重なる証言
昼食時のフードコートは、買い物途中の客で溢れかえっていた。色々な料理の香りが混じりあって、なんとも言えない臭いになっている。ざわめきの中、どこかで料理ができたことを知らせる端末のアラームが響いている。
その母親は、自分の子供を正面に座らせ、スマートフォン覗きながらたこ焼きを食べていた。一応それなりの恰好はしているが、濃いめの化粧が魅力を引き出すどころか、どこか荒んだ雰囲気だけを増幅している、そんな人だった。
かまってもらえない女の子は、プラスチックのコップに入った水に指を突っ込んで遊んでいる。あまり行儀が良いとは言えないし、テーブルには小さな水溜りがいくつもできているが、母親は注意もしない。
「あの、すみません」
僕はわざと音を立ててイスを引き、その女性の近くに座った。
女性はほんのわずか視線をあげ僕を確認し、「なに?」と問うと、また画面に目を落とす。
「実は僕、動画を作っていて……」
そういって、いつもの説明をする。
「動画? ふーん、広告収入って儲かる?」
儲かるんだったらやってみようか、と言った雰囲気だ。
「いえ、儲かるのはほんの一握り。大体のUチューバーは赤字ですよ」
ここで儲かる、なんて言ったら、やり方だのコツだの、色々聞かれて面倒くさいことになる。長い取材の間に、僕はそれを学んでいた。
儲からないと知ったら、動画配信に関しては一気に興味が失せたらしい。
「カネにならないのに、ご苦労様ね。怖い話、怖い話ねえ。そうね、一つあるわよ。話してあげてもいいわ」
まだスマホを続けながら、母親は語り出した。
私はね、アパートに住んでるんだけど、一時期、娘の様子がおかしくなったことがあったのよ。
最初は、晩飯の時だったかしら。食べるのも忘れて、使ってないイスじ~っと見てるのよね。「何見てるの?」って聞いても、黙って首を振るだけなの。そしてまたじ~、よ。「いい加減にしなさい!」って怒鳴るとやめるんだけどね。
まあ、チビだからね。イスのシミとか虫とか、そういうのに気を取られてるのかなって思ったの。たまに、イスに向かってにっこりするのも、「虫さんにごあいさつ~」って奴か、虫の動きが面白いとか、そういうのかな、って。
それからしばらくしてかな。私が買い物から帰ってきたら、部屋の隅から娘の話し声がしたの。私と娘の二人暮らしなのに。最初、電話してるのかと思ったわよ。でも、よく考えたらまだ一人でかけられる歳じゃなかったわ。
部屋の中を覗き込んだらね、娘が床に座り込んでるの。前に、誰も座っていないクッションをポツンと置いてね。そこにぬいぐるみでも置いてあればまだわかるんだけど。
で、一人で「あなたはどう思う?」とか「そうよね、今日はかくれんぼがいいわよね」とか言っちゃって。ゾッとしたわよ。
で、もちろん今度は一人でかくれんぼよ。誰もいないクローゼットをのぞき込んで、「見ぃつけた!」って。
気味が悪いからやめさせようとしたんだけど、怒っても「今友達と遊んでるの」って泣くのよ。怒ってすぐの時はやめんだけど、しばらくしたらまた始めるし。
それも、一回だけじゃない、ほとんど毎日よ。
なんかの病気かなって思ったけど、普通、具合が悪いなら、食欲なくなるものでしょう? 逆に前より食欲は増してるし。まあ、病気だとしても、病院に連れて行く金も暇もなかったけどね。
とうとうそのうち、鏡の自分に名前をつけて話し始めたのよ! この子、R流って名前なんだけど、鏡を見ながら、「何とかちゃん、おはよう」とかって全然別の名前を自分を呼ぶの。両手を鏡に当てて、映った自分にキスまでして。
思わず、鏡に娘と別の人間が映ってるんじゃないかって確認しちゃったわよ。
朝、服を着せようとしても、「何とかちゃんはこれじゃないのを着たいみたい」って文句を言って。忙しいのにぐずぐずわけのわからないダダをこねるから、ひっぱたいてやったわ。
それに、だんだん味覚までおかしくなっていったのよ。好きだったレーズンを食べなくなるし、嫌いなニンジンを食べるようになるし。
その辺からかな、この私にまで変なことが起こるようになったのよ。真夜中にね、トイレに起きたら泣き声が聞こえたのよ! 声をたどっていったら、台所の流し台から聞こえたわ。
それから、なんだか水も臭くなった気がしてね。手を洗ってもさっぱりしないというか、べとべとして。ウチだけかな、って思ったんだけど、聞いてみると、周りの部屋みんなそうなのよ。
しばらくして原因がわかったわ。
ウチのアパートの貯水槽で、女の子が沈んでいるのが見つかったの。
まったく、信じられる?
昔、そんな映画だか小説だかがあったと思ったけど、まさか自分のところで起こるとは思わなかったわ。本当にいい迷惑よ。死体入りの水なんて! 引っ越しする金なんてないし、逃げられやしない。デンセン病になったらどう責任取るつもりだったのかしら。まあ、結局ならなかったからいいけど。
多分、娘はその女の子を見てたのね。
水と一緒に、その子の霊でも飲み込んでいたんじゃないの? 自分に話しかけていたのは、体の中の女の子と話ししていたのかも。好みが変わっていたところをみると、だいぶ乗っ取られていたんじゃないかしら。
まあ、今は治ったから、どうでもいいことね。
大人同士の難しい話だと思っているのか、問題の女の子、R流ちゃんはコップの水を指でかき混ぜると、ちびちび飲み始めた。
僕は表情を変えなかったものの、内心で顔をしかめた。
子供なんて、洗ってないおもちゃもつかむし、床もはう。それなのに指をつけた水を飲むなんて。
「そうそう、それからこの子、妙な癖がついたのよ」
ちらりと母親は娘に視線をむける。
「水を飲むときに、必ず自分の指をつけるようになったの。ほら、死体が浸かっていた水を飲んでたでしょう? 多分、それがおいしかったんじゃないかしら。自分の指をつけて、それを再現しようとしてるんじゃない? 将来、犠牲者の肉を食べる快楽殺人鬼にならなきゃいいけど」
◆
某大学の校門前は、ちょうど一日の講義が終わったらしく、ちらほらと構内と外を行き来する学生が見える。
僕は、校門のすぐそばにあるバス停のベンチに座っている男に声をかけた。
シンプルなトレーナーとジーンズ、銀のピアスに指輪、という恰好の好青年、といった感じの人だ。
「怖い話? そうですねえ」
僕がいつもの説明とお願いを言うと、青年は少しの間考えこんでいる。
「もちろん、プライバシーは守ります」
何か警戒しているようなので、僕は安心させるためにそういった。
「まあ、大丈夫だとは思いますけどね。罪になるようなことをしたわけではないから」
そういうと青年はにっこりと笑った。
どうやら思った通り、怖くて少し危険な話を持っているらしい。
それにしても、こういう取材をしていると、普通の人でも思わぬ秘密を抱えているものだと驚く。どの家庭の戸棚にも、骨が隠されている。そんなことわざがあったと思ったが、どこの国のものだったっけ。
僕がそんなことを考えている間、青年は語り出した。
ちょっと前、近所に迷惑な子供がいたんですよ。女の子でね。
近くの壁にボールを当てたり、他の子供を転ばせたり。どこかの家は、植木鉢を盗まれたとか、飼っていた犬を殴られたとか。まあ周りの人は困っていました。
え? 両親? 両親はいつも仕事でいなくて、注意しても効果はなし。その子は皆に嫌われていましたよ。
あれは冬の日でした。僕が道を歩いていたら、その子が急にぶつかってきたんですよ。おまけに、手に紙コップのココアを持って。おかげで、買ったばかりの服がびちゃびちゃになってしまいました。
しかも謝るどころか「ココアべんしょーしろ」とか言って、こっちを蹴ってくるんですよ。
だから、ちょっと思い知らせてやることにしたんです。
「おわびに手品を見せてあげよう」って言って、自分がはめていた指輪を外して。
ほら、どこかで見たことあるでしょう、まずは小さな物を右手で握って、一、二、三、でパッと消える。そして左手から出てくるって奴。
まあ、実は物を一度右袖に隠して、それっぽく左手から出すという、古典的な奴です。
やって見せたら、子供だから本当に指輪が消えたと思ったでしょう、空っぽの右手を見せると、キョトンとしていました。それで、左手から出したら、目をキラキラさせて、「すごい!」って顔をしてました。
でも、誰かにすごいと思うと、そいつに負けたことになる、と思うタイプの人間だったんでしょうね。すぐに「それが何よ! 私だって、手を使わなくても物を動かせるもん!」と、こうですよ。
やっぱり絶対に思い知らせてやろうと思いましたね。
その子はポシェットを下げていたんですが、肩掛けの紐にクマのマスコットを下げていました。だから、「それを貸して」って言ったんです。
まあ、指輪より大きかったから、やりづらそうだとは思ったけれど、できなくもない大きさでしたから。
大切なものだったんでしょうね。少し渋っていたけど、「さっき指輪も出てきたでしょう?」って言ったんです。
ちょっと心配そうな顔をしてましたが、僕がまた瞬間移動に成功するかどうか、興味の方が強かったんでしょう。最後には渡してくれましたよ。
僕はさっそく、右手にクマを握って、一、二の三で消して見せたんです。そして、空っぽの両手を開けてヒラヒラさせてやったんですよ。
当然左手から出てくると思っていたその子は、もうびっくりしてね。口をぽかんと開けて、本当におもしろかったな。
「私のクマちゃんは?」
って半泣きになって、肩をゆさゆさ揺さぶってきたっけ。
「ああ、君のクマならあそこだよ」って、僕は近くのアパートにある貯水タンクを指差したんです。
「きっと、今ごろ水の中で『寒いよ』『苦しいよ』って泣いてますよ」って。
もちろんそれは嘘で、マスコットは手元にありましたけど。
半泣きになって、その子はアパートの方へ走っていきましたよ! いや、面白かったなあ!
それから数日間、その子が行方不明になりましてね。色々と警察が聞きまわっていましたよ。
ひょっとしたら、僕とあいつが話しているのを見ている人がいたかも知れないけど、実際に僕は少し話をしただけで、何もしていないからね。僕が指差したアパートの貯水タンクから、その子の死体が見つかったときはさすがにちょっと驚きましたけど。
死因は溺死。首を絞められた痕や、刺された痕はなかったそうですよ。アパートの最上階の階段につけられた監視カメラにも怪しい人物は映っていなかったとかで、結局、事故として処理されたそうです。
本気にクマのマスコットが中にあると思い込んで、タンクをのぞき込んで落ちたのかも知れないですね。
繰り返しますけど、僕は冗談を言っただけで殺したわけじゃないですから、罪にはなりません。もっとも、動画にするときは匿名にしてほしいけど。その動画が炎上して、僕まで嫌がらせを受けるなんて、冗談じゃないから。
でも、一つどうしてもわからないことがあるんですよね。
怪しい人物がいないなら、誰が貯水タンクのフタを開けたんでしょうね?
まさか、女の子の力で持ち上げられるわけないですし。管理会社の人が閉め忘れたんでしょうか?
たしかにあの子は『手を使わなくても物を動かせる』なんて言ってたけれど、もちろんただのくだらない負け惜しみで、念力で開けたなんてオチじゃないでしょうし。
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