トラウマ再び

 何も見えないことには確認できないから、僕は手探りでタクティカルヘルメットのヘッドライトのスイッチを押した。脳波で点けられるヘルメットもあるけど、僕にはそれが買えるだけのお金がないんだよね。


 ヘルメットの左右に埋め込まれるように付いているペンライトのようなものが点いた。それほど強力ではないがこれで周囲の様子がわかるはずだと僕は期待する。


「うわ、何も見えない?」


 光の届く範囲以上に室内は広いらしく、ヘッドライトは床くらいしか照らし出してくれなかった。見えなかったとき以上に心細い。


 僕が迷っていると、正面から何かが近づいてくる音が聞こえた。それは静かな音で、歩いているというよりも低いモーター音みたいだ。


 どうにも嫌な感じしかしなかったが、暗闇の中で動き回る度胸もなかった。体をこわばらせたまま、近づいてくるものを待つ。


「え? ひっ」


 暗闇から浮かび上がってきたものを見た僕は喉を引きつらせた。


 人型である上半身にキャタピラーが付いている下半身をつなぎ合わせた、表面が無機質で金属製なロボットだ。右腕は肘から下がなくなっていて、左腕には錆びた注射器が取り付けられている。


 かつてこれと同じものを僕は見たことがある。そのときは、別のロボットに捕まって、これに、こいつに!


「うわああああああああ!」


 また同じことをされると思った僕は叫んだ。もう周りの様子なんてどうでもいい。早くここから逃げないと!


 近づいてくるロボットに背を向けると、僕は何も考えずに走り出した。ここにいちゃいけない!


「へぶっ!?」


 今いる場所のことを何も知らずに全力で走った僕は突然何か硬い物にぶつかった。幸い、走り始めたばかりで強化外骨格の力が充分に発揮される前だったので無傷だ。その代わり猛烈に痛いけど。


 痛みのおかげで正気に戻れた僕はぶつかった壁が床と同じく人工物なのを知った。これならどこかに扉があるはずだと壁に沿って早歩きで時計回りに進む。


 すると右側に直角に折れてから、すぐ壁から少し突き出すようにパネル盤らしきものを見つけた。それは以前ネットで見たことのある古い操作盤に似ている。もしかして。


 祈るようにつぶやきながら僕は闇雲にパネル盤を触った。使い方なんてわからないからまずは触らないと始まらない。すると、パネルが淡く光る。


『右手 パネルに当て くだ い。認証キー 認を ます』


 何も考えずに僕は自分の右手をパネル盤に押し当てた。普通に考えたら部外者の僕の右手で認証されるはずなんてない。でも、今は。


『認証エラー。もう一度、右 をパネ に当 てください』


 そうだよね、と僕も思った。でもそうなるとここから出られない。


 背後から低い静かなモーター音のようなものが聞こえてきた。例のロボットが近づいて来ている。どうしよう。このままじゃ捕まっちゃう!


 いよいよ追い詰められた僕は頭を真っ白にして体をこわばらせた。しかしそのとき、パネル盤の隣にある大きな扉らしきものもがゆっくりと動き始める。なんで?


 呆然と見ていると、背後から近づいてくる存在を思い出した。今はとにかく逃げないと!


 両開きの扉が開ききるのを待たずに僕は部屋の外へと飛び出した。そこもやっぱり真っ暗だったけど、はるか先に光が見える。同時にそこから銃撃音らしきものも聞こえた。


 背後を気にしつつ、まずは壁を探す。


「ここは、部屋? 通路?」


 急いでいるから周囲に気を配りながらすぐに進み始めた。相変わらず暗くてよくわからない。ヘッドライトの光だけが頼りだ。


 壁伝いに歩いていると、その壁が左側へと直角に曲がっていた。それ以外はまた真っ暗な空間しかない。


 しかしそれでも、僕ははるか先の光に向かって歩くことにした。銃撃音がするということは誰かが戦っている証拠だ。ということは、あそこが僕の落ちた場所の可能性が高い。


 希望を持って進もうとしたとき、その光を遮るように何かが近づいて来た。無機質な足音が複数する。


『被 者は所定の場 に戻ってく さい。警告に わない場合 直ちに確保 ます』


 途切れ途切れの警告メッセージを発しながら何かがやって来た。


 ヘッドライトに照らされたその姿はさっきのロボットと似ているようで違う。表面が無機質な金属製なのは同じだけど、上半身は人型で下半身は昆虫のような六本脚だ。


「嘘でしょ!? なんでこれもいるんだよう!」


 警告メッセージを繰り返しながらそれは近づいて来た。


 尚も近づいてくるそのロボットを見て、僕はとっさに左へと避けてそのまま走る。当然のようにそいつは僕の後を追ってきた。しかもさっきのキャタピラーの奴より早い!


 壁伝いに先を急ぐとすぐに壁か扉のようなものに行く手を遮られた。絶望的な気持ちでこの壁か扉のようなものに沿って進むと、人一人が通れる扉が開いているのを見つける。


 ここも相変わらず暗い場所だけど、どういう場所なのかはすぐにわかった。下に続く階段がかすかに見える。


「上じゃないのか」


 一瞬落胆したけど、迷っている暇はないので僕はすぐに階段を降りた。二つ下まで降りると階段はそこで終わっている。入った場所と同じ位置に人一人が通れる扉が開いていた。


 扉を潜っても相変わらず暗闇が広がるばかりでがっかりする。


 半泣きのつぶやきを漏らしながらも僕は先に進んだ。途中、左への分岐路があったけど土砂で埋まっていたのでまっすぐ歩く。


 やがて両開きの扉に行く手を遮られた。向かって左側の壁にさっき見かけたパネル盤と同じものが突き出ているのを見つける。


 僕はまたパネル盤に触れた。すると、予想通りパネルが淡く光る。


『右 をパネ に ててください。証キー確認 します』


 まさかと思いつつも更に自分の右手をパネル盤に押し当てた。さっきはエラーでも開いたけど、今度はどうなんだろう。


『認証エ ー。もう一度、右手 パネル 当てて ださい』


 ときおり途切れるメッセージ音声はやはりエラーだった。


 祈るような気持ちで目の前を見ていると、またさっきみたいに扉が開き始める。どうもこの遺跡のセキュリティーはバグってるようだ。おかげで助かった!


 暗くてよくわからない奥へと僕は進む。例によって壁伝いにだ。気絶していた部屋ほど広くはないらしく、二回右折して壁に取り付けられたものを見つけた。


 それは僕のへそから頭辺りまでの高さに設置されていた丸い扉だ。何かの記事で見た銀行の奥にある金庫の扉みたいなやつを思い出す。向かって左隣に例のパネル盤があった。


 きっと大切なものが収められているんだろうとは思うけど、今の僕にはいらないな。先に続く道はどこにあるんだろう。


 逃げ道がどこかにないかと探そうとしたとき、背後からあの無機質な足音が聞こえた。同時に警告メッセージが僕の背中に響く。


『 験者は所定 場所に ってください。 告に従わない 合は直ち 確 します』


「あああ」


 このままでは捕まると焦った僕は逃げようとした。ともかくここから離れないといけない!


 そのとき、別の警告メッセージが辺りに響いた。


『侵入 た未承 者はた ちに退去 なさい。退 しない 合は排除し す』


 その警告を聞いた僕は頭が真っ白になった。まさかセキュリティーが中途半端にバグってたせいで排除されちゃう!?


 ヘッドライトに照らされたのは僕を追いかけてきたロボットだ。表面が無機質な金属製の体が迫ってくる!


 慌てて背を向けた僕が何歩か動くと、一瞬何かが光って背後で金属音がした。そして、あの僕を追いかけていた警告メッセージ音が途絶えていることに気付く。


『 入者を 除しま た。係員 速や に処理 てください』


 何が起きているのか僕にはさっぱりわからなかった。

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