真の名は
第四大陸、それはアイムと初めて出会った場所。第三大陸を巡った後、再び訪れたその場所で彼がニャーンに課した試練は『対怪物兵器』を装備した軍隊と戦うというものだった。
「無理無理無理無理無理無理無理です!」
戦うのは大嫌い。だから当然そう言って拒絶したのだが、アイムは有無を言わさず彼女を荒野にある兵器試験場まで引きずって行った。そして、そこにはかつて彼女の身柄を確保すべく暗躍していた二大国の王と皇帝も肩を並べて待っていた。
「おお、この娘が『怪塵使い』か」
「見目麗しいお嬢さんじゃないか。どうだね、今からでも帝国に来ないか? 最高の待遇で迎えることを約束しよう」
白く長いヒゲを蓄えた小柄な老人の名はスアルマ。かつてアイムに『怪塵使い』の追跡を頼んだゾテアーロ王国の君主である。
一方その隣でニャーンにコナをかけたのは黒髪でやはり黒い口ひげを綺麗に整えた伊達男。名はヌダラス、東のゾテアーロと双璧を成す西の大国バイシャネイルの皇帝である。
二人に自己紹介され、ニャーンは目を丸くした。
「え? え? たしかあの、お二人の国って……戦争してるんですよね?」
「ほう、第六大陸から渡って来られたのに良く知っている。その通り、我が帝国を中核とする西部と彼の王国が率いる東部とは長年戦い続けており、今も敵対関係だ」
「そ、そうですよね?」
ヌダラスの説明を聞いて余計に頭がこんがらがるニャーン。目の前にいる二人は敵同士には見えないほど親密に見える。まるで十年来の親友だ。
やがてスアルマが種明かしした。
「国同士は敵対しているが、我々は幼い頃からの友なのだよ。親同士もやはりそうだった」
「ええっ!? な、なのに戦争を?」
何故? 戦争とは普通、いがみ合っているからするものではないのか?
驚く彼女に今度はアイムが説明する。
「こやつらのは茶番よ。下の者達は本気でぶつかり合っているが、上は何代も前から結託しておるのだ。怪塵対策のためにな」
「怪塵……? 戦争と怪塵に何の関係が……?」
「大アリだ。お嬢さん、技術はどんな状況下で最も進歩するかわかるかね?」
「え? え? えっと……」
ニャーンは研究者達が実験室で色々なことをして新しい何かを生み出そうとしている場面を想像した。
「ゆ、ゆっくり考えられる時……?」
「であれば良かったが、現実は違う。技術、特に兵器の性能に関する知見が向上するのは、やはり戦いの中でなのだ。実戦でそれを用いてこそ問題点が洗い出され、迅速な改善に繋がる」
「あ、なるほど……」
ここまで説明されれば鈍いニャーンにもなんとなくわかってきた。つまり、この大陸が二分され争い続けているのは怪塵という共通の脅威に立ち向かうためなのでは?
「その通り。こやつらはそうして兵器の性能と兵士の練度を上げ、祝福に頼らずとも怪物と戦える軍隊を構築した」
「ワシらはこう呼んでおる、対怪物特戦隊と」
そう言ってスアルマが振り返り、手で示したのはズラリと並んだ屈強な兵士達。全員が全く隙の見当たらない堅固な守りの重甲冑で身を包み、恐ろしく長い槍を穂先を上にして持っている。
「あの槍は穂先に特殊な弾頭が仕込まれておってな、怪物に刺さると同時に爆発する。しかも自動的に次弾が装填される仕組みよ」
「甲冑も凄いぞ。象が踏んでもへこみもしない強度を誇り、表面に施された塗装のおかげで怪物の放つ光線を数回は弾ける。中身も両軍から選りすぐりの兵だけを選抜した。精霊の気まぐれに左右される『祝福されし者』より、こちらの方がよっぽど信頼できる」
さらに彼等の背後には動力戦車なる馬を使わずに動く馬車のような兵器の姿もあった。長い筒の先端から兵士達の槍の強化版のような『砲弾』を発射して怪物を一撃で粉砕できるという。
「す、すごい……たいかいぶつ……とく、とく……」
とくなんだっけ? 一回では覚えられなかったニャーンのためにヌダラスが補足する。
「特戦隊。怪物と戦うことを目的とした精鋭中の精鋭とだけ覚えてくれればいい」
「なるほど」
今度は「せいえいってなんだっけ?」と思いつつもとりあえず頷くニャーン。とにかく凄い部隊ということは理解できた。
(やっぱり人間ってすごい)
祝福されし者以外にもこんな戦力が存在していたなんて。どうりで第四大陸は栄えているはずだ。同じように戦争ばかりしている第六大陸に比べて人々の顔が明るく活気があることをずっと不思議に思っていたが、それは神や精霊に頼らず自力で困難に立ち向かおうとする逞しさの表れなのかもしれない。そしてその事実がなんとなく、ちょっとだけ嬉しい。
一方、アイムは何故か不機嫌な表情。
「フン……前に見たのと少し違う。また改良したか」
「当然。前と同じでは試験をする意味が無い。日々進歩していかねばな」
「ああ、その通りじゃ」
彼は第四大陸の誇る精鋭部隊が気に入らないらしい。この時、ニャーンにはどうしてなのか全くわからなかったし、彼も何一つ語らなかった。ただ「怪物と戦うための兵器だから怪物の役をしてやれ」と言われ、特戦隊の新兵器評価試験に参加させられただけ。大変な役ではあったけれどスアルマとヌダラスは大満足して彼女を人類の味方、救星の希望と認めてくれた。
少し前の記憶を振り返ったニャーンは、ようやく理解した。人類の成長を望んでいるはずの彼がどうして特戦隊だけは嫌悪していたのかわかった。
これだった。この大陸の人々が強いられている犠牲を知っていたから。あれらの兵器はたくさんの人々を苦しめ、悲しませて、その果てに生み出されたものだから。
第七大陸で椅子に縛り付けられたまま、改めて彼女は問う。
「貴方は何者ですか?」
冷静さを取り戻したおかげで、自分の中の何かが鳴らす警鐘に気付くことができた。本能が訴え、警告している。その男に気を許すなと。
だから正体を知りたい。知らなければきっと対処できない。
「馬鹿正直に答えると思うのかい? ふふ、その通りだよ。別に秘密にはしていない、どうせ僕の本当の名前なんて聞いたって君達には何の意味も無いから」
アリアリ・スラマッパギと名乗り続けた男は、あっさりそれが偽名であると認めた。
「スラマッパギとは本来挨拶の言葉だよ。意味はおはようございます、だったかな? アリアリはもっと適当に付けた名前。アリという名前の害虫がいてね、君達にしてみれば僕はまさしく害なす虫だろう? でもアリ・スラマッパギだと語感が悪いからアリアリにしてみた」
偽りの名も彼にとってはどうでもいいもの。どうせ、いつかはまた去っていくのである。全てを地獄に変えた後で。
「さっきの映像を見た君なら、もうわかっているんじゃないかな? 僕はこの世界の人間じゃない。別の世界からやって来た来訪者だ」
「……」
ニャーンは全く見慣れない文化や姿の人々を思い出す。たしかにあれら、そして彼等がこの世界に存在しているとは思えない。
そして何故か今の彼女は『他の世界』が存在することに対し疑念を持っていない。それが当然のことと認識している。
「いくつもの世界を、渡って来たんですね」
「そうだよ、ご明察。素晴らしいな、それが君の本当の姿か。トラウマが邪魔になっているだけで実際には賢く優秀な人だ。流石に彼女に似ている。レインボウ・ネットワークと繋がったおかげで異世界の存在も無意識に実感できているね」
彼女? 再び先の映像を思い返すニャーン。でもそれらしき人物が映っていた記憶は無い。自分と似ている誰かなどいなかった。
けれど答えはすでに彼女の中にあった。直感的に悟る、先程から警鐘を鳴らしている本能こそがその正体だと。
顔を近づけ、もう一度ニャーンの目を覗き込む男。彼が良く知る『王女』に似た桜色の瞳。髪の色も同じで顔立ちにも面影がある。雰囲気こそ異なるが彼女もやはり美しかった。
だから選んだ。最初の被験者に。
「君は『ナデシコ』という女性の子孫なんだよ。まあ、正確に言えば彼女と血縁は無いのだけれど、君の細胞一つ一つに彼女の遺伝子が含まれているのさ。僕がばら撒いたからね。新たな
桜色の髪と瞳。ナデシコと同じ素質を持つ人間の多くは同じ身体的特徴を持って生まれる。
何度も繰り返した。この世界に到る前にも数多の世界で彼女の代わりを求めて。因子を撒いて種が芽吹き、成長して実を結ぶ時を待った。
そうして今ようやく生まれたのがニャーン・アクラタカ。あの王女以上の素質を秘めたる新たな個体。
「君になら、この名前の意味が理解できるかもしれない。僕に人生を狂わされた彼女の『記憶』が警告してくれるだろう。はじめましてニャーン・アクラタカ、僕の名前は
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