神の子(2)

 翌日の、午後一時──


「父ちゃん、どっちが勝つのかなあ?」

「そりゃあグレン様さ。いくら流浪の英雄が強かろうと、神の子にゃ敵わねえよ」

「アイム様だと思うがのう。三十年前の戦いも先々代の国王陛下が止めなければあの方が勝っておった」

「爺さん、しつこいねえ。三十年前から同じことを言ってるじゃないか」

「焼きムスタパ、焼きムスタパはいかがっすか~」

「トゥルミもここで売ってますよ! 搾りたて新鮮!」

「アイム様とグレン様、どっちか死んじゃうかも……」

「そんなことにはならないといいねえ」

「あそこにいるの、アイム様のお弟子さんらしいけど、まさか一緒に戦うつもり?」

「審判役じゃないのか?」

「それが、あれって噂の怪塵を操る娘らしいぞ」

「えっ、第六大陸で見つかったっていう? ここまで逃げて来たのかい?」

「どこから出た話だよ。どうせガセだろ」

「普通の子にしか見えんのう」


 ──などなど、人々はそれぞれ好きな場所に腰かけ、あるいは立ったまま無責任な予想を立てたり噂を吹聴したりして時を待っている。あまりにもあまりなその光景にニャーンは立ち眩みを覚えた。

「な、なんですかこれ……?」

 グレンとの決闘は東の荒野で行う。そう言われて緊張しながらアイムと共に足を運んでみたらこれである。いったいどうしてこんなことに?

「ちゃっかりしとるのう」

 嘆息するアイム。どうやって話を聞きつけたのか街の者達が壁の外に集まり今か今かと戦闘開始を待っている。料理や飲み物を売る露店まで並んでいた。

「まあ、おおかたナラカの仕業じゃろ」

「国王陛下が?」

「露店まで立っとろう。こんな場所に無許可で出店はできん。やつが決闘を宣伝して人を集めたのだ。勝手に興行化しおって、あの守銭奴」


 ──ちなみに、そのナラカ本人は防壁の上に特別席を設けて座っている。背後にはまたドルカが控えていた。


「うむ、よく見える。さて将軍、お前はどちらが勝つと思う?」

「アイム様が三十年前のままであれば、おそらくはグレン殿。ニャーン嬢の能力は未知数ですが、性格が不向きすぎます。足枷にしかならんでしょう。アイム様は本来グレン殿を超える実力者ですが、彼女を守りながらでは精彩を欠くはず」

「ふふ、そうか。ならば私は逆張りさせてもらおう。その方が楽しめる」

「アイム様が勝つと?」

「いいや、そうではないよドルカ。私は彼女が勝つ方に賭ける」

 ナラカは自身を王であると同時に商売人だと思っている。あの少女からは強く金の匂いを感じる。上手に利用できれば莫大な富を得られる。そんな匂い。アイムやグレンに匹敵する英雄となれる資質。それを持った者なのかもしれない。

 見た目は平凡な少女。けれど彼は自分の嗅覚を信じている。信じて来たからこそ今でもこの地位にいる。今の時代、血縁などに対した権威は無い。実力を示さねば誰一人ついて来ない。

「見ていたまえ。歴史は時として思いもよらぬ人物に動かされる」

「だとしたら面白いのですが」

 ドルカもニャーンには好印象を抱いている。できれば死んでほしくない。もちろん第一大陸の誇る英雄やアイム・ユニティにも。


 ──アイムとニャーンが荒野の中心に辿り着くと、グレンはそこで待っていた。いつも通りの服装で、なんら気負うことなくリラックスした雰囲気。


「こりゃきつい」

「え?」

「あやつ、きっちり万全の状態に仕上げてきおった。ありゃあ手強いぞ。昨日の方がまだ倒しやすかった」

「……」

 身震いするニャーン。膝から力が抜けてしまいそう。弱気も顔を覗かせ今すぐここから逃げ出せと耳に囁きかける。

 けれど、ギュッと手に持っていた杖を握った。そして、それに彫られている言葉を読み返す。


“この杖はきっと、未来の英雄が手にしている”


「わ、私……は、もう逃げない。私にだって、戦う理由はある!」

「その意気じゃ」

 右の拳と左の手の平を打ち合わせ、ニッと笑うアイム。ニャーンよりも前に出て独特な構えを取る。


「──やはり、最初から本気ですな」

 眉根を寄せたのはドルカ。彼はあの構えを知っている。

「どういうことだ?」

「アイム様は千年に及ぶ戦歴を重ね独自の武術を編み出したのです。それをあの方は三種に分類して状況に合わせ使い分ける」

 一つは対怪物用に編み出した技で「虎乱スーフー」と名付けられた。機械的な判断しかできない怪物を翻弄するため、あえて不合理な動きを数多く取り入れてある。

 次は「象勁パタラン」という技。これはたとえば人間の軍隊や怪塵狂いの獣の群れといった多勢を相手にするためのもの。周囲の環境を利用してまとめて雑魚を蹴散らす技術。

 そして三つ目が、あの構えを起点として繰り出される技。

「私も実際に見たのは、三十年前のあの戦いの一度きり。たしか『蛇咬ウォルガ』と名付けたはず。グレン殿のような『強力な個』を想定した、半ば捨て身の切り札です」

「捨て身か……なるほど、本気なのだな」

 だとすると、これだけ離れていても被害を受けるかもしれない。流石に冷や汗を浮かべ身構えるナラカ。同時に男として興奮もする。これから始まるのは正に地上最強を決める戦いなのだ。


「ふうう……」

 長く息を吐くアイム。拳を握らず両腕を内側に巻き込むような構え。下半身はどっしり大地を踏みしめ、少しずつ重心を前に傾けていく。

「さて、あの頃はまだ完成に到っていなかったこの技、今の主に通じるかどうか」

「試してみればいい。こちらも以前のままではない」

 グレンも構えた。左右に腕を広げ、全身を白く輝かせる。いよいよ始まると知り、身を乗り出す観衆。一人は両手を胸の前で組み、熱心に祈っていた。

「神様……どうか、グレン様にご加護を……」


 ──ニャーンも深呼吸を繰り返し、どうにか気持ちを落ち着けて杖を持ち上げる。この戦いに開始の合図など無い。三人のうち誰かが動いた瞬間がそれ。

 だったら自分で口火を切りたい。これは我が身の運命を決める戦いだから。大勢の前で力を使うことに、まだ抵抗感はあるけれど──


「いきます!」

「やれ!」

 赤い塵が集まる。この場所は街中よりも怪塵が多い。それが瞬時に巨大な檻を形成してアイムとグレンを共に閉じ込めた。


 ──ように見えた。


 だが檻の中にいるのはアイムだけ。グレンはすでにニャーンの眼前。しかも攻撃動作を終える寸前。

 光を纏った手刀が細い首に吸い込まれ、


 弾かれる。


「!?」

「そう簡単にやられません! 私だって、特訓して来たんだから!」

 手刀を弾いたのは赤い翼。かつて普通の矢にも貫かれてしまったそれは、今は鋼の強靭さと羽毛の柔らかさを併せ持つ強力な盾に生まれ変わっていた。

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