爪牙信撃
星々の輝く漆黒の空で無数の光条が交錯している。合間を駆け巡るは漆黒の狼。そして光が人の形を成した巨人。
アイムとグレンは迫り来る赤い凶星の波と接触し、母星から遠く離れた宙域で戦闘を始めていた。その距離は母星と月との間の約二倍。
光る壁を蹴って跳躍、そしてまた跳躍。宇宙空間には重力が無い。そのためアイムは空を駆ける時のように魔力障壁を展開し、それを足場に上下の区別もできない空間を跳び回る。
(体が軽い!)
重力も空気抵抗も無い場所ではこうなるのか。現在の彼の速度は地上での最高速度を大きく凌駕している。
呼吸も可能。宇宙に出た途端、肉体が勝手にこの環境に適応して変化を遂げた。酸素は無いはずなのだが別の何かを体内に取り込んで生命を維持できている。我ながら便利な能力だ。
『ぬうっ!』
考えている間にも敵の猛攻は止まらない。四方八方から襲い来る触手の間を掻い潜って再び障壁を足場に跳躍。素早く複数の敵のうち一体だけに狙いを絞って爪を突き立てた。大陸級の巨大な敵の表面を滑りながら爪を長く伸ばし、卵型の胴体を数枚に分断してやる。
無論すぐに断片を繋ぎ合わせて再生を始めた。そこへすかさず咆哮を放ち、超振動波でトドメを刺す。粉々になった敵は霧のように拡散しつつ辺りに漂った。
『まだまだ!』
言葉通り、息つく間も無く他の敵が光線を放つ。その光が目の前でねじ曲げられる。光の精霊と同化したグレンによる援護。光学兵器の類は彼には通用しない。
いちいち礼を言うのも難しい。言葉を交わすことはなく、今度は彼に迫っていた巨大な刃に噛みつき、へし折ってから本体部分に体当たりをして粉砕。互いの死角を補い合い、それによって余計なダメージを受けないようにしつつ次の標的へ。
【フンッ!】
光の刃を振り回し、瞬く間に数体の敵を両断してから光弾をばら撒くグレン。細かな破片がより小さな粉塵と化して無力化される。
それからも休まず動き続ける両者。十万の『抗体』を次々蹴散らし、開戦からの一時間足らずですでに数千体を倒している。
とはいえ本当の意味での無力化はできていない。周囲に漂う赤い破片は膨大な量の怪塵となって母星の方へ流れて行く。数時間後には惑星全域に降り注ぐだろう。そうなれば大量の怪物が発生し、吸い込んだ獣達も怪塵狂いの獣と化す。
だが焦ってはならない。この状況ではそれこそが命取り。ニャーンが来られなければ、どのみち母星は滅ぶ。そんなことは本人が一番理解している。だから彼女は必ず来る。そのために今、全力でオクノケセラの試練に挑んでいるはず。
なら自分達にできることは、あの娘と母星に残った仲間達を信じ戦い続けることのみ。一体でも『凶星』のまま到達させれば一撃で星が滅ぶ。それだけはさせない。
(戦える! あの外道のおかげとは思いたくないが、アリアリとの戦いで得た力のおかげで十万の凶星相手に圧倒できておる!)
ただし、この有利もいつまでも続くとは思えない。
事実として敵は一度見た攻撃に対し次からは確実に対応して来る。
【やはり凶星同士で戦闘経験を共有している! 長引くほど不利になるぞ!】
『わかっとる! なるべくワシが先に切り込むからお主は援護に回れ!』
超振動波を操る能力を応用し、出力の弱い振動波を放って要請。グレンはグレンでテレパシーのようなもので直接脳内に語りかけて返答する。光に情報を乗せるだとかなんとかで、目からそれを受け取ると受け手側の脳が勝手に『声』に変換するらしい。
【承知!】
『よし、行くぞ!』
一瞬だけのやり取りの後、再び切り込む二人。アイムも数多の並行世界の自分と戦闘経験を共有している。引き出しの多さでは負けていない。今しばらくは優位を保てるだろう。
そう思った直後、複数の光線が彼の胴体と首を貫いた。グレンの能力による干渉を回避して。
『ぐっ!?』
無数の鏡が浮かんでいる。グレンに攻撃の軌道を読ませないよう、敵はそれに光線を反射させて攻撃して来たのだ。
【アイム!】
『構うな!』
漆黒の体毛を増量させ、分厚い鎧と化して光線の威力を弱めながら突進する。完全に防ぐことはできないが同位体の力を借りていれば瞬時に回復できるから問題無い。即死さえしなければ戦闘は継続可能。
強引に間合いを詰めて『抗体』達を次々に打ち砕く。
でもやがて、その手応えにも変化が。
(硬い! 防御面でも強化されつつある! 数が多い分だけ学習能力も桁違いに高い!)
敵の成長速度はこちらの予想以上。キュートが個体であったのに対し今回は群れとして襲来したからだろう。戦闘に加わっていない個体がこちらの動きを観察して解析。そしてその情報を全体に共有することで圧倒的な速度で学習を進めつつある。
『上等じゃ!』
【貴様等が我等を上回る前に、全て殲滅するまでの話】
さらに加速するアイムとグレン。複雑な軌道を描いて襲い来る光線と触手の雨を避け、あるいは強引に突破し、また数十体の敵を瞬く間に塵に変える。
破壊された残骸は、なお星を滅ぼす機能を保持したまま引力に誘われ、彼等の母星の方へ流れて行った。
空が赤く染まり始めている。霧のように漂う大量の怪塵が今にも降り注いできそうだ。見上げて息を呑む地上の人々。
「いよいよだな、来るぞ」
「迎撃の準備は済んでおります」
「うむ」
老将ドルカの言葉に頷くワンガニの王ナラカ。翡翠色の瞳で背後にそびえ立つ巨大な岩山とその麓の街並みを見渡す。さらに街の周囲には数十万の大軍勢。第一大陸の全ての戦力が今、この場に集結していた。
「避難は?」
「済んでおります」
子供や老人など非戦闘員のみを岩山に匿い、他の者達は一般市民であっても装備を与えて隊列を組ませてある。
指揮官のドルカら精鋭中の精鋭には第四大陸と交渉して買った対怪物兵器を装備させた。彼等を中核にした軍勢でもって予想される災禍の発生に対抗する。空を見上げるたびに心許なくなる程度の戦力だが、こんなに早くこの時が訪れるとは思っていなかったのだからいたしかたあるまい。
むしろ多少は備えができていた分、幸運だ。先代の王の時代なら為す術無く蹂躙されている。
「やはり怪物が発生するのだろうな」
ここワンガニの周辺では怪物は滅多に現れない。広大な範囲の土地を祖先達が均し、塵の溜まりにくい地形に変えたからだ。しかも極まれに発生する怪物はグレンが素早く処分してくれていた。
けれど、流石にあれだけの量の怪塵が降り注げば怪物の発生は避けられまいし、最前線で戦っているグレンがここまで戻って来て助けてくれるはずもない。
「獣も大量に狂うでしょう」
この地の人々を最も苦しめて来たのは怪塵を大量に吸って発狂した怪塵狂いの獣。だがニャーンが世界中の怪塵をかき集めてくれたおかげで、ここ最近はこちらも現れなかった。
こうなることは予想できていたため、ある程度の数の動物は捕獲してある。とはいえ流石に第一大陸の生物を全て集められるわけもない。捕まえた分は絶滅を防ぐため保護しただけ。もしもこの災禍を乗り越えられたなら、その時には野生に帰して再繁殖させる。そうしなければ必ず食糧危機が訪れるだろう。
「満足な訓練期間さえあれば、民兵をもっと鍛えてやれたのですが」
「案ずるなドルカ、今の我等はかつての我等とは一味も二味も違う」
「それはたしかに」
第四大陸から購入した兵器だけではない。ニャーンが、というか正確には彼女の連れていた白い怪物が形成してくれた防衛機構も配備済み。そして臆病ながらも勇敢にグレンに立ち向かったあの少女の姿を見たおかげで民の意識が変わり、英雄一人に頼るのでなく一人一人が自衛の意識を持たねばならぬと考えるようになっていた。おかげで三ヶ月の訓練にも素直に耐えてくれた。
無論、彼等もいる。ナラカはドルカの背後を見た。数人の男女が視線に気付いて頷く。
「我等も可能な限り尽力します」
「うむ」
精霊に祝福されし者達。宇宙で戦闘中のグレンを除き、第一大陸の能力者が全員このワンガニに集まってくれている。彼等もまた、あのニャーン・アクラタカに触発され数ヶ月の間に大きな成長を遂げたという。どうやらあの少女にはそういう特性が備わっているようだ。関わった者達に進化を促す力が。
戦闘には向かない能力者もいるが、だとしても役割はある。どんな力も使いよう。後方支援とて前線を支える重要な仕事の一つ。
「ドルカよ、私の見る目は確かだったろう」
「はい」
二人揃って空を見上げながら頷く。女神による思わぬ妨害にこそ見舞われたが、だとしても彼女は必ず宇宙へ行くだろう。彼等はそう信じている。
「ニャーン・アクラタカ。あのお嬢さんは、やはり我等に多大な利益をもたらしてくれた。民衆の心を変え、能力者の才能を引き出し、神々の理不尽に抗って生き残る道を開いた」
彼は王であり同時に商人。だから商いは信用が大切だと知っている。恩には必ず礼をもって報いなければならない。借りたものは返してこそ信用が成り立つ。
だから報いよう。借りを返すのだ、一人でも多く生き残らせることで。それが、あの純粋無垢で優しい少女に対する最大の礼となる。
「すまんがドルカ、今回は見せ場を譲ってもらうぞ」
「ご随意に」
了承を得たことで剣を抜き、天に向かって掲げるナラカ。もちろん彼自身も武装している。流石に戦闘に加わるつもりは無いが、必要に迫られたなら自分の身くらいは守ってみせよう。この場にいるのは自ら先陣に立って士気を高めるため。
その一環として声高らかに呼びかける。
「第一大陸の民よ! 事は恐れるに足らず! 見よ、あの空を駆ける光を! あれぞ我等が英雄が、グレン・ハイエンドとアイム・ユニティが最前線で戦ってくれている証! 今なお光の交錯が続く理由は両名が獅子奮迅の活躍を続けているからに他ならない!」
その言葉に歓声が上がる。いや咆哮だ。兵士も一般人も関係無く、岩山の方からも大勢の人間が雄叫びを上げて大気と大地を震わす。
「グレン様! ご武運を!」
「アイム・ユニティ! 我等が大英雄に万歳!」
「ニャーンちゃん! がんばってえええええええええええええっ!」
「そうだ、顔を上げろ! 力の限り叫び、我等も後に続こう! 人の身で宇宙へ上がることはできないが、せめて自分自身の手で故郷を守り抜くのだ! 勇敢なる諸君にならそれができる! 聖女ニャーン・アクラタカの加護があることも忘れるな! 彼女の力も我々と共にあるのだ!」
タイミングを合わせて一斉射される号砲。さらに人々の声が大きくなる。
「そうだ、吠えろ! 我等を千年守りし彼の大英雄のように、かつて凶星を砕いてこの星を守った一撃のように! その一声で怪物を打ち砕き、さらなる勝利を掴み取ろう!」
直後、空の一角が輝いた。気付いた直後に岩山の麓の街へ光線が突き刺さる。これは予定に無い想定外の事態。
間違いない、敵の攻撃である。
「ぬおっ!?」
「来たぞ、やはり空を覆った光の壁は怪塵の侵入を防いでくれんらしい」
女神オクノケセラの言葉通りだ。なら人類はこの試練に打ち勝たねばならない。彼女達に生存を認めてもらうために。
「構えよ!」
突然の襲撃に恐慌状態に陥りかけた民兵達をドルカの一喝が鎮める。反射的に武器を構えさせて戦意も鼓舞する。
臆する意味は無い。どのみち負ければ星ごと滅ぶ。
「命を燃やせ! 骨の一片になろうとも敵の首筋に突き刺さり、喉笛を噛み千切れ!」
「そうか、上空の気流によって怪塵が集められたのだな」
おそらく風が渦巻いている場所があるのだ。そのせいで空中で怪物が生じてしまった。ナラカの推察通り数体の怪物が落下して来る。不定形のそれらは地上の人々の思考を読み取っておぞましく恐ろしい姿へと変化していく。
けれど逃げ出す者はいない。戦うしかないのだと、それは本能として理解しているから。一人の少女に貰った勇気も、震える足を支えてくれている。
「あ、あんな子でも戦ってるんだ……男が逃げ出すわけにはいかんわな」
「そりゃそうだ」
「いいぞ諸君、怯まず睨みつけてやれ! 窮鼠は猫に噛みつく。見せてやろうじゃないか地を這う鼠の意地というものをな!」
再びの咆哮。武器を構えた兵士達が敵を睨む。同時に街を取り囲む形で配備された防衛機構群が動き出した。白い正方形の物体から無数の触手が吐き出され、迫り来る赤い怪物達に絡み付く。
「どうせなら攻撃兵器を配備して欲しかったところですが」
「言うな、あの娘の性格では仕方ない」
ニャーンの意向によって防衛機構には攻撃能力が与えられなかった。あれらは怪物を拘束し味方への攻撃を阻む機能しか有していない。
無論、十二分に助かる。
「都の防衛機構も機能を発揮しています!」
部下からの報告に振り返るドルカ。非戦闘員を収容した岩山が怪塵の壁で覆われていく。あれもニャーンが用意してくれたもの。
後方を気にせずに済むのもありがたい。戦闘員は前だけ見て戦うことができる。
「攻撃は我等『野蛮人』の務めだ、それでいいだろう」
「左様ですな」
フッと笑って戦斧を掲げるドルカ。ここからは指揮官たる彼の領域。王にはあの怪塵で覆われた都へ退避してもらう。
ナラカは「死ぬな」と声をかけようとして直前で考え直した。彼等が突破されたら全員皆殺しにされる以上、そんなことを言っても意味が無い。
「勝てっ」
「承知! 全軍前進! 防衛機構と連携して怪物どもを撃破せよ!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
数十万の兵士が、岩山に匿われた女子供と老人が叫ぶ。触手に仲間が引き裂かれても光線に数人まとめて消し飛ばされても怯むことなく立ち向かって行く。兵士達が敵に群がる前にしっかり狙い定めて放たれた砲弾が最初の一体に命中して体積を大幅に削った。拡散して塵に戻った部分は風に吹かれて東に流されていく。
かくして第一大陸から地上での戦いも始まったのである。
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