黄金時計の塔(1)
一方、黄金時計の塔に突入したニャーンとスワレはキュートに守られつつ塔内部を上昇し続けていた。二人には絶えず凄まじい熱気が襲いかかっている。
「あ、熱い……!」
「私の能力を使っても、まだ、これほどの……!」
【申し訳ございません。可能な限り断熱性を高めてもこれが限界です】
数千度の炎が渦巻く灼熱の空間。伝承によるとこの超巨大建造物は天に輝く太陽に直接繋がっているらしい。だとしたらこの熱量も当然のこと。
「まだ続くの? 高すぎる……!」
「しかも広い! テアドラスの上の火山を丸ごと収めてもきっと余裕がありますよ!」
長大にして広大。まさに想像を絶する世界。こんな場所をかつてのアイムは一人で昇り切ったと言うのか? 階段だって無いのに。改めて彼の偉大さを思い知らされてしまう。
「スワレさん大丈夫ですか!?」
「はい! 体力はまだ保つので安心してください!」
今スワレは冷気の精霊の力を借りて全力でキュートの内部を冷却している。それでも体感温度は五十度を超えているだろう。これが長引けば二人とも危うい。
「スワレさんが一緒じゃなかったら、とても昇れませんね」
「私の存在も含めての試練なのでしょう」
だとしたら光栄だと笑う彼女。第五大陸にはオクノケセラに対する信仰は無いが、あのアイムの育て親にして人類を見守り続けて来た尊い存在だということは知っている。そんな女神に認知され、ある程度実力を認めてもらえているのは素直に誇らしい。
――つい最近、兄のズウラが急成長を遂げた。今の彼はアイムやグレンと並んで星を守るための最大戦力の一人に数えられている。
実のところスワレは悔しかった。だから努力して、双子の兄に追い付こうと努力するうちに気が付いた。自分には自分の強みがあるのだと。頭上を睨みつけながら地上の兄に向かって吠える。
「今! この場では私の方が役に立つ! 悔しいか兄!」
上昇するほどさらに温度が上昇していく。けれど彼女自身もまた冷気の放出を加速させてそれに対抗する。
彼女の強みとは周りに冷気を発する何かが無かったとしても、自身でそれを放出して操作できる点だ。ズウラは鉱物が存在しない環境では無力である。けれど彼女はどんな場所でも常に最高の力を発揮する。
とはいえ、それでもやはり――
「ううっ……うううっ……!」
「熱い……!」
温度の上昇が止まらない。いくらなんでも太陽の熱に対抗するには精霊達でも力不足。危険域に突入したことをキュートの機械的な念波が告げる。
【警告、内部温度が人体にとって致命的な領域に迫りつつあります。このまま上昇を続ければ数分以内にお二人は意識を喪失するでしょう】
「どうにかならないですか!?」
ニャーンは諦めない。諦めてしまったら終わりだとちゃんと理解している。でもそれ以上にこの先へ進みたい理由がある。
「皆が戦ってるの! 私も行かなきゃ!」
「そうです、構わないからこのまま進んで! 私はどうなっても、ニャーンさんだけは絶対に宇宙へ上がらせてみせる!」
「駄目! 行くならスワレさんも一緒です!」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
互いへの想いが口論に発展しかけた時、頭上から巨大な炎が襲いかかって来てキュートを瞬時に飲み込んだ。さらに温度が上昇してしまい少女達は悲鳴を上げる。皮膚から蒸気が上がって眼球や口腔も乾き、鋭い痛みが走った。
「きゃああああああああああああああああっ!?」
「う、ううっ……!」
【……】
二人がまだ辛うじて致命的なダメージを負っていないことを解析しつつ、一旦その場で停止して対処法を考えるキュート。
太陽へ近付けば近付くほど圧力が強くなり、それに耐えることにエネルギーを使わなければならない。そのため上昇速度が落ちる。この空間は歪んでおり塔の外から観測した太陽との距離がそのまま適用されるとは限らないから、あとどれだけ飛べば目的地に辿り着けるのかは不明。
搭乗者の生存を考えた場合、今すぐに引き返すしかない。しかし彼女達はその選択肢を拒絶するだろう。戻っても惑星そのものが凶星による攻撃を受けたなら滅亡は必至だからだ。
考えていると彼の中に保存されている一つの『記憶』が語りかけて来た。
【キュート、アンタってアレはできないの? アイム・ユニティがやってた光の壁を出す技。アレで熱を遮断できない?】
回答する。
【魔力障壁による熱の遮断は可能です。ただし私は魔力障壁を使えません】
【どうして?】
【魔力とは知性体の有する『感情』が生み出すエネルギーだからです。私はフェイク・マナで形成された機械に過ぎず、人間のような感情は持ち合わせていません】
【でも魔力障壁を発生させる方法は知ってる?】
【はい】
だったらと、その赤い髪の少女の記憶は頷いた。
【アンタはそれを私達に教えてくれればいい。後はこっちでやるわ】
【貴女はデータにすぎない】
【だから何? 死んで魂だけになったとしても、魂ですらない幻だとしても、私にとってこの子は大切な友達で家族なの。心配してるし窮地に陥っていたら助けたい。これが『感情』でなくてなんだって言うの?】
なるほど。彼は納得した。
納得できた。
【アンタ、本当に気付いてないの? 気付いているけど理解できてないだけ?】
【何をでしょう?】
【アンタはとっくに『ただの機械』から脱却してるってこと。女神様はね、スワレさんの力を試練を攻略するための鍵として組み込んだように、アンタのそれにもきっと期待をかけてる。アンタはニャーンの弟の名前をもらった。そんな大切にされている存在が、単なる機械でいられるわけないじゃない】
次の瞬間、キュートはたしかに自身の内から湧き出す力を検知する。彼の中に保存された記憶が、ニャーンやスワレを守りたいと願う人々の気持ちが本来なら怪塵の結晶になど備わっているはずのない魔力を生み出し、彼という存在に託す。
もはや赤い凶星でも白い怪物でもない、キュートという名の仲間に。
「はぁ……はぁ……何してるの、進んで! 早く!」
「キュー、ト……上に……!」
スワレはまだ冷気を放出し続けている。ニャーンの指示も後退でなく前進。二人の覚悟が彼にも『勇気』を与えた。
【これはきっと、私を変える決断でしょう】
「え……?」
【私はもう『抗体』ではなくなります。二度と戻ることはできない。そう考えると、けっしてその選択肢を選んではいけないと訴える自分がいます】
けれど逆に、前に進めと訴える自分もいる。
【私は、もう一つの声に従います。ニャーン・アクラタカ、貴女がくれた名前を誇るために】
「キュート……?」
【スワレ、冷気の放出を続けてください。私に出せる最高速度で一気に突っ切ります】
「な、なんでいきなり……」
【お願いします】
「あ、は、はいっ!」
【いきます】
キュートの全身が青白い光輝を放つ。ニャーンとスワレは驚愕した、この輝きには見覚えがある。アイムが空中での移動や防御に使う障壁と同じ輝き。
怪物には使えないはずの『魔力』の光。
【上昇再開】
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