心の翼(2)
『ほう』
「おぉっ!」
瞠目する男二人。ドームを形成していた怪塵が形を変えて翼になった。すぐさま大きく羽ばたき、少女を宙に持ち上げ飛翔させる。
「うううううううううううっ!」
開けた場所ではない。当然狭い隙間を強引に突っ切ることで枝葉が顔に当たった。腕を交差させてガードしつつ、なんとか木々よりも上へ舞い上がるニャーン。剥き出しの顔は小さな傷だらけ。涙ぐんだが泣くのは我慢する。
すかさず下から矢が飛んで来た。感動しつつもビサックはしっかり試験官としての役割を果たそうとしている。彼女は彼に尊敬の念を抱いた。彼は本当にすごい。神の祝福だけじゃなく、自分の持つ全ての能力を使って本気で相手をしてくれた。こちらは完全に翻弄されるばかり。これが命の奪い合いならすでに何度も殺されている。
でも勝利条件は彼の捕獲。だからニャーンは閃いた。とても単純で馬鹿馬鹿しい、でも彼女にしかできない方法を。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
吠える。別に力の発動に必要な行為ではない。けれど腹の底から湧き出して来た感情をそのまま声に変えて迸らせた。
途端、下から飛んで来た矢が空中で破裂する。ニャーンには届かない。
盾を作った? 違う。
ドームを作った? その通り。
けれど規模が桁違い。これには流石のアイムも度肝を抜かれた。
「なん、じゃと……」
ニャーンはたしかにビサックを捕まえた。彼の周囲、半径三十mほどの空間ごと怪塵のドームでフタをして。
「はぁ……はぁ……」
ニャーン自身も驚いた。まさか、こんなに大量の怪塵を同時に操れるとは自分でも想像していなかった。そして、世界にはこんなにもこの赤い塵が散在しているのだという事実に再び身体が震えた。
ぽつぽつと、また思っていることが自然に口をついて出る。
「わた、わたし、は……呪われているのかも、しれない……しれません……」
でも、
「生きたい! 生きていたいです! 今はまだ何も無いけど、夢とか目標を持って、努力して叶えて! 他の皆がしているみたいに、ちゃんと生きたい!」
貧しいからって、親が子を捨てるなんて間違ってる。一番正しいのかもしれないけれど、一度も会ったことが無い神様に何もかも従わなければいけないのは何故?
そんなの嫌。自由に生きたい。自分以外の誰かに選択を委ねたくない。
その上で、誰にでも胸を張って生きられるようになりたい。こんな呪われた力を負い目に感じなくて済むようなことがしたい。
たとえばそう、世界を救うとか。
「ユニティ、だめですか!? これでも私、だめですか? やっぱり、相手をやっつけられなくちゃ不合格なんですかっ!?」
昨日ビサックを捕え損ねた時の彼の失望した表情を思い出し、不安に下唇を噛みながら答えを待つ。
すると彼女の作り出したドームを小さな影が強引に突破してきた。いとも容易く風穴を空けてさらに上昇し、どういうわけか眼前で空中に立つ。どころか椅子に座るような姿でくつろぎ始めた。
「えっ!? ど、どうやって……」
「やはりな。向こうが透けて見える時点でそうだと思ったが、薄く大きく広げ過ぎて強度が足りん。それに怪塵で作ったものの硬さには、お主の思い描いたイメージも反映されているようだ。こないだバイシャネイルの連中に翼を射抜かれていただろう。あれは鳥の羽は柔らかいものという固定観念のせい。逆に盾は具体的に硬さを想像できる。だからこそ獣の爪も防げる。なら話は簡単だ、もっと想像力を磨け。知識も身に着けろ。そうすればこの壁も頑丈にできる。ワシでも突破できんほどに」
「は、はい……」
怒涛の勢いで駄目出しされ、しゅんと落ち込むニャーン。翼はそれでもバサバサ力強く羽ばたいており、若干シュールな光景。
でも、少し間を置いてから気付く。
「あれ……? それって……まだ、チャンスはあるってことですか……?」
「これで終いだなどとは最初から言うとらん。まあ、初めてにしては悪くない。問題点を見つけたなら、これから一つ一つ克服していけばええんじゃ。
合格ということにしといてやる、特別にな。脆いとはいえビサックの力でこの壁を破るのは至難の業じゃろうし、条件は一応満たしておる。わかったら風呂にでも──」
「ありがとうございます!」
喜びのあまり、思わず抱き着いてしまうニャーン。アイムは見る間に青ざめ、さらには目を白黒させる羽目になった。
「くっ、くっさあっ!?」
「あっ!? そういえば私、泥だらけでしたっ」
「離れろ! ワシは人間より遥かに鼻が利くんじゃ! 正直この訓練中ずっと辛かったんだぞ! 殺す気か悪臭娘!」
「あっ、あくしゅう……!? 乙女に向かってなんて言い草です! そもそも私が臭いのは貴方がやらせたその訓練のせいでしょう! 訂正してください!」
「いいから離れい! げっ、ワシの服にまで泥が!? ビ、ビサック! こやつをどうにかしてくれ!」
アイムが呼びかけると、いつの間にか近くの木のてっぺんまで登って来ていたビサックは愉快そうに笑う。
「やあ、今のはアイム様が悪い。オイラ言っただろ、アンタも年頃の子との付き合い方を学ぶべきだってな。いい機会だから一緒に風呂でも入ったらどうだ?」
「こ、混浴なんて嫌です! はしたない!」
「そうじゃ! そもそもワシは一人でゆっくり浸かりたい派じゃ!」
「初めて聞いたぞ。いつもオイラや動物達と一緒に入っとるじゃないか?」
「んなこた今はどうでもええわい! ともかく、この鼻の曲がるニオイの元凶をどうにかせい! 臭すぎて敵わん!!」
「またっ!? いいかげんにしてください、そんなに言うんだったら貴方も悪臭男になればいいんですよ、このっ!」
ニャーンは服についた泥を手ですくいとり、アイムの顔に近付けた。
「ちょ、おま、顔はやめっ──ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「あははははははははっ!」
森に木霊する英雄の悲鳴。泥まみれ悪臭まみれの少女はそんな彼を見つめ、心の底から楽しそうに笑った。
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