあの星と同じように生命力に溢れた美しい星だった。それゆえワシら全ての母でもある創造主様にとっても特別な存在。この宇宙に数多ある星々の中で最も強くあの方の寵愛を受けていたと言っても過言ではない』


 そんな星を、彼女達『守界七柱』は守り抜けなかった。


『地球は人の手で滅んだ』

「え……」

「人間の手で、星を……破壊したと?」

『そうだ。ところで、せっかく用意してやった椅子に座らぬのか?』

「あっ」

 忘れていた。今になってようやく腰を下ろすニャーンとスワレ。二人の着席を確かめて満足げに頷くオクノケセラ。隣には、いつの間にか移動したイカロスが控えている。

 そんな彼を彼女は見上げた。

『こやつは地球の唯一の生き残り、アイムと同じ星獣だ』

「守るべき星を失った今は、貴女様に仕える従僕でしかありませぬ」

 悲しむでも怒るでもなく、ただ静かにお辞儀して肯定する彼。直後に許可を求めた。

「少し話しても?」

『許す』

「では……我が名は地球に言い伝えられていた物語から拝借しました。自戒を込めてです。この名の本来の持ち主は蝋で作った翼で空を自由に飛んだそうです。しかし空から下界を見下ろした彼は己が万能であるかのように思い上がり、太陽にも到達できると考えて近付いて行った」


 結果、蝋の翼は太陽の熱で溶けてしまい、彼は地上に墜落した。


「傲慢な者は、それゆえに命を落とすと戒めるための寓話です。なのに、この物語を創作した地球人類も結局は自らの知性と理性を過信し、欲望の制御を行えず滅亡した」

『奴等は人工の太陽を作り出し、それを兵器として使って地球を消滅させたのだ。下らん同族同士の争いの果てにな』

「そんな……」

 人が自らの手で生まれ故郷の星を滅ぼす。そんなことが可能なのかとスワレは驚いたが、すぐに脳裏に一人の男が浮かんできて可能だと確信できた。人工太陽による破滅という下りでニャーンも第七大陸での顛末を思い出す。

 キュートの計算が確かなら、あの時ユニの体内から出現した謎の球体の爆発を抑え込まなかった場合、母星の半分以上が消し飛んでいたそうだ。

 二人の表情を見て、オクノケセラはまた頷く。

『その通り、地球にもいたのだ、あのユニ・オーリのような者がな。むしろあの星にはユニ以上の邪悪な存在が多数蔓延っていた。であれば滅んでしまったのも必然と言えよう』

「あんな輩が何人も……?」

『人の悪意は我等神の想像をも絶する。怒りや憎悪、あるいは欲望に取りつかれた者達は果てなく残酷に、そして愚かになれると知った。ああなってしまった者達はやがて星を滅ぼす。惑星一つで済むならまだマシな方で、より大規模な破滅に到った事例もある。しかも放置しておけば災厄の種は増え続けるのだ。誰かが思い切って病巣を切除せぬ限り悪意は感染を続け、どこまでも広がって行き、やがて宇宙そのものを崩壊させる。さながら病毒の如く』


 だから神々は警戒している。創造主が最も大切に育んでいた星を汚し、消滅させてしまった高度な知性体達。彼等から生じる『悪意』という名の毒を恐れる。


『我々は、それに対抗すべく免疫システムにフェイク・マナを転用した。お主等が怪塵と名付けたそれには周囲の生物の思考を読み取る機能が備わっているからな。宇宙を脅かす猛毒になりそうな思念を感知したならば、その瞬間に対象を危険因子と認識する』

 拡散しているため多くの者達は知らないが、実は宇宙にはフェイク・マナが偏在している。一部の星ではダークマターなどと呼ぶそうだ。ゆえに、どこへ隠れようとその感知網から逃れることはできない。

『他の星々を地球の二の舞にするわけにはいかぬ。元は、そういう目的で開発したもの。ところが、それでも悲劇は繰り返された』


 知的生命体の悪意は抑え切れない。何度もまだ若い星々が、その上で生まれた数多の命ごと悲惨な死を迎える様を見て来た。そのたびに自分達の甘さを思い知らされた。

 だから次第に、宇宙の管理と維持を任されている『守界七柱』は過激化していったのだ。


『我等にも主等の悪意を制御することは叶わん。ゆえに一定以上の力に目覚めた危険因子は自動的に排除されることとなった、星ごとな』

 ニャーン達の星が狙われているのは、そういう経緯である。何もここだけの話ではない。広大な宇宙では同じような断罪行為が幾度も行われてきて、今もまだ繰り返している。

 当然、少女達には納得できなかった。あまりにも短絡的なのでは?

「ど、どうしてですか? 危険な力と悪意を持つ人だけを罰したらいいのでは? どうして星ごと滅ぼしてしまうんです?」

「そうですよ、その地球という星を守り切れなかったことを後悔しているなら矛盾してます!」

 星を守りたかった者達が今は星ごと危険因子を排除している。そんなのはデタラメ。神々は正気を失っているのかもしれない。スワレはそんな不穏な可能性をも考慮する。

 けれど違った。続く説明が二人を納得させる。

『複数の危険因子が確認された時点で手遅れなのだ。強烈な悪意を持つ者は、それによって他者の進化と深化を促進させてしまう。そうして急激に成長した者達に感化され、さらに多くの者が強大な力を手にする。本来なら長い時を経て到達するはずの領域に段階飛ばしで駆け上がる。主等にも心当たりがあるだろう』

「あ……」


 急激な成長。たしかに、これまで何度も見て来たことだ。ユニの悪意がアイムとニャーンを生み出し、そんな二つの特異点に感化されて人類全体も大きく成長した。

 スワレ自身もその一人。少し前まで兄と二人がかりでも小さな怪物に苦戦していた。でも今なら彼女一人でもあれくらいの怪物くらいなら容易に倒せる。この短期間でそう確信できるほどの成長を遂げた。

 まさに今、オクノケセラが言った通りのことが起きてしまっている。


『覚醒の連鎖は止まらない。ゆえに根本から病巣を断ち切るしかない。免疫システムの管理者たる我が友、眼神アルトゥールはそう判断した。ワシとあやつ以外の五柱もその考えを支持した』

 病原が成長する前に、他へ転移する前に、確実に切除して被害の拡大を防ぐ。そのやり方で長く宇宙を守って来た。

『ゆえに容易ではない。奴等には実績があり自負もある。現在の方針こそが己の役割を果たすには最善の策だと確信している。そんな者達を心変わりさせることは十万の敵を退けることより遥かに難しかろう』

 だからこそオクノケセラは問う、目の前の少女達に。宇宙にとっての危険因子と判定された星の若者達に。


『問おう』


 その一言で、ついに来るのだと少女達は改めて身構えた。彼女達に見つめられ、オクノケセラは玉座の上から投げかける。長年考え温めて来た問いを。この日この時、答えを知るために用意しておいた質問を。


『嵐の中、それでも飛び立とうとする蝶よ。果敢に立ち向かって死ぬか、目前に迫った死から目を逸らし、脅威が過ぎ去るのを怯えて待つか。どちらがいい?』

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