ハニー様
その駅前のスイーツ店は、クレープからタピオカドリンクから、甘いもの好きの女子が好みそうな食べ物がズラリとそろっていた。かなり離れた場所にいても甘い匂いが漂ってくるくらいだ。
休みの日だけあって、中学生から大学生あたりまでの女の子がその店に列を作っていた。そこからは絶え間なく悲鳴のような笑い声と、興奮した話し声が賑やかに弾けている。
ガラス張りの店内では、味よりも見た目の派手さ重視のスイーツを手にした女子が、思い思いにスマホをかざしていた。
「あの……」
だけど僕が話しかけたのは、その店の客ではなかった。その店から少し離れたところにある銅像前で突っ立って、人待ち顔をしている高校生ぐらいの女の子。
彼女のそばには街路樹があり、木陰になっているが、下からの反射熱はあるし、そもそも気温自体が高いから、たいして暑さを避ける役には立っていないようだ。ポータブルの扇風機から出る風を顔に風を当てているが、額とこめかみに汗が浮かんでいる。
「少しお話しさせてもらっていいですか?」
そう話かけると、女の子はさも嫌そうに顔をしかめた。
「なに? なんかの勧誘? それともアンケ? そういうのだったら、あそこの店にいる子たちに聞けば?」
彼女の言うことももっともだけれど、あんな賑やかな店内では、怖い話をしてもらったところで録音がうまくいかないだろう。
大体、僕はああやってうるさく騒ぐ陽キャよりも、いわゆる影キャ、というのに興味があった。
そういった人ほど、怪奇な現象に遭っている気がする。もちろん、それは僕の勝手な印象で、明るいコだって心霊現象に遭うのは、こんなことをしている僕が何より知っているわけだけど。
「いや、ナンパとか勧誘とか、怪しい者ではありませんのでご安心を。ただ、怖い話があったら教えて欲しくて」
愛想笑いをしながら、僕はいつもの説明をした。
「ふーん、 Uチューバーねえ。いいよ、怖いかどうかわからないけど、教えてあげる。知ってる人から聞いた話」
そいつはね、小学校のころ、夏に、上級生全体で学校の草むしりをさせられたんだって。
めんどくさいから、校舎の裏でずっとサボってたんだけど、ゴミ袋が空だと恰好がつかないから、さすがにちょっとやっておこうと思って、終了時間ぎりぎりに草をむしり始めたんだって。
そしたら、変なのを見つけたのよ。
はにわ。
そう、あの、ぽかんと口あけて、片手で頭を、もう片方の手でお腹を触ってるような奴。
いや、もちろん本物じゃなくてさ。あるじゃん、乾かすと素焼きみたいに固まる粘土が。茶色いヤツ。あれで作られてたんだって。
草むしりが終わったら校庭に集まることになってたんだけど、面白いからそいつはそのままそれを持っていったんだって。
そのはにわ、なんか愛嬌(あいきょう)のある顔してたから、結構みんなにウケたみたいよ。
そうしたら、先生まで気に入っちゃったみたいでさ。
『多分、何年か前の卒業生が、美術の時間に作った物だろう。だけど、返そうにも名前が書いてないし、捨てるのもかわいそうだから、飾っておこう』ってことになったんだってさ。
で、校舎裏の隅に捨ててあるブロックの上に、ちょこんと乗せられたわけよ。
その時はそれで終わったんだけど、数日後、そいつは学校からの帰り道、ゴミ捨て場で大きな星のキーホルダーを拾ったの。小さなプラスチックのダイヤと、カラフルなビーズがびっしりついた奴。当時はそれが女の子の間ですごく流行っていてね。
ゴミ捨て場にあったってことは捨てられているのだから、いらない物なんだろうってことで、そいつは喜んでもらったんだって。
ランドセルにそれをつけて学校に行くと、友達は驚いた。そいつの家は貧乏で、無駄なもんは買ってもらえないことがみんなが知っていたから。
さすがにゴミ捨て場とはいえなくて、人からもらったっていったんだって。『ラッキーだね』とか『よかったね』とか言われたそいつは、照れ隠しで『多分、あのはにわが、自分を掘り出してくれたお礼に願いを叶えてくれたのかな』って言ったらしいのよ。
そうしたら、それを聞いた一人の女の子が、冗談混じりにその場で祈るように手を組んで『はにわ様! 習ってるピアノをサボりたいです』ってふざけてお願いしたんだって。
そしたら、その週、その子のピアノの先生がカゼをひいて、本当にお休みになったらしいのよね。
そうしたらどうなるか、わかるでしょう? そのはにわは、願いを叶えてくれるって噂になって……
放課後になると、お参りする人が出てきたそうよ。
誰が言い出したのかわからないけど、そのうち「ハニー様」って、何だかはちみつみたいな名前までついたんだって。
もちろん、まだクラスのほとんどの子は『そんなのたまたまだ』ってスタンスだったみたい。お願いしたって言ってる子達に、「よくやるね~」って。
だけど、そこで決定的な事件が起きたの。
ちょうどその頃、学校対抗の水泳大会があって。クラスのお調子者が「ハニー様にお願いしたから、絶対に優勝する」みたいなことをいろんなところに言いふらしてたんだって。
みんなは苦笑してたみたいよ。だって、そいつの学校の水泳部は、だいたい全国で下から数えた方が早いくらいの実力だったし、特にその年は強豪校と当たったんだから。
でも、それが本当に優勝したの!
そうしたら、みんな信じるようになって。
お願いが叶った人がお礼で置いたのか、お願いを聞いてもらうために置いたのか、そのうち給食の残りのパンやみかんが供(そな)えられるようになってね。誰かがその辺に落ちていた塩ビパイプを地面に埋めて、そこに花を挿して。
普通だったら、墓石かお地蔵さんがあるところに、はにわだもん。何も知らない人が見たら、シュールに見えたと思うよ、そうとう。
いや、でも、そのころはまだ、かわいいもんだったってさ。その年ごろの女の子が好きでよくやる、ちょっとしたおまじないみたいなものでさ。
でも、そいつのクラスメイトが指を怪我したころから、おかしくなった。
その子にね、誰かが言ったんだ。
「あなた、こないだ誰々とケンカしてたでしょ? ひょっとしたら、その子が『あなたを不幸にしてくれ』ってハニー様にお願いしたんじゃない?」って
その瞬間、一斉(いっせい)に教室のおしゃべりがやんで静まり返ったって。
ほら、たまにあるじゃん。別に誰かが合図したわけでも、思わずおしゃべりを忘れるような、特別なことが起きたわけでもないのに、みんなが急に黙り込む謎な瞬間。あんな感じだったって。
まあ、この場合、静かになった原因はその子の一言だったってことだけどさ。願いを叶えてくれるラッキーアイテムハニー様の悪用方法をその子が思いついて、広めちゃった瞬間だったんだから。
そう、その方法で、自分が呪いの対象になるかもって、逆に嫌いな奴を陥(おとしい)れることができるかもってみんなが気づいちゃった。
それから、なんていうの? みんな疑心暗鬼になっちゃって。
なんとなく、誰がハニー様のところに行ったとか、どんなお願いをしたとか、いろいろと探り合うようになったんだって。
それでね、ある日お供えに小鳥が置かれていた。
いや、本当にお供えされてたのかはわからない。たまたまそこで死んだのかも知れない。とにかく、はにわの前に小鳥の死体が落ちていたんだって。猫かなんかにやられたのか、首が取れかけたものが。
それから、噂はこう進化した。
『ハニー様に誰かの不幸を呪うときは、生き物の死体を供えるといい』
さすがに、小動物を殺すのはハードルが高かったんだと思う。しばらくは、いつもの通り食べ物がほとんどだったけど、それに混じって昆虫が供えられてるようになった。
それからとうとう、学校で飼っていたウサギがいなくなって……
で、さすがに先生がハニー様を撤去したんだって。
そんなことをしたら、罰があたるんじゃないか? なんて意見もあったけど、別に先生は死んだりも行方不明になったりもしなかった。
ただ、教卓が一度だけ泥だらけになっていたけど、呪いじゃなくてハニー様撤去に反対する誰かがやったんじゃないかな。
そうそう、ウサギは校舎裏の隅でバラバラになっていたって。そいつは直接見たわけじゃないけどね。
それでその騒動が終わりになったんだけど……
この間、面白いことがわかったのよ。
私のいとこが、そいつと同じ小学校に入学したんだけど、ハニー様、学校の七不思議になっているって。
なんでも、夜中の十二時に校舎の裏に行って、「ハニー様、ハニー様、お越しください」って三回唱えると、背後にハニー様が現れて、願いを叶えてくれるって!
でも、振り返ったり、冗談半分に呼んだりすると、生き埋めにされるそうよ。おもしろくない?
「もとはただの作り物だって言うのにね」
その女の子はくすくす笑った。
「でもさぁ、考えちゃわない? もし先生がハニー様を取り上げなかったら…… どうなっていたのかって」
「そうだね」
僕はうなずいたけれど、どういうことになるかなんて大体想像がつく。
そのうち、猫や犬の死体がハニー様に供えられることになる。
誰が誰を呪ったのかわからない疑心暗鬼のストレスは、弱い者に向かう。おそらくクラスの中の誰、おとなしい奴や、不細工な奴をターゲットにして、死ぬか、登校拒否になるくらいのいじめが起こるだろう。
そしてそいつをいじめられなくなったら、また新しい生贄が生まれる。
そして、ハニー様の声が聞こえるとかなんとか嘘っぱちを言って、人気者になる奴が出てくるかも知れない。
「あとね、もう一つ二つ面白いことがあるのよ」
「へえ、どんな?」
「その『そいつ』ってやつは私なの。ハニー様を校舎裏で見つけた奴は」
僕は思わずその女の子の顔を見つめた。十人並みの、どこにでもある顔がにっこりと笑った。ほんの少しの狂気の混じった笑みだった。
「それにね、星のキーホルダー。あれ、ゴミ捨て場で拾ったっていうのは嘘。私が自分で買ったの。貯めたおこづかいで。もしも、あのはにわのおかげって言ったらどうなるかなぁって」
彼女は、バックをゆすって見せた。
そこには、小さなプラスチックのダイヤと、カラフルなビーズがびっしりついた大きな星型のキーホルダーがぶら下がっていた。よく見ると少し色がさめていて、結構年季が入っているのがわかる。
「じゃあ、指を怪我した子に『誰かが呪った』っていったのも?」
「もちろん、それは」
とそこまで言うと、彼女は立てた親指で自分の胸元をつんつんとつついてみせた。
「いいタイミングでたまたま水泳部が優勝したときはびっくりしたわ。神様が私のいたずらに力を貸してくれたのか、それとも本当にハニー様はご利益があるのかってね」
「……キーホルダーをまだ持っているって事は、大切な思い出なんですね」
自分のデタラメでクラス中をひっくり返したのが。疑心暗鬼と悪意を振りまいたのが。
名前も知らない女の子は、「ええ」と笑った。
彼女の待ち人だろう。男の人が手を振ってかけてきた。
さっきの話を、この男の人にも話したのだろうか? ふと、そんな疑問が浮かんだ。
いや、多分していないだろうな。言ったら嫌われそうな秘密をわざわざ恋人にいう人はいないだろう。
でも、それはあの男の人も同じことだ。
少し意地の悪い気持で僕は思った。
あの女性が恐怖を感じるような秘密を、あの男性が持っていないと言い切れるだろうか?
まあ、僕にはどうでもいいことだ。いつまでも二人が幸せに、一緒に過ごせますように、と僕は適当に祈った。
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