力と力(1)
「──お主の翼な、あれは使える。まずはあれをもっと使いこなせるよう重点的に鍛えてみよう」
ビサックの小屋にいた間、アイムはそう言ってニャーンにある物を渡した。
「あやつに作ってもらった。お主、これを肌身離さず持っておけ。そしてことあるごとに手で触れて感触を覚えよ」
「なんですかこれ? 首飾り? 筆?」
ニャーンが受け取ったそれは首から下げるためと思われる紐がついた毛筆。そうとしか言いようのない代物。ただ、字を書くのに使うにはあまりに短い。そして先端の毛は墨に浸すまでもなく漆黒。艶があって柔らかい。どこかで見たような質感。
「あっ、これってまさか」
「そう、ワシの毛じゃ。といってもこっちの姿のではないぞ、獣の体の方のだ」
「な、なんでこんなものを?」
狼となったアイムの毛に埋もれるのは嫌いじゃない。しかし人間の、しかも異性の姿をした相手から体毛を贈られるのは流石に不気味。
「引くな。お主を強化するための訓練の一環だ。前にも言ったが、お主が
「そうなんですか?」
「鍛冶職人がどれだけ苦心して頑丈で切れ味の良い刃物を作り出してると思う? 切れ味を増すには硬さが必要。しかし折れにくくするにはしなやかさが要る。いかにそれら相反する性質を両立させるか。そこが腕の見せ所なわけだ。しかし」
彼はニャーンを指差す。そして自身の体毛で作った首飾りも。
「ワシの毛は、それこそ最初から最高の強度としなやかさを兼ね備えた素材じゃ。もしもそいつを剣に加工する技術を確立したら職人は最強の剣を生み出すだろう。
お主に求めるのはそれだ。ワシの毛の感触をしっかり頭に叩き込め。直に触り続け完璧に再現できるようになれ。さしあたってはいつもの翼をワシの毛と同等の強度、柔軟性を備えた無敵の武具に作り変えるが良い」
説明を聞いて、アイムの毛を与えられた理由は理解できた。狼の姿の彼は炎に焼かれず、水を弾き、刃を通さない。それはこの獣毛に全身が覆われているからだそうだ。そんな彼の力を獲得できれば、たしかに身を守る上でこの上無く役立つ。
でも一つだけわからない。
「どうして翼なんですか?」
「お主の手持ちの武器の中で、それが一番熟達しておると見たからだ」
腕を組み、見上げるアイム。そもそもニャーンの怪塵の使い方はまだ幅が狭い。壁や盾を作って相手の攻撃を防ぐか、翼を広げて空を飛ぶか、大きく分けるとこの二種類だけだ。最初に会った時、彼の周囲に怪塵の渦を作り目くらましとして使ったが、それを加えてもまだ三つ。
壁は具体的なイメージが出来上がっておらず脆い。盾だといくらかマシだが、武具の類と無縁な人生を送って来たため、やはり
されど数ヶ月間、彼女の逃亡の旅を支え続けた翼の練度は別格。まるで本物の鳥の如く操ることが出来て、人間ならではの視点で腕の延長として使う姿も見た。具体的には森で高い枝に果物が実っているのを見つけ、翼の先端を巻きつけもぎ取っていたのだ。
その彼女らしからぬ器用さを見て閃いた。翼を強靭さと柔軟さを兼ね備えた防具にしてしまえばいいのだと。手足同然に操れる翼を盾としても使えたなら彼女の防御能力は格段に増す。飛行中に翼を射抜かれて墜落する心配も無くなる。
「本来なら基礎からコツコツ鍛え上げていくところだが、お主の場合即戦力になってもらわにゃ困る。手っ取り早く成長する基本は長所をさらに伸ばすことだ。だからまずは翼を鍛えよ。ワシの毛に触れてイメージを構築し、最強の盾を作り出すのだ」
──そして今、瞬時に決着がついたかと思われたその時、ニャーンは新たな力を得た翼でグレンの一撃を弾いた。
しかし流石に歴戦の勇士。動揺は一瞬、すぐさま膝蹴りで追撃を狙う。
「させんわ!」
「チッ!」
今度は戻って来たアイムが防いだ。ぶつかり合う蹴りと蹴り。衝撃が大気と大地を震わせる。ニャーンが檻の形成を素早く解いたおかげでどうにか間に合った。
「よう防いだ、褒めてやる!」
「お、おかげさまでっ」
彼女のその返答を待たず立ち向かって行くアイム。今の激突で膝を砕かれたグレンは光を風車のような形状に変え、自身の前で回転させた。
「っと!?」
迂回するアイム。その分だけグレンが遠ざかる。時間を稼いだ彼は再び無数の光の刃を伸ばし周囲を旋回させた。長大な剣が何本も振り回される。
「相も変わらず厄介な!」
「ひ、ひゃああああああああああああああああああっ!?」
縦に横に斜めにと自在に繰り出される超広範囲斬撃。獣の姿でならともかく、人の姿で受ければアイムですらただでは済まない切れ味。人間などひとたまりもない。大地に無数の太刀筋が刻まれニャーンの悲鳴が木霊する。翼で自分を包み、辛うじて防ぎ続けている状態。
「フッ!」
意識を刃に向けさせ、その隙を逃さず細い光線を放つグレン。線で駄目なら点。一撃はニャーンの防御の隙間を狙い、的確に撃ち込まれた。
しかし当たらない。刃を掻い潜ってきたアイムが寸前で蹴りを叩き込んだから。狙いは逸れ、光線はニャーンの頭上を掠めて通過する。あまりに速すぎたため彼女は攻撃されたことにすら気付かない。
「ぐうっ!?」
「今の手応え、腕が折れたな!」
つまり隙ができる。好機と見てさらに踏み込むアイム。
しかし嫌な予感。反転してニャーンの元まで戻り、彼女を引き倒して伏せさせる。
「わぷっ!?」
「危ない危ない、そんなことまでできるのか……」
「獣の直感……やはり鋭いな……」
伏せたニャーンの近くに穴が空いた。外れたと思った光線が戻って来て彼女が直前まで立っていた空間を貫き、地面を穿ったのだ。どれだけ深くに達したかわからないほど。
「油断するな、まだまだ隠し玉があるかもしれん。もうちょっとだけ気張れ」
「は、はい……」
彼女の頭をぽんぽん叩き、油断無く相手を見据えつつ立ち上がるアイム。あまり時間はかけられない。自分はともかくニャーンが凌ぎ切れない。
──しかたない。
「使うか、四つ目」
「え?」
なんのことだかわからない少女の前で、彼は恐るべき変貌を遂げた。
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